元生徒副会長は島に上陸する
ロヴロside
「ほう」
茹だる暑さの中、仕事をこなしていたある日。夏休みの特別講師として来てほしいと連絡を受け、俺は以前訪れた教室に来ていた。
作戦の中に組み込まれている射撃。
これには、正確なタイミングと精密な狙いが必要不可欠だ。
―――パァン。
風に揺れる風船が、破裂する。撃ったのは、前髪が長い少年と二つ縛りの少女か。二人の腕は素晴らしい。弾が正確に当たっている。
俺の教え子に欲しい、と思うほどに実力がある。
「どうだ、このE組クラスの射撃能力は」
「短期間でよく見出し育てたものだ―――む、彼は?」
少し離れた場所で、一人の少年がスコープを覗いて的を狙っていた。他の生徒に比べ、構え方に違和感がある。
しかし、獲物を狙う眼光の鋭さは群を抜いていた。
「ああ、彼か。天霧君だ。少し遅れて訓練に参加したが、まあ――見ていろ」
先程も述べた通り、あの作戦には正確なタイミングと精密な狙いが必要不可欠。狙撃手にとって風圧は僅かなズレを生み出す。
今打てば弾丸は軌道が反れ、目標には当たらない。
加えて標的との距離が離れれば離れるほど、軌道の誤差は大きくなる。その上で、狙撃には高度な計算能力、風向きの予測、そして天性の才能が要求される。
彼は、少し右に銃口を動かした。
そして―――風が止む。
「欲しい」
気付いたら口にしていた。空気が震えたのを感じ、的に視線を送る。彼が放った弾丸は、綺麗に真っ直ぐ真ん中を撃ち抜いていた。
さっきの二人もそうだったが、彼はまた違う。引き金を引くのに、何の躊躇も無い。
「冗談はよせ」
「すまない」
決して冗談ではないが、実に惜しいな。間違いなく、彼はこの教室で異質な存在。彼が一般生徒でなければ、俺の手で一から育て上げたかった。
ああは言ったが、手に余すようであるなら行動に出るとしよう。
――
「少年、少しいいか」
真後ろから聞こえた声に、俺はスコープから目を離し構えていた銃を降ろす。お会いするのは、イリーナ先生を迎えに来た以来か。
振り向くと、先生の師匠であるロヴロさんが俺を見ていた。
「はい」
この人は、いつ俺の背後に来た。気配がまるでしなかった。これが本物のプロか、と納得する反面、薄く笑みを浮かべるこの男に薄ら寒さを憶える。
そう身構えるなと言われるが、アンタがそれを言うのか。
「先程の射撃、実に見事だ。そこで君に、殺し屋の基本中の技を教えたい」
「技?」
そうだ、と言って禍々しいオーラを発しながら俺に近づくロヴロさん。何をするのかと思っていると、急に目の前に居たロヴロさんが消えた。
いや、違う。よく意識を集中すれば、辛うじて目の前に居ることが分かる。
消えたのは、ロブロさんでは無く―――気配だ。
「やるか?」
「ッ、是非」
―――
「気配を消すのは案外簡単だ。己の存在を、相手に忘れさせるだけでいい」
簡単に言うな。だが、理屈は理解できた。
つまりは、そこに俺が居ると認識させなければ良いわけだ。
「もう一度、見本を見せてやろう」
情報を処理中の俺を置いて、ロヴロさんの気配が薄れて行く。見事なモノだ。まるで違う世界に、頬が上がる。
やってみろ、と言われ瞼を閉じる。
周囲の気配、風の流れる感覚に呼吸を合わせ、自然に溶けあう―――。
拒むな。全てを受け入れ、理解しろ。
「――くッ、くく」
そうすれば、自ずと世界が俺を受け入れ、同調する。
「分かるか。それが気配を殺すということだ」
俺が立つ方向とは別の場所へ語りかけるロヴロさん。試しに、ロヴロさんの横を通り過ぎてみる。だが、流石に現役に気付かれないわけがなかった。
鋭い目が俺を捕らえ、硬い手が腕を掴む。
「モノにして見なさい。いつか必ず役に立つ時が来る」