元生徒副会長は思い出す


「暑ッぢ~……」


 蝉の声が残響する中に、細い声が入り混ざる。本格的な夏を迎えクーラーも設備されていない教室は、焼け尽すように暑い。

 この暑さには、流石の黄色い生物も参っているようで若干溶けている。


「あ、そうだ!今日からプール開きだよね?体育の時間が待ち遠しい~」

 頬に伝う汗を拭い、制服のボタンを一つ開ける。もう、そんな時期か。盛り上がる教室内で、ふと思い出す。プールは本校舎にしかない。

 この炎天下の中、山道をわざわざ一kmも往復し行く必要があるか。
 ……考えものだな。


「…仕方ない、全員水着に着替えてついて来なさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」



―――


「裏山に沢なんてあったんだ」

 指示通り水着に着替えた俺達は、黄色い生物の後を追う。速水が言っているが、俺の記憶だと沢といっても足首まであるかどうかの深さだ。

 水かけ程度なら出来るだろうが、コイツから切り出した案件だ。
 どうせ改築しているに違いない。


「さて、皆さん!茂みの向こうを御覧なさい」

 微かに聞こえる、水の流れる音。あの程度の沢が流れる音ではない。茂みが風に揺れ、きらりと太陽を反射する水面を見て、一斉に駆け出す。

 その先にあったのは、自然溢れるプールだった。


「バッチリ25mコースの幅も確保。制作に一日、移動に一分、あとは一秒あれば飛び込めますよ」

 その言葉を最後に、待っていたと言わんばかりに全員で飛び込む。冷えた水が、火照った身体を冷やしていく。

 水中だと、耳障りな蝉の声も和らぐ。
 沈む感覚が、心地良い。


 全身の力を抜き、水に身を委ねる。目を瞑ってしまえば、もう何も見えない。
 耳に届くのは、水流だけ。


 沈む身体を、受け入れる。




 ―――司。
 奥底に沈んだ意識に届いたのは、不安気に掠れた低い声だった。

 グッと力強く引き上げられるような感覚に、目を開ける。最初に目に映ったのはカルマの顔で、何故かその顔は歪んでいた。


「寝るなら水の中じゃなくて、布団の中にしなよ」


 カルマの髪から落ちた雫が、俺の頬を伝う。水中との温度差にぼんやりしていると、額にデコピンが飛んでくる。


 痛みと共に聞こえ出す、蝉の鳴き声。

 草木が揺れる情景が、遊びまわる皆の姿が、新しく記憶されていく。だが、それらを覆い隠すようにその表情が脳裏に残る。


「ああ」


「こらそこーー!走っちゃいけませんよ!」

 甲高い笛の音が木霊した。カルマから視線を逸らし、岩場を見上げる。
 監視員になったつもりだろうか。縞模様の水着を着たアイツが、危険な行為をした生徒に椅子の上から注意する。

 中には最もな意見もあったが、途中から楽しくなっのだろう。
 笛を鳴らしながら、些細なことまで言うようになった。


「固いこと言わないでよ、殺せんせー!えいっ!」

 そろそろ、ピーピー鳴り響く笛の音に頭が痛くなって来た頃、倉橋がアイツに向かって水を掛けた。油断しきったアイツに、水が見事に命中する。

 そして、黄色い生物が発した言葉。それは―――。


「きゃんッ」

 まるで、小犬の鳴き声の様だった。見たことのない反応に、逸早く反応するのがカルマだ。


「きゃ、ちょ!揺らさないで水に落ちる!」

 気付かれないように水中に潜り、死角から椅子の足を掴んで揺らす。止めろと言われても、カルマが止めるわけがない。

 それにしても、水中だと触手がふやけて動けなくなるか。
 どうやらアイツの弱点は、案外身近なものだったらしい。



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