元生徒副会長は刃を研ぐ



「あの、天霧君」


 見事、鷹岡に勝利した潮田を取り囲むクラスメイトを眺めていると、肩を叩かれる。振り向くと、少し俺から視線を逸らす神崎が立っていた。

 あの輪に加わらなくていいのだろうか。
 何て考えていたが、神崎の視線が俺の腕に注がれているのに気付いて納得する。


「ありがとう、庇ってくれて。腕、腫れてきてるね……ごめんなさい、私」
「優しいんだな」

 驚く神崎を見て、俺は目を細める。神崎からすれば、自分を庇って怪我をした俺に申し訳ないのだろう。その視線を辿るように自分の腕を見る。筋肉が付いた、筋張った腕。

 俺からすれば、神崎の腕は木の棒のようだ。
 それも、少しでも力を込めれば折れてしまいそうな。


「え?そんなことないよ」

 照れているのか少し頬を赤く染めた神崎を見て、なおさら思う。腕骨の一本や二本、何ともない。寧ろ、役に立つならくれてやる。


「――このガキ!まぐれの勝ちがそんなに嬉しいか。もう一回だ!今度は、心も身体も全部残らずへし折ってやる!!」


 ああ、まだ居たのか。

 自ら突きつけた条件に敗北した敗者が、みっともなく吠えている。思い通りに行かなければ騒ぎ立てる。癇癪を起す子供のようだ。


「……確かに、次やったら絶対に僕が負けます。でもはっきりしたのは、僕らの担任は殺せんせーで僕らの教官は烏間先生です」

 父親を押し付ける鷹岡よりも、プロに徹する烏間先生の方が温かく感じる。その言葉を否定するものは、この教室に居ない。


「本気で僕らを強くしてくれたのは感謝してます。でも、ごめんなさい」

 丁寧な言葉を使い、潮田は頭を下げる。取り繕った建前を外すと、E組から出て行け。プライドも威厳も全て失った鷹岡は、こめかみに青筋を立て眉を吊り上げる。


「黙っ、て聞いてりゃ……!ガキの分際で、大人になんて口を……!」

 みっともない。我を失った鷹岡は、勢い良く潮田に飛び掛かる。


「ぐぎぃ!?」

 しかし、鷹岡の振りかぶった拳が潮田に当たることは無かった。代わりに、烏間先生の肘が顎に直撃し脳を震わせる。

 やがて鷹岡は気を失い、全身を痙攣させその場に倒れた。


「……俺の身内が迷惑を掛けてすまなかった。後のことは心配するな。俺一人で君達の教官を務められるように上と交渉する」
「「烏間先生!!」」

 潮田と鷹岡の間に入り、僅かな動きで仕留めた烏間先生に歓声が上がる。交渉が通るなら、是非そうして欲しい。


「交渉の必要はありません」


 和やかな雰囲気を壊すように、存在感を示す声が耳に届く。忘れるはずもない。この声は――理事長のものだ。いつの間に居たのか。

 その人は、見下すように階段の上に立っていた。


「経営者として様子を見に来てみました。新任の先生の手腕に興味があったのでね」

 にこりと笑い理事長は鷹岡の傍まで行くと、顎を持ち上げ視線を合わせる。


「でもね、鷹岡先生。貴方の授業はつまらなかった」


 教育に恐怖は必要。だが、暴力でしか恐怖を与えることが出来ないなら三流以下。自分より強い暴力に負けた時点で、それ・・は説得力を完全に失う。

 理事長が口にした言葉は、俺の考えと全く同じものだった。


「それと」

 一瞬であったが、理事長と視線が重なる。理事長は懐から手帳を取り出すと、一枚ページを破り何かを書き始めた。
 

「解雇通知です。以後、貴方はここで教えることは出来ない。椚々丘中の教師の任命権は防衛省には無い」


 どうやら、書いていたのは解雇通知のようだ。理事長は倒れたままの鷹岡の口に解雇通知を捻じ込むと、そのまま背を向けてグラウンドを後にする。

 以前、言われたことがあった。理事長と俺が似ていると。
 確かに、似ているかもしれない。


―――


 その後、鷹岡は言葉も発さずに逃げ出した。階段を駆け上がって行くその姿を見て、クラス全員で喜んでいる。

 前回に懲りず、倉橋がお茶に誘う。烏間先生は仕方が無いと言ったように財布を取り出した。


「…甘いものなど俺は知らん。財布は出すから食いたい物を街で言え」


 どこかでサボっているカルマを憐れむ。
 鷹岡の授業だからといって、サボったのが仇に回ったな。




9/9ページ
スキ