元生徒副会長は刃を研ぐ




「よせ!やめろ鷹岡!」


 そんな時だった。俺達の様子を見ていたのだろう。烏間先生が走って来た。それだけで、周囲の緊張した雰囲気が緩和される。という俺も、少し肩の力が抜けた。

 先生は前原の容態を確認すると、俺の方にやって来る。


「……打撲しているな。他に痛みは?」
「ちゃんと手加減してるさ烏間。大事な俺の家族だ、当然だろ」

 大丈夫です、と口にしようとしたら鷹岡に遮られる。しかしまあ、手加減をしているか。それにしては随分、力が籠っていたようだが。


「いいや、貴方の家族じゃない。私の生徒です」

 烏間先生の後を追うように、黄色い生物もやって来た。
 額には立派な青筋が立っている。こいつも、鷹岡には相当思うことがあるらしい。


「フン。文句があるのか、モンスター?体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして、今の罰も立派な教育の範囲内だ」

 屁理屈をべらべらと並べているが、全く頭に入らない。
 要は、暗殺者を育成する為に教育として暴力を振るうけれど、それは時間制限がある条件下だから仕方が無い。

 だから、その教育方法を行っている俺に手を出すな、ということだ。


「よーし、授業再開するぞ」


 口を閉ざした烏間先生は、黄色い生物と階段の上で俺達を見守っている。政府としては、あれが間違った方法だとは偏に思えなかったのだろう。

 だとしても、だ。

 目の前で苦しみに耐えるクラス全員を見て、何も思わないわけがない。


「っ、烏間先生~」

 涙を目尻に溜めた倉橋が、遂に音を上げる。そんな倉橋の前に、拳を握り締めた鷹岡が立つ。烏間先生は、俺達の家族の一員ではない。

 故に、父親ではない男を頼ろうとする子供には、お仕置きだと。


「それ以上、生徒達に手荒くするな。暴れたいなら俺が相手を務める」

 そう感じていたのは俺だけでは無かった。
 逸早く行動に出た烏間先生が、振り上げられた鷹岡の腕を掴む。力を込めているのか、指が食い込んでいる。

 鷹岡は顔色を変えて腕を振り払うと、平静を取り繕う。


「言ったろ、烏間?これは暴力じゃない。教育なんだ。そうだ、こうしよう!」

 未だに俺達に認めてもらいたい鷹岡は、懐から一本の対先生用ナイフを取り出す。


「烏間。お前が育てたコイツらの中で、一押しの生徒を一人選べ」


 鷹岡の提案したルールはこうだ。
 烏間先生が選んだ生徒と、鷹岡が闘う。俺達の勝利条件は、一度でもいいからナイフを鷹岡に当てる。

 そうすれば、鷹岡は晴れてE組から出て行く。


「ただし、俺が勝てばその後一切口出しはさせないし――使うナイフはこれじゃない」

 喜んでいたクラス全員の表情が強張る。対先生用ナイフが投げ捨てられ、代わりに出されたのは――本物のナイフだった。

 鷹岡曰く、殺す対象が人間ならば本物ではないと意味が無いらしい。


「ふざけるな。彼等は人間を殺す訓練も用意もしていない!!」
「安心しな。寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だし、これ以上ないハンデだろ」


 刃物に舌を這わせ、鷹岡の濁った瞳が俺達を映す。


「さあ、烏間!一人選べよ。嫌なら無条件で俺に服従だ!生徒を見捨てるか、生贄として差し出すか!!どっちみち酷い教師だなお前は!!はっははは!!」

 気でも狂ったか。完全に表情が、常人のソレではなくなっている。こうなってしまったら、鷹岡コイツは終わりだ。
 そもそも、最初からコレの支配やりかたは間違っていた。

 支配において最も必要なのは恐怖だが、暴力ではない。例えば、己の前により強大な暴力が現れたらどうする?

 その時点で、自ら平服したのと同然だ。


「先生」

 本物のナイフを目の当たりにして、不安がっている皆を見て前に出る。俺の声に反応して、真っ直ぐ烏間先生は俺を見た。


「確かに、以前の訓練で初めてとは思えない動きだった。普通に考えるなら、君を選んでいた」

 だが、と言葉を止めて烏間先生は地面からナイフを引き抜く。烏間先生は、どうやら決めていたようだ。鷹岡に勝つ生徒を。

 先生は、迷いなくその生徒の前に行く。


「渚君。やる気はあるか?」



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