元生徒副会長は刃を研ぐ



 コンティニューとは、ゲーム用語でゲームオーバーになった際に、ゲームオーバーになる直前やゲームオーバーになった場所からプレイを再開出来る機能である。

 一度中断した試合であったが、理事長が部員達に指示を出す。


『こっ、これは何だーーー?』


 試合が再開すると、荒木の驚いた声がグラウンドに響く。
 理事長も大きく出たな。五番打者の前原が打席に立つと、今までの野球部では到底考えられない前衛守備に変わった。

 バントしか無いと見抜かれているに加え、ルール上に則ってギリギリまで攻めてきている。一応ではあるが、審判の判断で駄目だと言われれば辞めさせれるが。

 その審判である人間が、彼方・・・側である限り期待は出来ない。


「うわっ」
『内野のプレッシャーにビビったか、五番前原!!』

 前原はバントで球を当てるが、球を真上に打ち上げてしまいワンナウト。続いて六番岡島が監督に指示を仰ぐが打つ手なし。

 岡島に続いて七番打者の千葉も三アウト。
 理事長が来てから全てが変わった。全く、ラスボスは最後まで引っ込んでいて欲しいものだな。


「うおっ」

 しかし、E組の守備も負けてはいない。
 杉野が変化球で二者連続三振し、無失点で交代。


「司君」

 ライトから状況を冷静に見ていると、足元に監督が現れた。土竜かと内心突っ込むと、球に扮した監督を軽く踏みつける。

 小さく悲鳴を上げた球は、たった一言俺に指示を出した。



――


「どうした?早く打席に入りなさい」


 二回表、打者はカルマ。
 しかし、何故かカルマは打席に入らず審判が首を傾げる。


「ねーえ。これズルくない、理事長センセー?こんだけジャマな位置で守ってんのにさ、審判の先生は何も注意しないの。一般生徒おまえらもおかしいと思わないの?」

 あーそっかぁ、おまえ等バカだから守備位置とか理解してないんだね。漸く打者に入り口を開いたかと思うと、出た言葉は相手を挑発し、煽る抗議。


「小さい事でガタガタ言うな、E組が!!」
「たかだかエキシビションで守備にクレームつけてんじゃねーよ」
「文句あるならバットで結果出してみろや!!」


 カルマによる挑発に効果は無かったらしいが、上々だ。


 続いての打者は俺。実に、カルマの後はやりずらい。
 視線という注目を集めながら、俺は打席に入る。軽くバットを振ると、戸惑う進藤と視線が重なり合う。

 理事長、洗脳が取れ掛かっていますよ。
 まあ何であろうと、俺には関係ないのだが。


「来い」


 目を細め、バットを構える。深く深呼吸した進藤は、大きく振りかぶり球を投げる。球は、ミットに収まりはしたが審判が口にしたのはボール。

 初めてストライクゾーンを通過しなかった送球に、騒めく声がグラウンドに広がった。


「どんまい、どんまい」

 部員が励ますが進藤の顔は晴れない。プレッシャーを感じているのか、凄まじく蒼褪めている。その状態で投げられた球。

 本調子ではないその球は、目で追えるキャッチボールと同速。


「っ…ぁ」

 ――コン、とバットの中心に当たる球。
 甲高い金属音の音がグラウンドに鳴り響く。フェンスを通過していく球は正確に、鮮明に見えた。

 俺が監督に指示されたのは、只一つ。好きにしてくださいやっちゃって


『――ホ、ホームラン!天霧が打った……!』

 荒木の遅れた実況に、E組のベンチが沸き上がる。コンティニューは失敗だな。残念ながらゲームオーバーだ。


 そして三回裏、野球部最後の攻撃。

 今度は野球部が一人目からバントの構えを取る。
 経験を積んでいる野球部の方が上手で、こちら側の守備は脆く苦戦する。だが、たったそれだけのこと。


『ここで迎えるバッターは、我が校が誇るスーパースター!!』

 顔付きが変わった進藤が打席に入る。
 最終回は、バントではなく主役を立たせる一振り。本人から似た者同士とお墨付きをいただいている俺だ。

 理事長ならこう考えてるだろう。


「司ー、磯貝。監督から指令~」


 カルマに手招きされ、三人で集まる。耳打ちされた指示は愉快で、俺達三人は、先程あちら側が先にやった前進守備をした。

 カルマの挑発は、このための布石だったのだ。
 意義は無いかとカルマが問うと、流石の理事長も微笑んだ。


「ご自由に」

「へーえ、言ったね」
「じゃ、遠慮なく」


 理事長の許可を得た俺らは更に前に出る。
 その距離は、進藤がバットを振れば確実に当たるほど。


「―――は?」


 異様な前進守備に、進藤の目が点になる。何、気にすることは無い。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはこちらの方だ。


「フフ、くだらないハッタリだ。構わず振りなさい、進藤君」

 矢張り、理事長も同じ考えのようで進藤に指示を出す。だが、当の本人は動揺を隠せていない。そんな間にも、杉野の一球目が投げられる。

 進藤が取った行動は、威圧するかのような大振り。
 俺達はバットを寸前で躱し、球はミットの真ん中に収まる。


「……ダメだよ、そんな遅いスイングじゃ。次はさ、殺すつもりで振ってごらん」

 哀れむように進藤に囁くカルマ。途端、進藤の身体は震え出した。脳で理解していても、身体が拒絶する。続いて二球目、進藤はバットを振るうが腰が引けている。

 球はバットに当たったものの、真上に打ち上がる。


「渚君!!」

 余裕をかましたカルマがキャッチし、キャッチャーの渚に投げ三塁ランナーアウト。次に渚が三塁に投げる。他のランナー達は、反応が遅れて走り出すが二塁ランナーアウト。

 最後に木村が一塁の菅谷に向けて投げる。
 ボールは途中でバウンドするが、進藤はバッターボックスに座り込んでしまっている為、余裕でバッターアウト。


「……打者ランナーアウト」

 トリプルプレーにより、E組の勝利が決まる。
 グラウンドに、試合を終えた女子や見学していたE組の生徒が笑顔で入って来た。
 

「おい、天霧!!ホームランってスゲーよ!!」
「運動も出来て、頭も良い。弱点ねぇのか」


 高ぶった杉野や前原に肩を組まれ、もみくちゃにされる。
 正直汗臭いし、暑苦しい。

 ただ、悪い気分ではなかった。



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