元生徒副会長は刃を研ぐ



「クラス対抗球技大会、ですか。健康な心身をスポーツで養う。大いに結構!」


 鬱陶しい梅雨が過ぎ、太陽が照りつく季節がやってきた。この時期になると、我校では球技大会が行われる。男子は野球、女子はバスケ。

 その球技大会の詳細が書かれたプリントを見る黄色い生物の顔は、戸惑いを隠せていない。

「どうして……?」

 分からなくもない。
 トーナメント表に、E組の名が書いていないのだから。


「E組は本戦にはエントリーされないんだ。一チーム余るって素敵な理由で」

 三村の言葉に、数人の生徒が項垂れる。
 これだけでは正当な理由に聞こえるだろうが、本質は違う。本戦にエントリーされないが、E組はエキシビションには出場しなくてはならない。

 エキシビションでは、多くの注目が集まる中で、E組は野球部、バスケ部の選抜メンバーと戦うことを余儀なくされる。


「……なるほど、いつもの・・・・やつですか」
「そ」

 そう、E組の差別いつものやつだ。
 本校舎の生徒は、経験豊富な選抜メンバーに手も足も出ないE組の姿を見て愉悦に浸る。かつて理事長が言っていた。

 これは、戒めを含めた警告だと。


「でも心配しないで、殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるし、良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ」


 ねえ、皆。そう言って片岡が呼び掛けると、女子の大半が腕を高々に掲げて返事を返す。


「俺ら晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」
「――まっ、寺坂!」

 やる気に満ちる女子とは違い、寺坂、村松、吉田の三人は呼び止める磯貝を無視して教室を出て行く。寺坂の言い分は最もだが、協調性がないのも困りものだな。


「なぁ。野球となりゃ頼れんのは杉野だけど、なんか勝つ秘策ねーの?」

 振り返った前原が、元野球部員であった杉野を見る。皆の視線が一斉に集まると、杉野は暗い表情のまま俯いた。

「……無理だよ。野球経験者のあいつらと、ほとんどが野球未経験のE組。勝つどころか勝負にならねー」


 確かに、勝つ確率は低い。

 野球部の主将である進藤は、高校からも注目され豪速球を投げる。進藤だけではない。各部員が練習を絶やさず、幾つもの優勝を飾ってきた。


「……だけどさ、殺せんせー。だけど・・・勝ちたいんだ。善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくない」

 まるで、杉野は蝋燭のようだ。息を吹きかけても、炎を灯し続けようとする。消えることのないその闘争心に、黄色い生物が俊敏に動く。


「でもやっぱ無理かな、殺せんせー」

 
 俯いていた杉野が顔を上げる。
 その表情には、取り繕った笑みが浮かべられていたが、黄色い生物を眼にした途端に顔が引き攣った。

 
「先生一度、スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりはできないのでちゃぶ台返しで代用します」
「おっ、おう」

 マッハで着替えた野球のユニフォームに、各触手に握られた野球道具。顔は野球ボールのように変わり、さながら無駄にデカい等身大パネルだ。


「最近の君達は、目的意識をはっきりと口にするようになりました。どんな困難な目標に対しても揺るがずに。その心意気に応えて、殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう」



―――


『試合終了ー!!三対一!!トーナメント野球三年はA組が優勝です!!』

 球技大会当日。試合を見ていたが、やはりA組が圧勝だった。学秀の統率力は凄まじい。いつの日か、A組と対峙する時が必ず訪れる。

 その時は、学秀は高い壁として立ちはだかるだろう。


『それでは最後に、E組対野球部選抜の余興試合エキシビションマッチを行います』

 グラウンドに、ユニフォームを纏った野球部員が入場してくる。見るからに気合が入っており、荷物を置くなり直ぐにウォーミングアップを始めた。

 杉野によるには、野球部にとったら全校生徒にいいとこを見せる機会だからだそうだ。


「そーいや、殺監督どこだ?指揮すんじゃねーのかよ」
「あそこだよ。烏間先生に目立つなって言われてるから」

 辺りを見渡す菅谷に、苦笑いを浮かべながらある方向を指差す潮田。指の先を辿ると、グラウンドに転がっているボールの一つにアイツが遠近法を利用して紛れ込んでいた。

 顔色でサインを出すらしく、今まさに色が変わる。


「何て?」
「えーと、①青緑→②紫→③黄土色だから――"殺す気で勝て"ってさ」


 言われなくとも、分かっている。


「よっしゃ、殺るか!」
「「おう!!」」

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