元生徒副会長は輪に加わる



 思わず笑いが出る程、このしおりは正確だ。
 1243ページ、班員が拉致られた時の対処法。犯人の手掛かりがない場合、会話の内容や訛りなどから地元の人間かそうではないかを判断。
 地元民ではなく、更に学生服を着ていた場合――1244ページ。

「考えられるのは、相手も修学旅行生で旅先でオイタをする輩です」
「皆!!」

 錆びれた扉を蹴り飛ばす。狼狽える男共の姿が滑稽で、笑いを耐えようにも耐え切きれず、笑みが浮かぶ。


「なっ……!てめぇら、何でココがわかった!?」
「土地勘のないその手の輩は拉致した後、遠くへは逃げない。近場で人目につかない場所を探すでしょう。その場合は付録134へ」

 潮田がしおりのページを捲り、134ページを開く。描かれていたのは、拉致実行犯潜伏対策マップ。黄色い生物がマッハ20で下見した、完璧な拉致対策の戦略である。

「で、どーすんの?お兄さん等。こんだけのことしてくれたんだ。アンタ等の修学旅行は、この後全部入院だよ」
「……フン。中坊がイキがんな」

 最初は狼狽していた男だったが、流石リーダー格と言ったところか。冷静な対応を取り始め、予め呼んでいた増援が向かっているらしい。証拠に、現在進行形で足音が聞こえて来る。

「呼んどいた友達ツレ共だ。これでこっちは10人。お前らみたいな良い子ちゃんはな、見たこともない不良共だ」

 ほくそ笑んでリーダー格の男は臨戦態勢に入る。残りの男共も、余裕の笑みを浮かべて扉を見る。人数の差的にも不利なうえ、挟み撃ちにされるの圧倒的に不利だ。

 良くも悪くも、相打ちがいいところ。
 だが、それも男共の増援ならの話。


「不良などいませんねぇ」


 ゆっくりと扉が開く。入って来たのは、学ランを身に纏い頭を丸めた、いかにも昭和風の優等生。そして、最後尾の人物を見て身構えていた力を抜いた。

「先生が全員手入れしてしまったので」
「殺せんせー!!」
「遅くなってすみません。この場所は君達に任せて、他の場所からしらみ潰しに探してたので」

 触手で掴んでいた男共を投げ捨てて、黄色い生物は俺達に方に歩いて来る。いつもなら付けていない顔隠しを何故つけているのか。世間体を気にしているのなら、もう手遅れだと思うのだが。


「渚君がしおりを持っていてくれたから、先生にも迅速に連絡できたのです。この機会に全員ちゃんと持ちましょう」


 素早いスピードで額の処置を施され、ずっしりと片手に重みが加わる。わざわざご苦労様なことだ。全員分の重たいしおりを運んできたのか。
 
「……せ、先公だとォ!?ふざけんな!!ナメたカッコしやがって!!」
「ふざけるな?」

 威勢は認めるが、ここまで救いようのない愚者は初めて見た。筋違いも程々にして欲しいものだ。先に手を出したのはどっちだったか。
 一斉に襲い掛かる男達を一見して、黄色い生物は冷たく言い放つ。


「先生のセリフです。ハエが止まるようなスピードと汚い手で、うちの生徒に触れるなどふざけるんじゃない」


 瞬間、目にもとまらぬ速さで触手が男共を再起不能にする。
 男達は、何をされたかも脳で処理できずに膝を付く。


「……はっ、エリート共は先公まで特別せいかよ」


 それでもなお、膝を震わせながらリーダー格の男は諦めずにナイフを構える。どうせ馬鹿の高校だという肩書きで見下しているのだろうと。そんな男に、黄色い生物はエリートではないと軽く諭す。
 確かに俺達は名門校の生徒だ。とは言え残念ながら、理想と現実は違う。学校内では落ちこぼれ呼ばわりされ差別の対象にされている。

 一つ違うのは、男達のように他人を水の底に引っ張るのではなく、様々なことに前向きに取り組んでいる。
 そこに、学校や肩書などは関係ない。


「清流に棲もうがドブ川に棲もうが、前に泳げば魚は美しく育つのです」
「……!」


 さて、と黄色い生物が言葉を区切ったところで俺はより一層笑みを深める。
 人間を堕落に導くもっとも大きな悪魔は、自分自身を嫌う心だ。自分はこうだから、と決めつけてしまう前に妥協してみろ。気配を消すのを止め、リーダー格の男に鈍器しおりを振り被る。
 俺が言えるのはこれだけだ。



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