元生徒副会長は輪に加わる
梅雨が明け、本格的な夏を迎える。
全てを溶かしそうな熟れた熱気の中で、騒がしく蝉が鳴いていた。
あの日、俺はバスに乗っていた。
理由なんてものは簡単だ。休みが取れた両親との旅行。観光を目的としたバスの中は、親子連れで賑わっていた。
「っ、何かに捕まってください!」
――耳を劈くような、クラクションの音。激しく揺れる車内に広がる、乗客達の悲鳴。そして俺を庇うように、窓ガラスの破片が突き刺さった両親。
寿命の短い、蝉のように一瞬だった。
「――天霧君。大丈夫?」
「……?」
窓の外を見ていた俺は首を傾げて考えるような仕草をしてから、聞き返す。何がだと。すると、潮田から返って来た言葉は、全く予想外のことだった。
顔が真っ青だと。指摘されて始めて気付いた俺は、一瞬固まる。
「…大丈夫だ。少し酔ってしまったようだ」
潮田に感謝の言葉を述べると、もう一度ぼんやりと窓の外を眺める。そうか、俺は蒼褪めていたのか。もう何年も前のことだというのに、未だに忘れることが出来ない。
いっそ、忘れてしまえば楽になれるのに。
「ねえねえ」
そんなことを考えていると、突然背後から右肩を叩かれた。反射的に叩かれた肩の方に首を回すと、右頬に触れる感触。
「あはは、ひっかかった」
「……カルマ」
後から相手の肩を叩き、肩に乗せたままの人差し指を伸ばし、振り返った相手の頬に構えていた指を突き差すという、小学生がやるような悪戯だ。
だが、そんな悪戯に俺は引っかかり、それを行った現行犯はニヤリと笑みを浮かべている。
「何考えてんのか分かんないけどさー、ここにはあのタコがいるんだよ?」
ぽつりと呟かれた言葉に、俺はカルマを見ながら数回瞬きをした。
理に適わないが、言えている。
ここには、常識を外れた超生物が同伴していた。余程のことが無い限り、あの惨劇は起きない。
「あーあ。声掛けなきゃよかったかも。せっかく、隙見せてんだから顔に落書きしとけばよかった」
「勘弁してくれ」
肩を僅かに揺らして笑ってから、俺はゆっくりと窓の方へ顔を向けた。目の前に迫る黒い影は、もう無い。
長閑な景色が、広がっていた。