元生徒副会長は困惑する



 そして、迎えた二学期中間テスト当日。E組はこの二週間の間、まともな授業も受けずにテストに臨むことになる。

 結果は予想通りのものだった。
 一度敗北を経験したA組が、以前にも増して猛勉強をした御蔭で、E組の大半はトップ圏内から弾き出された。


「やっぱり、前回のはマグレだったようだね~」
「棒倒しで潰すまでもなかったな」


 順位を落として、肩を落とす渚達を横目に歩いていると、後ろから荒木と瀬尾の嫌味を含む声がする。わざわざ、それを言いに来るなんてご苦労な連中だ。

 呆れながら振り返ると、小馬鹿にしたように笑う五英傑の四人と、それを見て静かに佇む学秀が居た。


「言葉も出ないねェ、まぁ当然か」
「この学校では成績が全て。下の者は上の者に対して発言権は無いからね」
「…へーえ」

 その言葉がすぐに自身に降りかかるとは知らずに囀り続ける、四人の背後からこちらに向かって歩いて来る人物を見て、俺は笑う。

 そして、その声が聞こえた途端、荒木達は肩を震わせて振り返った。


「じゃ、あんたらは俺ら・・に何も言えないわけね」


 ねえ、司?――そう言って、俺の肩に回された腕。俺はその腕を振り払う事無く、夏休みのことを思い出す。

――


「…ね、ノート見せて」
「構わないが」

 夏休みの間、ゲームをしに俺の家に入り浸るようになったカルマが突然、ノートを見せるように頼んで来た。ノートを机の上から手に持ち、それをカルマに渡すと真剣に眺め出す。素直に、珍しいと思った。

 カルマが誰かにものを頼むのも、こうして俺を頼ることも。
 別に、それがどうだとか言いたいわけじゃない。


「ここ教えて」
「ああ。この問題は、この方程式の応用だ」
「あ、そっか」

 一学期の期末を経て、カルマの何かが変わった。以前のカルマならば、人に自分から聞くなんてことはしなかっただろう。それがこうして、俺が答えるのを当たり前かの如く質問して来る。

 図々しさを通り越して、いっそ笑えてくる。


「なーに笑ってんの。今度は司も浅野君も抑えて、俺が勝つよ」
「そうか。楽しみだな」


――


「まー、俺は一位じゃないけど」
「…カルマ君」

 今回カルマは、合計点数 492点。186人中3位だ。それだけでも十分だろう。そう心の中で称賛していると、カルマにチラリと横目に見られる。


「気付いてないの?今回、本気でやったの俺だけだよ。他のE組はお前らの為に手加減してた」

「お前らも毎回敗けてちゃ、立場が無いだろうからって」
「な、なにィ~~」

 悔し気に歯を食い縛る瀬尾に向かって、カルマは、でも、と言葉を続ける。


「次はE組も容赦しない」


 カルマの言う"次"というのは、二ヶ月後の二学期期末テストのことだろう。椚ヶ丘は中学校から高等部に内部進学できる。本校舎の生徒ならの話だが。
 E組はそれがない為、三学期には本校舎とは授業内容が変わり、高校受験の授業に切り替わる。

 同じ条件下で、テストを受けられるのは、その日だけしかない。


「そこで全ての決着をつけようよ」
「……上等だ」

 薄ら笑いを浮かべたカルマを見て、五英傑と並ぶ学秀は怪訝な顔をして、そして目を細める。行こうぜ、と俺達の先を歩くカルマの背中に視線が集まった。

 実に、カルマらしい掩護のやり方だ。
 頼もしく見えるその背中を追おうと、振り向いた時だった。


「――司」


 固く閉じていた、学秀の口が開く。

 『全力で、君に挑む』

 真っ直ぐ俺を見据えながら、叩きつけられた挑戦状。ゾクリと心臓を掴まれたかのような錯覚…いや、これは違う。ざわざわと身体の芯から血液が沸騰して、火照って収まらないのではないかと思うほどに飛躍した高揚感。

 初めてだった。
 学秀が何もかもを捨て去り、俺を、俺と言う人間を見た。


「俺も」

 学秀と視線がぶつかる。紫紺の瞳が揺らめいて、黙ったまま、俺を見つめている。昂った熱が身体を駆け巡り、心臓が耳元でどくりどくりと音を立て続けている。

 獲物を捕らえた獣のように、目が鋭くなる。ニィ、と口角が上がって、唇が勝手に動く。


「お前に挑もう」


 俺はどうしようもなく興奮していた。





7/7ページ
スキ