元生徒副会長は困惑する
「松方さん、驚くだろうね」
「ああ。これだけ変われば、な」
俺達に与えられた二週間という期間は、あっという間に過ぎていった。もうすぐ松方さんが帰宅すると連絡を受け、すっかり様変りした施設を渚と一緒に下から見上げる。そこにはもう、老朽化が進んだ施設は無い。
今や目を見張るほどの、立派な木造家屋が聳え立っている。
これには全て、裏山から間伐した木と廃材を集めて建設したため、掛かった費用は少ない。
「よう、じーさん。二週間分の損害と見合ってるか?」
噂をすれば、松方さんが到着したらしい。屋根上で仕上げ作業をしていた竜馬の声が聞こえ、渚と裏庭から玄関に移動する。
玄関の前に佇む松方さんは、これでもないくらい口を大きく開けていた。
「――なんということでしょう!!」
壮大な反応に嬉しく思いながら、松方さんを皆で中へ案内する。まずは、今にも崩れそうだった母屋。ここも合わせて施設全体を、新しい柱で補強した。
新たに出来た二階は二部屋に分かれ、ひとつは図書館になっている。矢田が進んで近所を回り、読まなくなった子供向けの本を集めてくれた御蔭で、かなりの量の本が集まっている。
そしてもう一室は、室内遊技場。床にはネットやマットを入念に敷いて、安全性は十分に確保している。さらに、室内だから雨などの腐食や錆びを気にすることも無い。
例え外が雨が降っていようが、いつでも、好きな時に遊べる。
「あの回転遊具覚えといてな」
「さ、次は職員室兼ガレージへ」
大成の言葉に困惑しながらも、松方さんは悠馬の案内で階段を降りる。その先にあったのは、壊れてしまったはずの松方さんの自転車だった。
技術班のイトナと大成が改造し、より安全性が高く大積載量の電動アシストが付いた三輪自転車に変貌している。
「上の部屋の回転遊具が充電器と繋がっています。走行分の大半は、遊具をこげばまかなえる計算です」
「……なっ!!」
律の解説に、松方さんは狼狽えて二、三歩後ろに下がる。つまりは、子供達が遊べば遊ぶほど松方さんが助かる仕組みだ。
「う……うまく出来すぎとる!!」
付け加えるように、自転車のベルに松方さんの思いでのこもった古い入れ歯を再利用していると告げれば、手際が良すぎて逆に気持ち悪い、と引き気味に言われてしまった。
「第一、ここで最も重要な労働は建築じゃない。子供達と心と心を通わせる事だ。いくらモノを充実させても、お前達が子供達の心に寄り添えていなかったのなら、この二週間を働いたとは認め――」
「おーい、渚ー!!」
険しい表情で、認めない、と松方さんが口にしようとしたその時、玄関から少女が駆けて来る。その顔に浮かべられているのは満面の笑みで、手元には算数のテストが握られていた。
少女は渚の前まで行くと、そのテストを大きく広げた。
「ジャーン! なんとクラス二番!」
「おー、すごい!頑張ったね!」
「おまえの言うとおりやったよ。算数テストの時間だけ不意打ちで出席して、解き終わったら速攻で帰った」
その御蔭で、彼女に陰湿な悪戯をする子供達も、流石に手出しが出来なかったようだ。寧ろ、その子供達は自分に気を取られて点数が悪かった、と笑う彼女の頭を、ぐしゃぐしゃに撫でる。
立ち向かうのは、大きな勇気が必要だったはずだ。
褒める代わりに撫でる手に力を込めると、少女は俺を鋭く睨み付ける。そんな俺を睨み付ける少女の前に、渚が膝を付いた。
「自分の一番得意な一撃を、相手の体勢が整う前に叩き込む。これが
一瞬ビクリと体を縮こませた少女に、渚は優しく笑い掛ける。
「今回は算数だけしか教えられなかったけど、こんな風に一撃離脱を繰り返しながら…学校で戦える武器を増やしていこう」
「だ、だったら…これからもたまには教えろよな」
少女から帰ってきた言葉に、ポカンと数回目を瞬かせた後、渚は微笑む。
「もちろん」
俯き掛けていた少女の顔が、ぱっと上がり、松方さんの足元に抱き着く。松方さんは優しい眼差しで少女を見た後、愛おしいものに触れるように頭を撫でる。
暫くして、溜息を吐いた松方さんは、俺達に視線を向けた。
「……クソガキ共。文句のひとつも出てこんわ」
帰ってきたのを聞きつけたのか、わらわらと松方さんの足元に子供達が集まり出す。何となくだが、この人の周りに子供達が集まるのも分かる気がする。
俺達に向けられた、その視線。
「もとより、お前らの秘密なんぞ興味はない。ワシの頭は自分の仕事で一杯だからな。お前らもさっさと学校に戻らんか。大事な仕事があるんだろ?」
「…はい!!」
それは、陽だまりの下に居るような、不思議な暖かさがあった。