元生徒副会長は生徒会長との綻びを結ぶ


浅野side


「ならば、何故」


 アイツがE組にわざわざ落ちた理由は、納得はいかないが分かった。それでも、僕の溢れ出る感情は止まらなかった。勢い良く振りかぶった拳が、司の右頬に当たる。避けられただろうに、動かなかったアイツに腹が立つ。

 もう一発殴ろうとした腕が掴まれ、抜け出そうにもぴくりとも動かない。ああ、クソ。僕の意志とは反対に、腕が震える。離せ、そうじゃないと。


「……僕を置いていった」

 言うつもりの無かった言葉が、口から零れる。静寂したグラウンドに、僕の声は嫌なほど反響した。 咄嗟に誤魔化そうとしたが、上手く言葉が出てこない。

 スカした表情を崩したアイツが身を乗り出し、僕との距離を縮めて、片手を背後の棒に置く。
 戸惑ったような、驚いた目が僕を見下した。


「…悪かった」
「…っ、」

 眉尻を下げて、困ったようにアイツの視線が逸らされる。違う。僕は、お前にそんな顔をさせたかったわけじゃなかった。この腹の底から湧き上がるのは、ただの嫉妬だ。ずっと隣に居た司が、蔑みの対象であるE組に取られて僕はムカついていた。


 存外、僕も馬鹿だ。

 お前には勝てない、と勝手に諦め、傍に居るお前を、無駄なプライドから友人としてではなく、ただの使える手駒だと心の中では嘲笑っていた。


「……なあ、学秀。お前も、ここの生徒も、まだ根元は腐っていない」
「それはどうかな。一度、腐敗したものは元の形には戻らない。君がいくら頑張ったって、何も変わらない」
「だからだ」

 だから、一緒に変えていこう。そう言って笑ったアイツの言葉が、ストン、と胸の奥の蟠りを溶かして行く。背後の棒が、ゆっくりと揺らぐのに気付いた。もう、抵抗しようとも思わない。

 ぎゅっと目を閉じて、来たる敗北の瞬間を待つ。
 悔しくない、と言えば嘘になる。


「……僕の、負けだ」

 司がE組に行った時期から、椚ヶ丘中学校は何かが変わり始めていた。下に見ていた弱者からの下克上。最も自分も見下していた一人なのに、校舎から見ているであろう理事長の顔が醜く歪んで感じられて、目眩がする。

 願わくば、僕も何かが変わる瞬間に立ち会いたいものだ。
 ゆっくりと、そして静かに棒が倒れ込み、グラウンドの地面に背中が叩きつけられた。



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