元生徒副会長は生徒会長との綻びを結ぶ
磯貝side
正直、浅野にバイトをしているとこを見つかった時、ああ、終わったなと思った。
バイトが校則違反だということは承知の上で、見つかったらヤバイことも知っていた。それでも俺には、どうしてもバイトを続けたい理由がある。今まで、ばれなかったのは運が良かったんだ。
それが、今日であっただけ。
ただ、それだけ。
「そうだ、今回の事を見逃す代わりにある物を示してもらおうかな」
浅野に持ち掛けられた条件。簡単に言えば、俺達が体育祭の棒倒しでA組に勝てば、バイトについては目を瞑ってくれる。持ち掛けられた勝負は不安でしかなかった。
しかも、俺個人の問題に皆を巻き込みたくない。
俺一人でどうにかしないと。
そう思っていた。
「難しく考えんなよ磯貝。A組のがり勉共に棒倒しで勝ちゃ良いんだろ?楽勝じゃんか!!」
「…前原」
「そりゃそーだ。むしろバイトが奴等にバレてラッキーだったね」
「日頃の恨み、まとめて返すチャンスじゃねーか」
前原が、寺坂が――クラスの皆が、俺の為に戦ってくれる。その光景に目頭が熱くなる。力を貸してくれる皆の為にも、必ず勝とう。これが俺に出来る、最大の恩返しだ。
『……――レディ』
体育祭当日。A組とD組の綱引きが始まるのを、俺は観客席で眺めていた。あんな生徒、いつの間に。A組の列に、見たことがない外国人の生徒が四人いた。まあ、俺達はE組だ。知らない間に転校して来たのだろう。
そんなことを考えながら、呑気に始まるのを待つ。
「……は?」
空砲の合図と同時に、D組の生徒が宙に浮いた。余りにも衝撃で一方的な光景に、口を開いたまま唖然とする。
ああ、無理だ。
何が、偶然研修留学に来ていただ。
最初から、俺は浅野の手の平の上で踊らされていた。
「ふ、ふはっ、――ははは!」
全てがどうでも良くなって絶望しかけていた時、司の笑い声が静寂した観客席に響く。珍しく大爆笑している司を見て、俯いて唇を噛んだ。
司なら、この状況も如何にかしてくれるのではないか。
「…なあ、司」
「何だ」
縋る思いで名前を呼ぶと、一瞬だけ、司の目がこちらを見る。俺と違って、その瞳には戦慄した雰囲気は感じられない。
ただ真っ直ぐ、浅野だけを目に映していた。
「いや、何ていうかさ…俺の力じゃ浅野には及ばない。俺のせいで皆が怪我するんじゃないかって、考えたらちょっとな」
「そうだな」
「ははは、だよなぁ」
はっきり返ってきた言葉に苦笑する。それでも、下手に慰めるより言葉を飾らない司に少し救われた。やっぱり、俺じゃ浅野には勝てないよなぁ。分かりきっていたことだ。
それでも俺は答えを求めて、握る掌に力が籠る。
「信じろ」
「……え?」
俯いていた顔を上げ、目を瞬かせていると、俺の肩を司が軽く叩く。え、あ、と口から紡がれるのは言葉にならない一言だけ。涼風が吹いたかのようだった。強張っていた身体から、力がすぅ、と抜けていく。
ハチマキを額に巻く司の背中が、眩しく見える。
「周りは、その想いに答えてくれる」
信じる、か。心の中でそう呟くと、強い風が吹いて、亜麻色の髪を揺らす。少し振り向いた司の目が細められ、俺を見て柔らかく微笑む。
そのまま司は、意気込んでいるE組の列に加わった。
「先生の言いたいことは、殆ど天霧君が言ってくれたようですねえ」
「……殺せんせー」
父兄に扮した殺せんせーが前に立ち、俺の緩んだハチマキを巻き直す。ズルい人ですよねぇ、彼、と司を目で追う先生に全力で同意する。
何時もアイツは、俺達を前へ引っ張ってくれる。
「先生からは一つだけ。仲間を率いて戦う力。その点で君は浅野君をも上回れます。君がピンチに陥った時も、皆が共有して戦ってくれる。それは君の人徳です」
優しく微笑みながら、殺せんせーは俺の頭を触手で撫でながら言う。
「先生もね、浅野君よりも君の担任になれたことが嬉しいですよ」
「っ、よっし!!」
気付けば俺の心から不安は消えて、自信に満ちた笑みが零れていた。溢れ出てきそうな涙を拭い、ニッ、と笑って棒を囲む皆の元へ向かう。
「皆、いつも通り殺る気で行くぞ!!」
「――おう!!」