元生徒副会長は生徒会長との綻びを結ぶ
「うおっ、木村が一位取ったぞ」
「よっしゃ!ナイスだ木村!」
いよいよ迎えた、体育祭当日。最初の競技であるリレーで、トップバッターの正義が一位でゴールをする。その結果、E組側の士気が上がるものの、結果は二位止まりのものが多い。
俺達が暗殺訓練である程度の基礎が身に付いたとはいえ、専門的に練習へ時間を費やした人間には勝てないのが理由だろう。
リレーが終わり、次の競技に移る。次の競技はパン食い競争。E組からは原が自ら手を上げ、代表で出場することになっている。選手がスタートレーンに並び、ピストルの空砲が鳴り響く。
足の速さに自信がある選手が選ばれたのだろう。原は最下位だった。
しかし、パンが吊り下がった真下で、選手は思わぬ足止めを喰らう。中々、パンを咥えることが出来ないのだ。
「――っふ」
そこへ、原が到着する。
うっすらと笑みを浮かべ、口を開いた途端――原の口にパンが咥えられた。
「うおぉお!!原さんやべえ!!足の遅さを帳消しにする正確無比なパン喰い!!」
『――し、しかし、まだだ!!完食しないとゴールできないルールだぞ!!』
ゴール付近間近。思いも寄らぬE組の活躍に焦ったアナウンスの実況が、グラウンドに響く。だが、原にはそんなこと些細な問題だった。
パンを咥えたまま、いとも簡単にパンを口の中へ吸い込み、ゴクリ、と丸呑みする。
「……飲み物よ、パンは」
唖然とした空気の中、原は悠々とゴールテープに向かう。一拍置いて、E組の観客席から歓声が巻き起こった。烏間先生の隣で、俺は静かに肩を震わせる。
そうか、パンは飲み物か。さながら、偉人の格言だ。
『さあ、続いての綱引きはA組対D組!』
アナウンスの声に、グラウンドの中心へ視線を向ける。その視線は。A組の後列に居る四人の生徒を捉えて大きく見開かれる。いや、生徒と言うべきではないか。
体格と共に大きな長身。明らかに、各国から掻き集めた人材。
『……――レディ』
両者共に汗ばんだ手で綱を握り、開始の空砲が鳴り響く。本来の綱引きは、殆どが拮抗の決戦になる。この試合もそうだろう、とそんな思考は、軽々と覆された。
D組が、宙に浮いた。
「ぐえっ」
「ひいッ!!」
次々と、D組の生徒が地面に打ち付けられる。一瞬だった。たった一瞬で、A組の勝利が決まった。称賛しながらアナウンスが言う。
たまたま偶然、四人の外国人が研修留学に来ていた。
これが、偶然?
「ふ、ふはっ、――ははは!」
余りにも愉快で可笑しくて、腹を抱えて笑う。偶然か。それならば、仕方が無い。タイミング良く、それも体育祭が行われる日に来ていたのだから。
すぅ、と細めた目尻にうっすら涙が浮かぶ。
学秀の考えはいつも突拍子もなく、打っ飛んでいて面白い。
「…なあ、司」
「何だ」
悠馬に声を掛けられた俺は一瞬だけそちらへ視線をやると、A組に戻す。勝利し歓声を上げるA組と打って変わって、悠馬の表情は、珍しく不安気に歪んでいた。
学秀の戦略を見て、畏縮したか。
「いや、何ていうかさ…俺の力じゃ浅野には及ばない。俺のせいで皆が怪我するんじゃないかって、考えたらちょっとな」
「そうだな」
「ははは、だよなぁ」
確かに悠馬の言う通り、実力では学秀には及ばない。何日も費やして出来るようになることを、学秀なら数時間でやってのけるように、上には上がある。幾ら頑張ろうと、その差を埋めるのは難しい。
それでも、誰かが何かに優れた能力を持つように、悠馬には、学秀にさえ上回るモノがある。
「信じろ」
「……え?」
目をパチパチと瞬かせてて、呆然とする悠馬の肩を軽く叩く。力が入っていたのか、悠馬の身体は強張っていた。それもそうか。強敵に立ち向かう勇気も、指揮する不安もあるだろう。自分のハチマキを額に巻きながら、周りに居るクラスメイトを見渡す。
一人では、出来ることも限界がある。
だが、ここには、悠馬の周りにはこんなにも人が居る。
「周りは、その想いに答えてくれる」
実際に、俺は夏休みでそれを強く体感した。近くに立っていたアイツが、目元を緩めて薄っすら笑う。この先は、コイツに任せるとしよう。
俺達が掲げるのは、勝利のみ。敗北の二文字は無い。
この教室から誰かが欠けることは許さない。