元生徒副会長は輪に加わる



「「さて、始めましょうか」」


 教室へ帰ると、先に帰っていた黄色い生物が額に鉢巻きを付け、更に分離して俺達を向かえた。その奇妙な行動は、もうすぐで中間テストが迫って来ているかららしい。

 題して、高速強化テスト勉強。


「先生の分身が一人ずつマンツーマンで、それぞれの苦手科目を徹底して復習します」

 言葉通り、残像交じりの黄色い生物が各自、一人一人の前に立った。勿論、俺の前にもソレはいる。鉢巻を見れば「国」と書かれていた。

「天霧君は全教科得意なようですねぇ。ですが、国語が少し苦手なようなのでそちらをやりましょうか」
「……ああ」


 俺が国語が苦手、という部分は読解問題だ。
 例えば、この時の「登場人物の気持ち」は、どんな気持ちか考えなさい。

 これがさっぱりだ。

 文章の解釈が俺と製作者と違えば不正解になるし、単に気持ちを汲み取るのが難しい。


「さて、天霧君。今の会話の間に、先生が奥田さんと菅谷君にアドバイスした言葉は何ですか?」
「『答えは例文の中に隠れている』、『一発泣いて廃藩置県』」

「よろしい」

 にこりと、黄色い生物が笑った気がした。




「さらに頑張って増えてみました。さあ、授業開始です」


 中間テスト前日。あろうことか、黄色い生物はさらに増えていた。残像交じりの分身は、かなり雑になっているし、心なしか雑念が生じている気がする。

「……流石に相当疲れたみたいだな」

 授業終了の鐘と共に、黄色い生物は教卓に凭れ掛かり息を乱しながら休息を取り始めた。疲れるのも無理もない。一人に何体もの分身を付け、それを27人分。
 岡島はそんな黄色い生物を見て、何でそこまでするのか問う。
 すると、黄色い生物は特徴的な笑い声を上げた。

「ヌルフフフ。全ては君達のテストの点を上げる為です」

 黄色い生物の思い描くビジョン。己によって良い点が取れた生徒達は、尊敬の眼差しを己に向け、評判を小耳に挟んだ女子大生が集ってくる。
 加えて、殺される危険も無くなりWin-Winの関係を築ける。

「…いや、勉強の方はそれなりでいいよな」
「うん。なんたって、暗殺すれば賞金百億だし」

 百億円があれば、成績が悪くても大丈夫、か。何ともまあ素晴らしい絵空事に、眉間に皺が寄ってしまう。


「俺達エンドのE組だぜ、殺せんせー」
「テストなんかより、暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」


 ああ、そうか。
 根元から腐食していたのか。

 本校舎からの扱いを否定しないのも、その待遇を何処かで受け入れ、それが当たり前になっているからだったのか。腹の底に湧いた怒りが止まることなく膨らみ始めた、その時――。


「成る程、よく分かりました」


 黄色い触手が、俺の頭を軽く撫でる。柔らかな感触に気を取られていると、黄色い生物の顔が見る見るうちに×の模様に変わっていった。

「今の君達には、暗殺者の資格がありませんねぇ。全員、校庭に出なさい」

 烏間先生とイリーナ先生も呼んで、と付け足して黄色い生物は俺達に背を向ける。指示通り、教室から全員が出て行くのを見届けると、俺もその後に続いた。

「イリーナ先生。プロの殺し屋として伺いますが、貴方は仕事をする時に用意するプランは一つですか?」
「……いいえ」

 唐突に校庭に集まれと言われたE組のほとんどが、黄色い生物の質問に疑問符を浮かべる。

「本命のプランなんて思った通り行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて、予備のプランをより綿密に作っておくのが暗殺の基本よ」
「なるほど」

 校庭に続く階段の上で、イリーナ先生は困惑したまま腕を組みながら答える。その返答に満足したのか、黄色い生物は次に烏間先生を見た。


「では、次に烏間先生。ナイフ術を教える時、重要なのは第一撃だけですか?」
「……第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では、第一撃は高確率で躱される。その後の勝敗を決めるのは第二、第三の攻撃の精度だ」


 何となくではあるが、黄色い生物がE組に何を伝えたいのかが理解できた。要は、自信を持てる次の手があるからこそ自信に満ちた暗殺者になれる。
 対して先程の、あの発言。
 "俺等には暗殺があるからいいや"。そう考え、彼等は勉強の目標を疎かにしている。


「天霧君は薄々気付いていましたよ。君達のそれは劣等感の原因から目を背けているだけだと。もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?」


 暗殺という拠り所を失ったE組は、E組の劣等感しか残らない。
 これは、先生からの警告アドバイスだ。

 第二の刃を持たざる者は、暗殺者を名乗る資格なし。


 ――瞬間、膨大な竜巻が黄色い生物を中心に巻き起こる。校庭に生えていた草花が舞い上がり、角張った一面の地面が平面に変わる。改めて、黄色い生物は怪物であるを片鱗を見せた。


「もしも君達が自信を持てる第二の刃を示さなければ、相手に価する暗殺者はこの教室にはいないと見なし、校舎ごと平らにして先生は去ります」


 黄色い生物が出した条件は只一つ。
 明日の中間テストで、クラス全員50位以内を取ること。


「自信を持って刃を振るって来なさい。仕事ミッションを成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです」


 自分達が暗殺者であり、E組であることに。



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