元生徒副会長は生徒会長との綻びを結ぶ



「標的接近。油断するなよ」
「お前もな」

 パキン、と、木の枝が折れる音がした。茂みから僅かに顔を出し、状況を窺う。標的は直ぐそこまで迫っていた。ギャルゲーの主人公にハンドサインで合図を出し、一定の距離から二人に追われる堅物の前に飛び出る。

 僅かに目を見開いた堅物の一瞬の隙を突いて、そのまま懐に入った俺は、一発撃つ。


「――だが、甘いな」

 俺の放った弾丸は、上半身をずらされただけで避けられる。だが、これはどうだ。堅物の意識が俺に向いた瞬間――二発目。頭上からの狙撃。ギャルゲーの主人公の放った弾丸だ。

 …本当に、この人は規格外だ。

 最初から予想していたかのように、弾丸を木の破片で受け止められた。


「ギャルゲーの主人公!!君の狙撃は常に警戒されてると思え!!」

 ああ、そうだ。だからこそ、ギャルゲーの主人公は銃口を引いた。
 堅物の背後の葉が揺れるのを見て、俺は目線を上げた。堅物は俺達に気を取られて、背後に迫る脅威に気付かない。思わず口角が上がる。

 両手に拳銃を構えた正義が、標的の背後へ降り立つ。


「──まさかッ!!」
「行け、ジャスティス!」

 振り返った時には、もう遅い。二発の弾丸が、標的を撃ち抜いた。


――


「…で、どうでした?一時間目をコードネームで過ごした気分は」
「「なんか、どっと傷ついた……」」

 一時間目の授業が終わり、教室に戻るなり何人か机に項垂れていた。まあ、そうなるのも分からなくもない。アレはコードネームというよりは、蔑称に近かった。


「それより、一級フラグ建築士とはどういう意味だ」
「えー?まんまじゃん」
「この名はお前に譲ろう、中二半」

 それまだ続けんの、と机に突っ伏したまま顔を上げ、カルマが笑った。むくりと起き上がって、カルマは俺の顔を覗き込んでくる。何だ今度は。眉間に皺を寄せると、カルマがぷっと吹き出して、何が可笑しいのか一人で笑う。
 
 押せば笑う、笑い袋かお前は。


「なあ、殺せんせー。何で俺だけ俺だけ本名のままだったんだよ」

 どんよりとした空気の中、おずおずと正義がアイツに疑問を尋ねる。確かにそれは、俺も思っていた。何故、正義だけ本名のままだったのか。


「君の機動力なら活躍すると思ったからです」

「さっきみたいに、かっこよく決めた時なら"ジャスティス"って名前でもしっくりきたでしょう?」
「……うーん」

 確かに、と倉橋が同意すると、微妙な表情で正義は考え込む。沈んだ顔のままの正義の前に、アイツは一枚の紙をチラつかせながら、一定の条件を満たしている正義は名前が変えられることを説明した。


「でもね、木村君。親がくれた名前に正直大した意味は無い。意味があるのは、その名の人が実際の人生で何をしたか」
「……っ!」


 徐々に、正義の俯いていた顔が上がる。


「名前は人を造らない。人が歩いた足跡の中に、そっと名前が残るだけです」

 その言葉一つ一つが、多くの心を揺さぶりそして、胸に刻まれて行く。一人の苦悩に寄り添い、励まし、大いなる可能性に導く。

 黒板に何かを書くアイツの背中が、眩しく見えた。


「さて、先生のコードネームも考えてみました。以後、この名で呼んでください。――永遠なる疾風かぜの運命の皇子、と」
「……は?」

 一瞬の沈黙が、教室内に広がる。どうですか、皆さん。そう言って振り向いたアイツが、キザったらしく格好を付ける。

 次の瞬間、アイツの顔面すれすれに消しゴムが飛んだ。


「一人だけ何スカした名前付けてんだ!!」
「しかも、なんだそのドヤ顔!!」
「にゅやッ、ちょ!いーじゃないですか一日くらい!!」

 見事に墓穴を掘ったな。この後、アイツはバカなるチキンのタコと呼ばれることになる。自業自得だ。


――――

 一級フラグ建築士
 天霧のコードネーム。付けたのは、竹林と岡島。

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