元生徒副会長は生徒会長との綻びを結ぶ



「野球バカ、標的に動きはあるか!?」
「まだ無しだ、美術ノッポ。堅物は今、一本松の近くに潜んでる」

 スマートフォンから聞こえる声を聞きながら、裏山の中を駆ける。この後の手筈は、貧乏委員チームが背後から堅物に迫り沢に追い込み、ツンデレスナイパーが狙撃する。指定地まで移動している最中、包囲網が突破されたと連絡が来た。

 木から飛び降り、茂みの影に隠れて移動する。流石、堅物。一筋縄ではいかない。


「っしゃあ!」

 一発の銃声が、裏山に響き渡る。すぐに律から連絡が来る。どうやら、鷹岡もどきの放った弾丸が命中したらしい。よくやった、鷹岡もどき。道中、毒メガネと永遠の0が潜む茂みを通り過ぎ、前方を走る変態終末期とこのマンガがすごいを追い抜かす。

 ポケットにスマートフォンを仕舞い、走りながら両手に拳銃を構える。


「もうすぐポイント到着だ!一級フラグ建築士!」
「了解」

 ギャルゲーの主人公からの指示に従い、標的を待つ。しかしなんだ、一級フラグ建築士とは。何故俺がこう呼ばれているのか、話は少し前に遡る。


――


「じゃ、正義ジャスティス!?」

 教室のドアを開くと、何やら正義の席の周りに茅野達が集まって盛り上がっていた。挨拶をして中に入ると、茅野が驚いたように近づいて来る。


「おはよう、天霧君!ねえ、木村君の名前がまさよしじゃなくて、ジャスティスって読むの知ってた?」
「ああ」

 そのことか。珍しかったから、一番最初に目に止まったのを憶えている。入学式以来、その呼び方は止めてくれ、と本人に頼まれてから呼んでいないが。

 正義の両親は警察官らしく、その名は、正義感で舞い上がって付けられたらしい。


「子供が学校でどんだけ揶揄われるか、考えたこともねーんだろーな」
「そんなモンよ、親なんて」

 確かに日本では珍しい、俗に言うキラキラネームだ。深く溜息を吐く正義に、狭間が近付いて行く。


「私なんてこの顔で綺羅々よ。きららっぽく見えるかしら?」
「い、いや……」

 狼狽えた正義が、椅子を引いて二、三歩下がる。狭間も正義も、名前のせいで悩まされ苦労しているのが見て取れる。名前は、一生に一度きり。

 一生ついて回る、大切なものだ。


「大変だねー皆。へんてこな名前付けられて」

「お前が言うか!?」
「あー、俺?俺は結構気に入ってるよ、この名前。たまたま親のへんてこセンスが子供にも遺伝したんだろーね」

 何人かからの指摘に、カルマは特に気にした様子もなく笑う。そもそもだが、俺は三人の名前が好きだ。いや、名前というより三人が好きなのか。狭間、正義、カルマ自身を現す、呼び名。親がどんな思いで付けたのかは知らない。

 ただ単に、この三人を呼ぶ瞬間の、この名前が好きだ。


「先生も、名前については不満があります」
「そうか?殺せんせーは気に入ってんじゃん。茅野がつけたその名前」

 ふと、正義の背後にアイツが現れる。アイツの名前は茅野が付けたのか。


「気に入ってるから不満なんです!」

 ゆっくりと振り返り、アイツは恨めしそうな瞳を、壁側に佇む烏間先生とイリーナ先生に向けた。その視線は、そこで止まらない。
 もう一度、俺達の方を向いたかと思うと、丸い瞳が俺をジッと見つめる。


「未だに三名ほど…その名前で呼んでくれない者がいる」
 
 アイツの言葉に、先生二人の肩がびくりと震えた。ハンカチで目頭を押さえるアイツの姿を見て、何とも言えなくなった俺は目を逸らす。


「烏間先生なんて、私を呼ぶ時"おい"とか"お前"とか。熟年夫婦じゃないんですから」
「だ、だって、いい大人が殺せんせーとか正直恥ずかしいし……」

 天霧君に至っては生徒なのに、と更に泣き叫ぶアイツ。別に先生達のように呼ぶのが恥ずかしいわけではない。ただ何となく、呼びたくない。嫌いじゃないが、食べたくない。

 まあ、そんな感じだ。


「あ、じゃーさ!いっそのことコードネームで呼び合うってどう?」

 そろそろ泣きながら絡んで来るアイツを鬱陶しく感じ始めた頃、矢田が立ち上がった。


「コードネーム?」
「なるほど、良いですねぇ」
 
 矢田の提案により、今日一日俺達は、各自全員が書いたコードネーム候補からアイツが選んだコードネームで過ごすことになった。

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