[番外編]在りし日を思う
ねえ、聞いた?ツカサの新曲!
聞いたよ~!すごくかっこよくて、何回もリピートしてた!
なんか、こう…胸にグッとくるって言うか!
――心に響くよね!
「……すごい人気だなぁ」
歩道の信号が赤に切り替わって、僕はビルの大型ディスプレイを見上げる。
あの日から、7年が経過して、僕達は大人になってそれぞれの道を歩み始めた。すっかり僕は身長も伸び、皆を引っ張り慕われる先生に…とまではいかないが、実習先の学校で上手くやっている。
ちょくちょく皆とは連絡を取り合って、近況や愚痴などを語り合うこともあるが、特に連絡が付きにくい人が一人いる。
雑踏の中、聞き覚えのある声が空気を揺らした。傍で信号待ちしている女子高生がスマホを片手に、大型ディスプレイから流れる映像を必死に撮影している。
目を凝らして、そこに映っている人物を眺めた。
ピンク、水色、黄色…いろんな蛍光色のペンライトに囲まれて、司は歌っていた。澄みきった青空を思わせる瞳が笑みを作る。亜麻を紡いだ、絹糸のような黄色がかった薄茶色の髪から、汗が滴り落ちていく。カメラを見つめる端整な顔は、どこか色っぽい。
元々、司は芸能人の如く目立っていた。
一緒に街へ出掛ければ視線を集めていたし、校舎内でも遠目に眺められては噂されていた。学生時代のバレンタインがいい例だ。夏休みに訪れた沖縄離島リゾートのホテルで、偶々居合わせた芸能関係者に見初められ、学園祭でスカウトされたのをきっかけに、司は芸能界の道を進んだ。
司は容姿は勿論のこと、スタイルもいい。眼鏡からコンタクトレンズに変えてから、ますますかっこよくなった。こうなったのも、なんとなく頷ける。
司には才能がある。羨んでしまうほどの才能が。正直、初めて聞いた時は耳を疑った。きっと、司は何にだってなれた。けど、それを選択したのが何となく分かった。
画面に写る司は輝いていた。
それはまるで、眩しい光。
命を燃やし紡がれる、希望を照らす一等星。
「……司」
あの日から7年。されど、7年だ。吹っ切れたと言えば、嘘になる。今でも時折夢で見る。忘れたくても忘れられない、あの日の光景を。その度に、足元から伸びる先が真っ暗になって、先が見えなかった道に僕は立ち止まる。
道の先にある淡い光の元へ、どんなに走っても近づくことはできない。走って、手を伸ばして、どんなに進んでも光は遠くなるばかりだ。
社会の荒波に呑み込まれる。自分の「夢」に対する障害にぶち当たる。何度も、何度も、躓いて挫けそうになった。そんな僕は、肉体的にも身体的にも疲労がピークだった。
――そんな時はきまって、歌が、聞こえた。
真っ暗で、先が見えなかった僕の視界に映り込んだのは、いつか見た夜空に浮かぶ月だ。胸中を覆う靄を切り拓いた、月光。それは眩い光を放ち、道を照らしてくれた。
傍に寄り添うに、僕が躓かないように、そっと足元を照らす。いつも、目指す方向に司は居る。
殺せんせーが僕達を導く"太陽"なら、司は僕達を照らす"月"だ。
「青に変わったぞ」
「――え」
肩に、誰かの手が触れた気がした。大型ディスプレイの向こう側に目を奪われていた僕は、ゆっくりと振り返る。捉えた姿に、目を大きく開く。鼻先が擦れるような距離に、今現在、画面に映っている顔があった。思わず、叫びそうになるのを懸命に堪える。
渚、と形の良い唇が動き、長い睫毛から水色の瞳が僕を覗き込むようにして見つめた。僕よりも高い位置にある顔は、7年もの歳月が流れたことを示している。
変装として帽子を目深く被っているが、隠しきれないオーラが溢れてしまっていた。司が流れる映像を撮影していた女子高生が、ちらちらとこちらを窺っているのが証拠だ。今すぐここを離れないと大騒ぎになる、――そう頭で分かっていても、咄嗟のことに僕は口をぱくぱくと動かすことしか出来ない。
そんな僕を司は見て、ふ、と笑い、僕は頬が赤くなった。
「行くのだろう」
「…うん!」
澄みきった空色の瞳が僕を映して、笑みを向ける。僕の目の前には、司が道を照らすように、凛と立っていた。
僕は強く頷き、照らされた道を進む。
行こう、僕達の教室へ。皆が待つ、教室へ。