元生徒副会長は迎え入れる



「どーよイトナ!?スピードで嫌なことなんざ吹き飛ばせ!!」


 アクセル全開のバイクがさらに加速する。狭間が中学生が無免許で運転していいのか聞いて来るが、ここは大成の両親が経営するバイク屋の敷地内。免許が無くても私有地ならば、何も問題はない。だが、些かスピードを出し過ぎだ。

 神経を尖らせながら見守っていると、大成がいきなりブレーキを掛ける。


「……あ」

 あ、じゃない。大成が何をしたかったのか分からないが、近くの植え込み目掛けて堀部が飛んで行った。言い争っている四人を放って、俺は植え込みに頭が突き刺さった堀部を回収しに行く。髪の毛についた葉を払ってやっていると、堀部の薄く開いた口から名前を呼ばれる。


「天霧、アイツらをどうにかしろ」
「俺に言われてもな。これで手を打ってくれ」

 堀部の隣に座り、ポケットから包み紙に包まれた飴を二つ差し出す。俯いていた顔が上がり、堀部の揺らいだ瞳が俺を映す。返事を寄越さない堀部に甘い方を握らせ、包み紙を捲って口元に運ぶ。

 舌の上で転がした飴玉が、ころん、と転がり溶けていく。


「…甘いな」
「お前は、ヘンだ」

 確かにそうかもしれないな。そう言って笑うと、堀部の目元が和らいだ気がした。気のせいだったとしても、口元が綻ぶ。このまま、嫌なことも何もかも全て忘れ去ってしまえばいい。さて、そろそろ言い争っている四人を止めるか。

 そう思って、立ち上がった時だった。


「ぁ、あ………天、ッ霧……!!」
「――堀部?」

 頭を抱えながら、堀部が震え出したのは。慌てて肩に触れようとした手が、勢い良く堀部に振り払われる。不味い、恐れていた暴走が始まった。

 悲鳴を上げるように唸り声を上げ、苦痛に歪んだ堀部の瞳が俺を捉える。


「に、げろ……あ、あいつを殺すッッ、違、……俺から離れろ、天霧っ」

 触手がうねり、一歩踏み込んだ堀部の足が、足元に落ちた飴を踏み潰す。堀部の心情を現すように、パキン、と歪な音がした。
 血走った目で襲い掛かって来る堀部の前から、竜馬に下がってろ、と胸を押される。


「おう、イトナ。俺も考えてたよ。あんなタコ今日にでも殺してーってな。でもな、てめェに今すぐ奴を殺すなんて無理なんだよ」
「ッ、煩い!!」

 一歩下がった瞬間、竜馬に一本の触手が襲い掛かった。しかし、竜馬はそれを避けることなく、腕と足で挟んで受け止める。
 弱っているにしろ、相当な威力な筈だ。現に、食い縛った口元の端から涎が垂れている。


「チッ、吐きそうなくらいイテェな。あー、吐きそうといや村松ん家のラーメン思い出した」
「ぐ、ッ!!」

 竜馬の振り下ろした拳が、堀部の頭部に激突する。


「あいつな、あのタコから経営の勉強薦められてんだ。今は不味いラーメンで良い。いつか店を継ぐ時があったら、新しい味と経営手腕で繁盛させてやれってよ」

「……それが、なんだ!」
「吉田も」

「同じこと言われてた。いつか・・・役に立つかもしれないって」

 なあ、イトナ。竜馬の目が、真っ直ぐ堀部を見据える。触手を掴まれたまま身動きが取れない堀部は、狼狽えながら後退ろうとした。

 逃がさないように、竜馬は胸倉を掴み引き寄せる。


「一度や二度、負けたくらいでグレてんじゃねえ。いつか勝てりゃいーじゃねーかよ」

 いつの間にか、堀部の触手は勢いを無くしていた。それでも竜馬は思いをぶつける。タコを殺すにしろ、今出来なくていい。百回失敗したっていい。三月までに、たった一回成功すれば、それだけで俺達の勝ちになる。

 親の工場もそうだ。その時の賞金で買い戻せば済む話だと。


「……耐えられない。次の勝利のビジョンが出来るまで、俺は何をしてすごせばいい」
「はァ?」

 その答えは、簡単だった。フェンスの向こう側から様子を見ていたE組の皆が、堀部を取り囲むように集まり出す。戸惑う堀部を他所に、ニッ、と笑いながら竜馬は堀部の胸元に拳を軽くぶつける。


「今日みてェに馬鹿やって過ごすんだよ。その為にE組がいるんだろーが」
「っ、」

 堀部の目が大きく見開かれる。その大きく見開かれた瞳からは、執着の感情は消えていた。呆然と立ち尽くし俯いた堀部の頭から、触手が力無くぶら下がる。


「…俺は、焦ってたのか」
「おう、だと思うぜ」


「目から執着の色が消えましたね、イトナ君。今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます。大きな力の一つを失う変わり…多くの仲間を君は得ます」

 今まで傍観者の如く様子を見ていたアイツが、大量のピンセットを触手で持ちながら前に出る。堀部は一度アイツへ視線を向けた後、俯いて力無く笑った。


「殺しに来てくれますね?明日から」
「……勝手にしろ。この触手も兄弟設定も、もう飽きた」

 ぐらり、と堀部の身体が傾く。咄嗟に前に出て、倒れた身体を支えると、アイツの触手が堀部の背中に滑り込んで抱える。振り返ると、俺の心中を覗いたかのようにアイツは微笑んで、触手を動かす。

 瞬く間に、堀部の触手が抜け落ちていく。


「言ったでしょう。先生が何とかすると」
「……ああ、そうだったな」


――


 カタン、と音がして隣を見る。バンダナを髪に巻いたソイツは、真新しい制服に身を包み、鞄を机の上に置くと、ポケットに手を突っ込んで何かを漁る。何を取り出すのか見ていると、掴んでいるのはぐしゃぐしゃになった包み紙だった。

 包み紙から飴を取り出した堀部が、目を細めて俺を見る。


「そんなに見てもやらないぞ。俺が貰ったものだからな」
「……要らん」

 砕けた欠片が一粒、机の上に転がり落ちる。俺は甘いものが嫌いだ。だが、たまに食べるのも悪くない。手を伸ばして拾い上げると、鋭い視線が飛んでくる。落としたものは、持ち主に返さないとな。

 口の中に広がる甘さを堪能していると、不貞腐れたように視線を逸らされる。


「イトナ」

「うん?」
「そう呼べ。俺もお前を名前で呼ぶ」


 返答に困っている俺の顔を見て、無表情に近い表情が崩れる。そして、堀部は無邪気な笑みを浮かべた。

 俺のお隣さんは、自由で気難しい。




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