元生徒副会長は迎え入れる
「ッ、堀部!!シロ貴様、この――ゴホッ!!」
「出発しろ」
気管に入り込んだ粉に、ゲホッ、と咳込みながら、捕らえられた堀部に手を伸ばす。やっと見つけたんだ。こんなところで別れてなるものか。
網の中で、ぐったりした堀部の双眸が俺を捉える。
もはや、何もかも諦めたような瞳だった。
「――待て、シロ!!」
「待つわけないだろう。行け」
絶望に呑み込まれたような昏い瞳が、ゆっくりと閉じて行く。堀部、と伸ばした手は宙を切り、無情にも届かない。
車両に乗ったシロが、戸惑う俺を見て笑う。
そして車が発車し、一足先に車を負ったアイツの姿を見て、握り締める拳に力が籠る。
「地獄を見せてやる」
――
烏間先生に鍛え上げられた脚力を屈指し、堀部を連れ去った車を追う。
人間は、自分が危険、及び危機が差し迫った状況で、普段は出せないような本気の力を発揮すると言う。
まさしく、今の状況だと俺は思った。
普段の倍以上に、身体能力が上がっているような気がする。
「そこ、右に曲がって!!」
タイヤの痕に目を付けた不破が、先頭を走りながら指示を出す。真新しい跡に続いて、何かを引き摺った形跡が残っている。
少し前まで傍に居た、堀部の姿が思い浮かぶ。
あの時、堀部は確かに戸惑っていた。
堀部が怒り、憎しみの感情を見せるのと同時に、堀部は生きている。
人を何だと思っているんだ。
「所詮、お前は自分のことしか大事に出来ない身勝手な生物」
息を切らしながら、停車した車に追いつく。視界の先に、堀部を狙うように撃たれるエアガンの弾をアイツが弾いている姿が目に映る。
だが、以前使用していた圧力光線を放っているのだろう。
幾分かアイツの動きが鈍い。
「イトナもろとも、死ぬのが嫌で逃げ出すかい?」
何が逃げ出すだ。シロの言葉に、笑いが込み上げてくる。コイツの計画は、いつも詰めが甘い。俺達は一斉に散らばり、射撃している人間を蹴り落とし拘束する。
身動きが取れないよう、簀巻きにされた男が惨めに這いつくばった。
「そ、そんなまさか」
毎回、シロは俺達生徒を野放しにし、失敗している。狼狽するシロの背後では、アイツが荷台に取り付けてあったネットを根元から取り外していた。
残る人間は、シロ一人。
対して、俺達は何十人もいる。堀部の網を解きながら、俺はシロを睨む。
「まだやるか?」
「…くれてやるよそんな子は。どのみち二~三日の余命。皆で仲良く過ごすんだね」
圧倒的に分が悪くなったシロは、車に飛び乗って発進させる。その後を追おうとした俺の肩に、アイツの触手が置かれ、唇を強く噛む。煮えたぎるような怒りが腹の底で沸き上がり、今にも爆発しそうだった。
力無く横たわり、意識を失い目に掛かった堀部の前髪を払う。
「おい、」
「触手は意志の強さで動かす物です」
アイツの言葉に、堀部の触手を見る。あれ程まで生き生きと蠢いていた触手は、腐りきった枯れ木のように萎んでいる。あれだけ暴れたにしろ、ここまで行くとは思えない。
最後に見た堀部の瞳。生気の無い、昏い物だった。
堀部は、全て諦めてしまった。
「イトナ君に力や勝利への病的な執着がある限り、触手細胞は強く癒着して離れません」
だから、何だ。
方法が無いから、はい諦めます、とでも誰かが言うのか。
「こうしている間に肉体は強い負荷を受け続けて衰弱してゆき、最後は触手もろとも蒸発して死んでしまう」
――蒸発して、死ぬ?ふざけるな。あの一瞬に垣間見えた、堀部の感情の一端。自分自身が本当にやりたいことをやらないまま、逝かせるものか。
勝手に死ぬことは許さない。
「方法はあるんだろ」
「ええ。彼の力への執着を消せば切り離せます。その為には、そうなった原因を知らねばいけない」
そのことなんだけど、と不破が携帯の画面をアイツに見せる。何故、ケータイショップばかり襲っていたのか気になった不破は律によって調べていた。機種に、戸籍、色々な情報を繋げ合わせ、辿り着いたのがとある会社のホームページ。
「…堀部電子製作所、コレって」
「うん。堀部イトナって、ここの社長の子供だった」
画面に写る文字を辿る。負債を抱えて倒産し、社長夫婦は息子を残して雲隠れ、か。行く当ても、何もかも失った堀部は、差し伸べられたシロの手を取った。
いや、取るしかなかったのだろう。
「ケッ、つまんねー。それでグレただけって話か」
「寺坂!」
竜馬の言葉に、悠馬は怪訝な表情を浮かべた。そんな視線もどこ吹く風と聞き流し、耳を小指で穿りながら、竜馬は気を失ったままの堀部の襟元を掴む。
「俺等んとこで、こいつの面倒見させろや。それで死んだらそこまでだろ」