元生徒副会長は迎え入れる
「そういうことです。シロさん」
強風が収まり、目を開ける。
目を開けた先は、悲惨な光景が広がっていた。建物の窓ガラスは全て割れ、アイツを覆い囲んでいた布は木っ端微塵に吹き飛んでいる。
「彼をE組に預けて、大人しく去りなさい」
吹き飛ばされた堀部を優しく受け止め、アイツはシロを見る。同じようにアイツへ視線を向けた瞬間、嫌な予感がした。
シロが、堀部に向ける眼差し。
あの眼は、対象の実態を知るために注意深く見るソレと同じだ。
「……い、痛い。頭がッ、いたい。脳ミソが裂ける……!!」
「堀部!!」
膝をついて頭を抱える堀部に駆け寄り、支えながら状態を確認する。堀部は苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、口の端から涎が垂れている。
見開かれた目は虚ろで、焦点が定まっていない。
「おい、説明しろ」
「やれやれ。恐らくだが、度重なる敗北のショックで触手が精神を蝕み始めたんだよ。ここいらが、この子の限界かな」
やはり、シロにとって堀部は観察する対象でしかない。沸々と湧き上がる怒りを抑え、俺は原因である触手に目を遣る。
堀部の触手は、アイツと違い一部分だけだ。
つまり、完全に身体に馴染んでいるわけではない。その状態なら、まだ取り除けるはず。
「今まで、どうやって触手を制御していた」
「質問が多いな君は。まあ、いい。簡単な話、火力発電所三基分のエネルギーを触手に垂れ流すだけさ」
三基分のエネルギーか。完成体であるアイツは自ら生み出せるが、未完全な堀部は外部から供給するしかないのか。
それだけでも、十分苦しいだろうに。
「これだけ結果が出せないんだ。君に情が無いわけじゃないが、次の素体を運用するためにも見切りをつけないとね」
次に吐き出される言葉は、容易に想像できた。お前は聞かなくていい。その不快な声を聞かせないように、俺は堀部の両耳を塞ぎシロを睨み付ける。
「さよならだイトナ。後は、一人でやりなさい」
「随分と無責任だな」
塀に向かっていたシロが足を止め、ふっ、と鼻で笑う。そのままシロは振り返り、白覆面の奥で俺を捉えた目が細められた。
勿体ぶるな。何かあるならサッサと言え。
「そう言う君は、執着的だね。ああ、忠告しておこう。君、危ないよ」
「どういう意味だ?」
俺の問いに、シロが俺の真横を指を差す。シロが差しているのは間違いなく堀部で、俺は目を見開いた。
「ハー……、ッ……ハー」
先程よりも、荒い呼吸を繰り返している堀部。明らかに様子がおかしい。異変を感じ、俺は慌てて手を伸ばす。
しかし、伸ばした手は堀部に捕まれ、強引に地面へ押し倒された。
「天霧君、」
「――来るなッ!!」
俺を助けようとしてくれたのだろうが、アイツに制止の声を掛ける。押さえつけられる腕の痛みを堪えながら、俺は真っ直ぐ堀部を見る。
肩を上下させながら、堀部は俺を見下ろして痛みを耐えている。
「なあ、堀部」
俺には、堀部が抱えている痛みは理解出来ない。所詮口だけで、言葉を掛けることしか出来ない。でも、重荷を一緒に背負うことは出来る。
俺だけじゃない。E組ここには、そういう人間がほとんどだ。
「今度、甘味処でも行くか」
「っ、」
転校初日、堀部は大量の菓子を食べていた。何かに頭を悩ませていても、ただ疲れるだけだ。たまには休息しないと、解決する物もしない。
堀部は下唇を強く噛み、俺の首まで蠢いていた触手が動きを止める。
ぽたり、と頬に血が垂れ、流れ落ちていく。
「教えてくれ。堀部は何が好きなんだ?」
「ぁ、俺……は……ちが、ッ!!俺は……!!」
虚ろだった瞳が僅かに俺を捉えた途端、勢い良く堀部は立ち上がって後退りした。もう一度名前を呼ぶと、堀部は頭を抑えながらここから立ち去ってしまう。
「司君!!怪我は無い?」
「……ああ、俺は何ともない」
差し伸ばされた渚の手を取り、起き上がる。
たった一瞬ではあったが、堀部の感情の一端が垣間見えた。どうすれば堀部の触手を取り除けるのか考え込んでいると、とんっ、と頭に触手を置かれ顔を上げる。
「先生が何とかします」
そこには優しく微笑んでいる地球外生命体がいて、ああ、そう言えばコイツが居た。頼れる存在が身近にいることを実感して、俺は下を向いて笑う。
「言ったな?」
「はい、先生ですから」