生徒副会長は堕ちる
この部屋は静かだ。
椚ヶ丘中学校の本校舎にある生徒会室には、滅多に人が来ず物音はしない。だから、現在廊下から聞こえて来る足音は静寂した空間に大きく響き、俺の耳に届いて来る。部屋のドアが開き、やがて足音は俺の傍で止まった。
「…何だ、大事な話とは?君が僕を呼び出すだなんて、珍しいじゃないか」
俺の――副会長の席に腰掛けていると、真横から声が降ってくる。目を瞑りながら、俺は学秀と名を呼んだ。確かに、俺から誰かを呼び出す行為はしなかった。そんな俺が、こうして学秀を呼んだのには理由があったからだ。
学秀は、一言で言うならば秀才だ。周囲からの信頼も厚く、生徒会長の座に就いている。
いつも爽やかな笑みを浮かべている学秀だが、時折その笑みを俺の前では崩し、何かを企むような顔をする。副会長として、クラスメイトとして――友として信頼してくれていると思いたい。
「一番最初は、お前に伝えておきたかった」
そんなお前だからこそ、俺は己の口から話す。
思えばそれは、一年生の頃から疑問であった。
校舎は椚ヶ丘中学校の古びた旧校舎で、本校舎からは一㎞も離れた山の上にある。学食も無い。トイレも汚く、劣悪な環境で勉強させられる上に部活動への参加も禁止される。
成績不良と素行不良者で構成されたクラス――通称エンドのE組。
実に、非合理極まりない。言葉の通り、実に無意味でくだらない。
最初は、個々の頭脳に適したクラス分けをして、遅れはするが先を行く者に追いつけるよう授業をするクラスだと思った。でも実際は、教師さえ差別し貶めさせる対象でしかなかった。俺が二年間もの間見ていたのは、己と同じ制服を着た別の何かだったのだ。
「俺は、E組に行こうと思う」
だからこそ、この選択をした。
俺は、理事長の教育方針を壊したい。たった、俺一人で変えることなど出来ないだろうが、何も行動を起こさないのはもう嫌なのだ。閉じていた瞼を開き、真っ直ぐと学秀を見据える。
学秀は俺の言葉に、お得意の笑みが引き攣っていた。
「考え直せ」
「無理だ。俺は、決めたことは曲げない」
椅子から立ち上がり、何かいいたげな学秀の横を通り過ぎる。
「俺の目的が達成したその時」
この学校は大きく変わるだろう。良い意味でも、悪い意味でも。右手で眼鏡を掛け直すと、俺はドアの前で一度立ち止まり、顔だけ振り返る。
「だから、その時は……友と呼ばせてはくれないか」