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露わけ衣

「余程、お子さまがお産まれになるのを楽しみになさっているのですね」

 医師は、彼女のたわいない話にもよく耳を傾ける。

まるで幼い娘があどけない口ぶりで話すのに対して、静かに頷く父親のようだ。

診察が終わる時間が丁度昼食時なので、彼女は医師を食事に招いた。

午後の、日が高いうちに夫も帰宅するという。

暑い日だから昼食後にミルクセーキをお出ししようかしら──と、彼女は思案を巡らせていた。

厨房からは調理の匂いがする。

今日の午後は自分がいて、夫がいて、先生がいて、母がいて、侍女がいて、職員がいて──その子どもたちも始業式を終えて帰宅してくるだろう。

作り甲斐があるわ、と考えながら、診察の為に崩れた帯を直すために席を立ち、また座った。

そのとき、世界が一変した。


彼女はその先の未来を知らない。


〈完〉
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