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矢内さんとマリちゃん

 その時、マリちゃんは28~9歳だった。

矢内さんは彼女より4歳年上の川上さんより5歳年上だから、計算上は37~8歳ということになる。

2人は間もなく、交際を始めた。

矢内さんは川上さんと暮らした横須賀のマンションに住んでいたから、日本とイギリスで9000キロ以上の遠距離恋愛だ。

2人は毎日のように、電子メールのやり取りをしていたらしい。

日本にいた頃は、パソコンどころか携帯電話の操作も覚束なかった彼女がたいした進歩である。

僕が最初に彼女に交際相手がいると知ったのは、確か大学3年生に上がったばかりの頃だった。

15歳年上で、30代半ばだった従兄が僕にこう言ってきたのだ。

「マリーが結婚を考えているらしい」

「マリちゃんが?」

 2人は互いに一人っ子だが、子どもの頃から一緒に育っており、従兄はマリちゃんのことを実の妹のように可愛がっていた。

それゆえ、30歳を過ぎても浮いた話一つ出てこない彼女を心配していたのだろう。

「どんな人と?」

「40手前なんだが、キュウショクチュウで、バツイチだって言うんだ」

「求職中で、バツイチ? 仕事と先妻は大丈夫なんですか?」

「いや、先妻に死なれたバツイチ。それに、仕事は求めているんじゃなくて、休んでいるほうのキュウショク」

「ああ、休職中…」

 一方のマリちゃんはマリちゃんで、5歳年上の従兄より早く結婚するわけにいかないと堅苦しいことを考えていたようで、それとなく交際状況を聞くと決まって以下のような答えが返ってきた。

「私はともかく、兄ちゃんはどうなのよ。あの家にお嫁さんが来ても大歓迎なのに」

 横浜市内の実家は、僕とマリちゃんが出た後に弁護士になった従兄が戻ってきて独り暮らししていた。

相変わらず医院とピアノ教室も続いており、人の出入りが激しい家だった。

よく盗難に遭わないものだと感心している。

従兄はどうしているか知らないが、マリちゃんは気前よく夕食を振る舞い、医院を譲った羽木はぎ先生には弁当まで用意していた。

 マリちゃんの祖母の妹というのは、即ち大叔母のことである。

名前はロバータといい、二人は「リタ」「マリー」と呼び合っていた。

資産家だったようで、僕は旅行好きでバイタリティ溢れる行動的な老婦人という印象を持っていた。

独身だったので老い先不安だ、と言って大姪のマリちゃんを呼び寄せなくても独りで暮らせるのではないか、と斜に構えて見ていたほどだ。

 マリちゃんは大叔母の家政婦としてイギリスに渡った訳ではなく、勤務先の転勤という体だったので、当然ロンドン支社の受付嬢をしていた。

クリスマスは大叔母と一緒に日本で過ごし、その他にも3ヶ月に一度は有給休暇を取得して1週間程度日本に滞在していたらしい。

かなり強行なスケジューリングである。

 僕には5歳年上の兄がいる。

この兄は国内最高峰の国立大学在学中にドイツに自費で留学し、卒業後はドイツに拠点を置く自動車メーカーに勤めていた。

彼もまた、転勤でロンドンに住むことになったのだ。

僕の記憶が正しければ、2016年の春のことだ。

マリちゃんは31歳、兄は27歳、僕は22歳になる年だ。

大叔母は気力はあったものの体力が落ち、本格的な介護が必要になりそうだと言うので、マリちゃんは週5日勤務の正社員を辞めて、週3日の午後勤務というパートタイマーになっていた。
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