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マリちゃんと川上さん

 翌日は2学期の始業式だった。

平日だが授業が無いので、川上さんはまだ日が高いうちに帰路についたらしい。

そうして国際線のフライトから帰還したばかりの矢内さんと共に休息を取り、日が落ち始めた頃、ご主人の実家に程近い川崎市内の洋食屋に車を走らせた。

暴走したベンツの下敷きになったのは、洋食屋から駐車場へ続く一本道での出来事だった。

ベンツに乗っていた4人の少年は奇跡的に軽傷で済んだが、問題は4人が4人とも市内に住む不良グループの末端構成員で、義務教育が済んでいないような中学生だったということだ。

 この衝撃的な事故は全国ニュースで報道され、当時横浜市に住む高校2年生だった僕の記憶にも残っている。

事故車両のベンツが少年のうちの1人の父親の所有していた高級外車のうちの1台だったので、何を思ったのかマリちゃんは少年のように僕が夜な夜な彼女の愛車で近隣を暴走しているという疑念を抱いたようで、心当たりの無いことで長時間の説教を受けた。

これをとばっちりと呼ばずに何と呼ぼうか。

ちなみにマリちゃんは世間知らずなお嬢さんだった頃のイメージを保ちながら、三菱のパジェロを乗り回す大胆な面を備えていた。

聞いたところでは社員の1人から誕生日に贈られたので喜び勇んで受け取り、退勤の折に早速発車させたところ、その社員は自分がマリちゃんを家に送り届けるつもりで贈ったのにハンドルに触れさせてくれなかったことで自分から告白する前に彼女のことを振ったらしい。

同性ながら全くもって行動の意図が掴めない話だ。

下心があるならわざわざ贈らずに自分で買って送り届ければ良い。

おまけに彼は、マリちゃんのことを都心の一等地の高層マンションの最上階に住む帰国子女のお嬢さんと勘違いしていたらしい。

「一体どこのセレブよ、そんなお嬢さんがどうして高卒で受付嬢をしているのよ」

 と、彼女は若干的から外れたことをぼやいていた。

 閑話休題。不良少年である中学生4人組がベンツで暴走したというニュースには続きがあった。

彼らはシャッターの閉まったビルに突っ込んだのだが、その時ビルの前を通りかかった女性を下敷きにしていたのだ。

現場は大惨事で、轟音を聞いた者は数多かれど、事故の瞬間を目撃した者はいなかった。

そのため女性は事故の発生から発見までに時間を要し、病院に搬送されたが手の施しようが無かったという。

その女性こそが、川上さんだった。

 この時矢内さんは偶然早く駐車場に戻っており、難を逃れていた。

彼自身このようなことで妻子を喪うとは想像すらしたことが無かっただろう。

彼は川上さんとこの世に生を受けることの無かった子どもの霊璽れいじを祀りながら、立ち直って今までの生活を取り戻そうとした。

そうして一年祭が済んだ頃、仕事で訪れたイギリスである女性と知り合った。

矢内さんは最初、現地で生まれ育った人だと思ったらしい。

しかし彼女は自己紹介の時、流暢な日本語を話し始めた。

「私は古川真理恵と申します。見てくれからは信じていただけないかもしれませんが、日本人です」
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