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セレスティナとエミ

「何してんの! 今すぐ謝ってきな!」

 謝りたくても謝れない事情があることは、彼女も十二分に理解していただろう。

日頃は語尾を伸ばすせいで舌足らずなのに、別人のように流暢な日本語が聞こえた。

つき合ってもいない女性に手を出して、子どもを産ませ、彼女は既にこの世の人ではない──合法的な人殺しだと、彼女は言った。

鍵穴が回る音がしたのは、その頃だった。

セレスティナの声色が変わった、というよりは普段に戻った。

「ユリちゃん、おかえりー。大丈夫ー?」

「ママさーん…」

 彼女が行った病院というのがどのくらいの距離なのかは知らなかったが、福井さんは会話もままならないほどに息を切らせていた。

「わ…私、入院さんと…いけんみたい」

 麻由美は通院のためとはいえ、福井さんと離れたのが寂しかったのだろう。

遊んでもらえると思って、母親の足下に駆け寄った。

僕は居間から様子を窺った。

「マミ、ごめーん…お母さん、しんどいけん…」

「ユリちゃん、お水いるー?」

 居間に現れた福井さんは、別人のようだった。

元々化粧が濃い人ではないが、その日はほとんどしておらず、顔は病人のように蒼白かった。

目は虚ろで、眼鏡をかけることすら忘れてしまったのか。

エミの面倒を見てもらいたいなど、とても相談できる状態ではなかった。

「いらっしゃい…赤ちゃんはどうしたの?」

 事情を話すと、彼女はセレスティナとは異なる反応を見せた。

「どこの光源氏よー…」

「ヒカル、ゲンジ?」

 この期に及んで、アイドルではあるまい。

従兄が古い下敷きを持っていた記憶はあるが、僕が生まれた時には既に最盛期を過ぎていて、物心ついた頃には解散していた。

後輩グループも数年前に解散して、現在の男性アイドルの中心といえば見分けのつかない同年代である。

「マリエさんが藤壺でー…あなたが源氏ー」

 高い声で笑うとひどく咳き込み、5~6分は噎せている。

光源氏にとって、藤壺は永遠のマドンナにして継母である。

光源氏は幼いうちに母親と死に別れた。

僕の生みの母も、再婚するときに僕を手放した。

引き取ってくれた伯母は2年も経たないうちに亡くなった。

それから僕の母親代わりは──マリちゃんだった。

「私は…さしずめ朧月夜?」

「…というのは?」

 源氏物語など、高校の古文で冒頭部分と若紫巻を多少習った程度だ。

それも国立理系だったから、センター入試対策でやったようなものであった。

「自分で読み」

 福井さんにうまくはぐらかされ、僕は本題を思い出した。

セレスティナは店を開けると言って、麻由美を連れて階段を下りていった。

僕らはエミを囲んで向かい合っていた。

「しばらく、エミの面倒を見てもらえないか」

「…エミちゃんの?」

 帰宅直後のような息切れが無くなった福井さんは、僕の目をじっと見つめた。

それでも頻繁に咳き込み、グラス何杯分の水を飲んでいたか知れない。
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