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セレスティナとエミ

 従兄と僕はエンバーミングを施されたマリちゃんと、生後半月ほどの娘を連れて帰国した。

当然、現地で荼毘に付したほうが割安であるが、都合で日本で葬式を執り行うことになった。

「子どもが男の子ならマシュー、女の子ならエイミー」

 生前のマリちゃんの言葉を覚えていたという看護師の証言を信じて、僕は母を亡くした子にエミと名づけた。

古川エミ。

出生届の父親の名前欄には僕の名前、母親の名前欄には古川真理恵と記されている。

認知のみでは、僕の姓を名乗らせることができなかった。

 従兄が地元の斎場で葬儀の段取りを組んでいた頃、僕はエミを抱いて高田馬場に向かった。

開業前の『ゆき』の裏口の戸を叩いた。

「はいー」

 出てきたのはセレスティナだった。

居間に上がらせて貰うと、つい先日まで足下が頼りなかった麻由美がしっかりと歩いていた。

「マミちゃん、しっかり歩くでしょー」

 彼女は姪のことを実の孫のように溺愛していた。

母親の福井さんだって、最初は見ず知らずのホームレス同然の客だったのを、住み込みの店員として雇い、産後の面倒まで見ていた。

夜はスナックバーのママとはいえ、この気っ風の良さは近年稀に見るものである。

「福井さんは?」

「ユリちゃん、病院行ったよ。そろそろ帰ると思うけどー」

「風邪でも引いたんですか?」

「うーん…熱は無いんだけど、ずっと苦しそうなのー」

 福井さんは、喘息か何かを持っていただろうか。

何せ小中学生時代の記憶は年を経るごとに薄れていて、彼女が運動神経に欠けていた記憶はあっても、欠席日数が多い印象が無いのだ。

「あれー? そのベビー、どうしたのー?」

 エミはよく寝る子だった。

どこかで息が止まってしまってやしないかと僕は常に冷や冷やしたものだが、彼女はそのような心配など目もくれず、眠ければ寝て、眠くなければ起きていた。

どこまでも我が道を行くのは、生まれつきの性質だろう。

話せば長い事情を聞いたセレスティナから、僕は一発ビンタを受けた。
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