マリちゃんと川上さん
よって、ここから先は巡り巡って僕の手元にやって来た何冊かの日記の記述とアルバムの写真を頼りに話を進めることにする。
鎌倉生まれで、マリちゃんより4歳年上だったらしい。
残った肖像からは、すらっとした長身で、鼻筋が通った日本的なきれいな人だというのが窺える。
自然に波打った黒髪に金色の瞳を持ち、はっきりした顔立ちが日本人離れていながら小柄だったマリちゃんとは対照的だ。
元の名を
そのため、便宜上彼女のことは旧姓の川上さんと呼ぶことにする。
中学校、高校とマリちゃんと同じ学校に通っていたようだが、彼女が当時この上級生の存在を知っていたかは定かではない。
マリちゃんは思春期の多感な時期に近しい家族と死別したが、川上さんもまた家族にまつわる特異な経験をした。
中学生の時に強姦され、名も素性も知らぬ男の子を産んだというのだ。
前述の通り彼女の家は総合病院で、母親が産婦人科医だったと言うから──この時点で然るべき処置をするという手はあっただろうが、気づいたときには後戻りできない状態だったのか、はたまた彼女自身が処置を厭がったのか、子どものいない叔母の保険証で診察を受け、叔母の名前で母子手帳を受け取り、叔母の名前で出産し、生まれた子どもも当然のように叔母夫妻の子として届け出されたそうだ。
僕は伝え聞いたので当時の彼女の心境は推測するしか無いが、腹を痛めて生んだ子どもに『いとこのお姉さん』として接し、生涯母親と名乗れぬ苦悩はいかばかりであろうか。
この出産が1995年3月だったという。
計算すると川上さんは当時14歳、中学校2年生が終わる時期だ。
僕が小学生の頃『14歳の母』というテレビドラマが流行していたが、それを地でいった訳だ。
他にも、未成年の出産を題材にした作品は多くある。
それらの多くは父親の身元がはっきりして、最終的に自分たち、もしくは両家の両親の援助を受けながら子どもを育てていくという結末を迎えている。
しかし、現実は彼女のように生まれた子どもと親戚付き合いができるのは良いほうで、名も素性も知らぬ家に引き取られるケースのほうが多いらしい。
義務教育も終えていない子どもが子育てをするのは無謀なことだと僕は考えるが、実母と名乗れず親戚付き合いをすることと縁を絶ちきることのどちらが幸せで、どちらが不幸せかは判断しかねる。
僕の手元にある3年日記によると、産後、床上げが済むまで彼女は休学して子どもの面倒を見ていたらしい。
凡そ中学生には似つかわしくない、育児日記と見紛う文面だ。
しかし、復学前日と思われる1995年5月7日付の日記は以下の通りだ。