マリちゃんと僕
「去年の夏に日本に帰ったの。帰って追浜に行ったの。そしたらね、矢内さん、天井からぶら下がっていたのよ。蘇生しようとしたけどダメだった。それにあの人ね、足下に奥さんの写真を置いていたの。奥さん、5年くらい前にお亡くなりになっていて、付き合い始めた頃に『もし一緒になっても、この家はそのままにしておきたい』って矢内さん言っていたから大切にされているのは知っていたけど…。あの人の心には最期まで奥さんがいたのね。私ったらバカみたい。でも、奥さんの祭壇を預かって持ってきちゃった」
マリちゃんの視線の先には、若い男女の遺影が並んでいた。
典型的な日本人らしい容貌で、ギョロリとした目の男性と、鼻筋が通った日本的な女性だった。
これが矢内武彦さんと佐紀子さんである。
マリちゃんは妻──旧姓、川上佐紀子さんの遺影から霊璽、アルバム、日記まで持ってきて矢内さんと共に祀っていた。
「みんないなくなっちゃうの。グランマも、グランパも、ジョーも、夏子も、エレンも、マキちゃんも、矢内さんも、リタも。古川のお父さんだって中学生の時に死んじゃった。私は誰かといても独りになるの」
「マリちゃん、それは言い過ぎているよ。おばあさんとリタは、天命を全うしたじゃないか」
「天命を全うしても、生きていてほしいよ!」
僕には、マリちゃんが20年近く心の奥底に封印していた悲鳴のように聞こえた。
祖父母、伯父夫婦、両親でさえ成人前の独り立ちする前に亡くしたのだ。
高校の音楽科の生徒は殆どが音大に進学する中、ただ独り選んだ就職の道。
自分の収入で生計を立て、従兄を大学院まで行かせ、遠縁ともつかぬ僕ら兄弟を大学まで出し、大叔母の面倒を見ながら働く日々。
気づけば5歳年下の僕の兄に先立たれ、3年の間遠距離恋愛をし、後添えで構わないと結婚も考えた寡夫 は先妻の後を追ってしまった。
マリちゃんは異国の地で独りきりで淋しくなって、現実から逃れたくなったのだろうか。
この日彼女はアルコールを一切口にしていなかったのに、酔っているように見えた。
否、酔っていたのは僕のほうだったのかもしれない。
「まるで私が死神みたいじゃない。バカみたいにみんなの寿命を縮めて」
「そんなことないだろう。もしマリちゃんが死神なら、僕もマサさんもとっくに御陀仏じゃないか」
「でも、明日いなくなってしまうかもしれないよ!」
「僕はいなくならないさ」
この時の僕は、完全に酒に飲まれていた。
今思い返すにも、記憶がぼやけていてあやふやなのだ。
確実な記憶は翌朝、腕の中で精も根も尽きたマリちゃんが子どものように眠っていたことである。
そうして、何事も無かったかのように夕方の便で帰国した。
金曜日でオフだった彼女は入国時と同じく、愛車でヒースロー空港に送ってくれた。
これが僕の知る朗らかなマリちゃんの最後の姿である。
次に彼女から連絡が来たのは、その年のクリスマスカードだ。
僕も何か出そうと思ったが、多忙にかまけて返事を出しそびれてしまった。
電話は繋がらなくてもカードの風習は残っていて、従兄や羽木先生、利根川先生にも欠かさず出したと後で聞いた。
マリちゃんの視線の先には、若い男女の遺影が並んでいた。
典型的な日本人らしい容貌で、ギョロリとした目の男性と、鼻筋が通った日本的な女性だった。
これが矢内武彦さんと佐紀子さんである。
マリちゃんは妻──旧姓、川上佐紀子さんの遺影から霊璽、アルバム、日記まで持ってきて矢内さんと共に祀っていた。
「みんないなくなっちゃうの。グランマも、グランパも、ジョーも、夏子も、エレンも、マキちゃんも、矢内さんも、リタも。古川のお父さんだって中学生の時に死んじゃった。私は誰かといても独りになるの」
「マリちゃん、それは言い過ぎているよ。おばあさんとリタは、天命を全うしたじゃないか」
「天命を全うしても、生きていてほしいよ!」
僕には、マリちゃんが20年近く心の奥底に封印していた悲鳴のように聞こえた。
祖父母、伯父夫婦、両親でさえ成人前の独り立ちする前に亡くしたのだ。
高校の音楽科の生徒は殆どが音大に進学する中、ただ独り選んだ就職の道。
自分の収入で生計を立て、従兄を大学院まで行かせ、遠縁ともつかぬ僕ら兄弟を大学まで出し、大叔母の面倒を見ながら働く日々。
気づけば5歳年下の僕の兄に先立たれ、3年の間遠距離恋愛をし、後添えで構わないと結婚も考えた
マリちゃんは異国の地で独りきりで淋しくなって、現実から逃れたくなったのだろうか。
この日彼女はアルコールを一切口にしていなかったのに、酔っているように見えた。
否、酔っていたのは僕のほうだったのかもしれない。
「まるで私が死神みたいじゃない。バカみたいにみんなの寿命を縮めて」
「そんなことないだろう。もしマリちゃんが死神なら、僕もマサさんもとっくに御陀仏じゃないか」
「でも、明日いなくなってしまうかもしれないよ!」
「僕はいなくならないさ」
この時の僕は、完全に酒に飲まれていた。
今思い返すにも、記憶がぼやけていてあやふやなのだ。
確実な記憶は翌朝、腕の中で精も根も尽きたマリちゃんが子どものように眠っていたことである。
そうして、何事も無かったかのように夕方の便で帰国した。
金曜日でオフだった彼女は入国時と同じく、愛車でヒースロー空港に送ってくれた。
これが僕の知る朗らかなマリちゃんの最後の姿である。
次に彼女から連絡が来たのは、その年のクリスマスカードだ。
僕も何か出そうと思ったが、多忙にかまけて返事を出しそびれてしまった。
電話は繋がらなくてもカードの風習は残っていて、従兄や羽木先生、利根川先生にも欠かさず出したと後で聞いた。