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マリちゃんと僕

 10年以上乗り続けている三菱のパジェロで迎えに来たマリちゃんは、頬が痩けているように見えた。

「時差ボケするでしょ、後ろで寝ていいよ」

「いえ、飛行機で寝てきたので」

 イギリス時間は2018年7月24日の15時台だったと記憶している。

サマータイムで8時間の時差があるが、JALの国際線は消灯時間を設けていたので、時差にはすんなり慣れた。

「マリちゃん、最近は何しているんだい?」

「仕事」

「週何日?」

「3日。火曜、木曜、土曜」

「休日は?」

 大叔母のロバータは1月に83歳で亡くなり、ウィンザーの大きな一軒屋に彼女は独りで暮らしていた。

ESCOFFIER-GILBERTという表札が、フランス系イギリス人であることを暗に示していた。

「何もしないよ」

 僕は南側の客間に通された。

そこにはベッド、机、引き出し、クローゼットが備えてあって、まるで寄宿舎の一室のようだった。

「寄宿舎といえば、ハイ・ストリートに出て少し行くと、イートン校のハウスがあるよ」

「イートン校?」

「住所、バークシャー州ウィンザー市イートン町だもの」

「イートンって、町の名前なんだ?」

「そう。学校全体が町になっているって言ったほうが正しいかな。校舎があって、図書館があって、博物館がいくつかあって、ハウスっていうのが寄宿舎ね。あとハイ・ストリートが商店街。ずっと歩いていくとテムズ川に出て、ウィンザー城に出るよ」

 余裕があったら案内しようね、とマリちゃんは明るい表情を見せたので、僕はやや安心した。

結局、仕事漬けだったので通勤で利用した地下鉄のウィンザー・アンド・イートン・リバーサイド駅への案内以外に時間が取れなかったのが、悔やまれる話である。

 マリちゃんは仕事帰りに家でワインを2~3本空けていた。

日本にいた頃は辛党とは言えなかったから、最初は面食らった。

ザルかと思えばグラス1杯で出来上がってしまう下戸で、僕もジュースで付き合い、酔い潰れて夢の世界に行った彼女を部屋に連れていき、後片付けをした。

彼女の飲み方はワインを嗜むというより浴びると形容したほうが相応しかったのだ。

僕は普段『ゆき』で酒を飲む時、肴を2~3品出して貰うが、マリちゃんは肴無しで酒を飲む口だった。

 僕がヒースロー空港を発つ日は現地時間の8月10日だった。

夕方の便だったので、前夜にイギリスで初めてアルコールを口に入れた。
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