僕とマリちゃん
2003年の春に高校を卒業したマリちゃんは、芝公園に本社を構える企業に就職した。
そこでは長いこと受付嬢をしていたようである。
宝塚音楽学校の本科生のような制服だった。
従兄が大学院を卒えて弁護士事務所に就職したり、僕の5歳年上の兄が関東──いや、日本最高峰の東京大学に進学したりして実家を出たので、中学生の僕はマリちゃんと2人暮らしをしていた。
今思えば、20代前半の女性が中坊の面倒を見ることはとても骨の折れることである。
僕は部活動をしていなかったので、夕食の支度と風呂掃除は僕の役目だった。
そのような生活──高校生の頃は、時給のいい書店でアルバイトをしていた──は5年続き、大学受験の時期になった。
僕は国立理系志望だったが、浪人する訳にいかないと思っていたから、難関私立にも願書を出していた。
「どこを受けるか、もう決めたの?」
「第1志望は東大の理二で、次が横国の理工学部です。あと早稲田の創造理工学部、理科大の工学部も受験します」
マリちゃんは母親代わりに面談などは欠かさず来てくれたので、高校3年の秋には僕の志望校を大まかに把握していたはずだ。
自分は音楽科だったから一般大学のことはよく分からないと言って、兄の時も僕の時も大学のことを熱心に調べていたと、後に近所の書店の娘だった元同級生から聞いた。
2013年の4月、僕は早稲田大学に進学した。1月中旬にインフルエンザに感染してしまい、センター試験の結果が散々だったのだ。
2次試験での挽回も限度があったようで、受験した国立大学は皆落ちた。
「転勤が決まったの」
あれは進学先が決まった直後のことだった。
バスと電車を乗り継いで2時間足らずなので、僕は家を出るつもりは無かった。
家を出たらマリちゃんが独りになってしまう。
彼女にとっては生まれ育った土地でも、若い女性の独り暮らしは苦労続きだろう──と僕は生意気なことを思っていた。
「転勤?」
「そう。ロンドン支社に」
「ロンドン? ロンドンって、あの、イギリスのロンドン?」
「そうよ、イギリスのロンドンよ」
「転勤なら、国内でもいいじゃないか」
マリちゃんは日本国内にも海外にも複数の拠点を持つ大企業に勤めていた。
就職して10年、東京本社一筋だった彼女がどうして急にロンドンに転勤が決まったのだろう。
「グランマ…おばあちゃんがね、イギリスの人なんだけど、その妹さんがウィンザーに住んでいるのね。ずっと文通していたんだけど、独り暮らしが大変になって、私に一緒に住んでほしいってずっと仰っていたの。それでね、あなたが大学に行くまで待ってもらっていたのよ」
マリちゃんの祖母という人は、僕の父よりも早く亡くなっていたので墓参りについていったことがあった程度で、詳しくは知らない。
ただコーカソイド系だったということは、伯父や従兄、彼女の母の顔立ちから納得できた。
彼女自身は父親も外国の血が入っていたようで、よりエキゾチックな外見をしていた。
そういうわけで僕は大学生の間は高田馬場駅近くのアパートを借りていた。
隣の部屋に学習院女子大学の学生になっていた近所の書店の福井 百合子 がいたのはまったくの偶然だった。
家賃と学費は従兄とマリちゃんに折半して出して貰ったので、生活費は自分で稼いでいた。
彼女も慣れない海外暮らしで苦労があっただろうに、今では感謝の念が消えることはない。
ところがイギリスで暮らしているうち、マリちゃんの人生は坂道を転げ落ちるように荒れていったのだ。
その詳細を語るには、ある1人の女性に触れるべきだろう。
そこでは長いこと受付嬢をしていたようである。
宝塚音楽学校の本科生のような制服だった。
従兄が大学院を卒えて弁護士事務所に就職したり、僕の5歳年上の兄が関東──いや、日本最高峰の東京大学に進学したりして実家を出たので、中学生の僕はマリちゃんと2人暮らしをしていた。
今思えば、20代前半の女性が中坊の面倒を見ることはとても骨の折れることである。
僕は部活動をしていなかったので、夕食の支度と風呂掃除は僕の役目だった。
そのような生活──高校生の頃は、時給のいい書店でアルバイトをしていた──は5年続き、大学受験の時期になった。
僕は国立理系志望だったが、浪人する訳にいかないと思っていたから、難関私立にも願書を出していた。
「どこを受けるか、もう決めたの?」
「第1志望は東大の理二で、次が横国の理工学部です。あと早稲田の創造理工学部、理科大の工学部も受験します」
マリちゃんは母親代わりに面談などは欠かさず来てくれたので、高校3年の秋には僕の志望校を大まかに把握していたはずだ。
自分は音楽科だったから一般大学のことはよく分からないと言って、兄の時も僕の時も大学のことを熱心に調べていたと、後に近所の書店の娘だった元同級生から聞いた。
2013年の4月、僕は早稲田大学に進学した。1月中旬にインフルエンザに感染してしまい、センター試験の結果が散々だったのだ。
2次試験での挽回も限度があったようで、受験した国立大学は皆落ちた。
「転勤が決まったの」
あれは進学先が決まった直後のことだった。
バスと電車を乗り継いで2時間足らずなので、僕は家を出るつもりは無かった。
家を出たらマリちゃんが独りになってしまう。
彼女にとっては生まれ育った土地でも、若い女性の独り暮らしは苦労続きだろう──と僕は生意気なことを思っていた。
「転勤?」
「そう。ロンドン支社に」
「ロンドン? ロンドンって、あの、イギリスのロンドン?」
「そうよ、イギリスのロンドンよ」
「転勤なら、国内でもいいじゃないか」
マリちゃんは日本国内にも海外にも複数の拠点を持つ大企業に勤めていた。
就職して10年、東京本社一筋だった彼女がどうして急にロンドンに転勤が決まったのだろう。
「グランマ…おばあちゃんがね、イギリスの人なんだけど、その妹さんがウィンザーに住んでいるのね。ずっと文通していたんだけど、独り暮らしが大変になって、私に一緒に住んでほしいってずっと仰っていたの。それでね、あなたが大学に行くまで待ってもらっていたのよ」
マリちゃんの祖母という人は、僕の父よりも早く亡くなっていたので墓参りについていったことがあった程度で、詳しくは知らない。
ただコーカソイド系だったということは、伯父や従兄、彼女の母の顔立ちから納得できた。
彼女自身は父親も外国の血が入っていたようで、よりエキゾチックな外見をしていた。
そういうわけで僕は大学生の間は高田馬場駅近くのアパートを借りていた。
隣の部屋に学習院女子大学の学生になっていた近所の書店の
家賃と学費は従兄とマリちゃんに折半して出して貰ったので、生活費は自分で稼いでいた。
彼女も慣れない海外暮らしで苦労があっただろうに、今では感謝の念が消えることはない。
ところがイギリスで暮らしているうち、マリちゃんの人生は坂道を転げ落ちるように荒れていったのだ。
その詳細を語るには、ある1人の女性に触れるべきだろう。