矢内さんとマリちゃん
その頃、マリちゃんの交際相手の矢内さんは休職していた仕事を辞め、貯金を崩して生活をしていたという。
彼は川上さんの死後、段々と精神を損ねてしまっていたのだ。
カウンセリングも受けていたのだろうが、限度があり、引きこもるようになってしまったらしい。
結婚まで考えたが、相手の親族が遠慮して難しくなってしまった。
マリちゃん自身も大叔母を見捨てることができず、メールのやり取りとビデオ通話で愛を確かめる日々が続いた。
勤務日数が減ったので、年次有給休暇も減ってしまった。
そんな折にロンドン市内に住んでいた兄が、ウィンザーのマリちゃんを訪ねた。
2017年の2月のことだ。
恋人連れの兄をそれはそれは手厚くもてなしてくれたらしい。
僕はマリちゃんが勤めている会社への就職が決まり、お祝いにと現金1000ポンドが贈られた。
その月の23日、兄は社宅の一室で練炭を焚いて、演劇好きだった彼の言葉を借りるなら「人生という舞台の上から退場」した。
27年と8ヶ月の生涯だった。
第一報を受けたのは、マリちゃんだった。
その後、僕と従兄に連絡が入り、医院とピアノ教室を譲った羽木先生と利根川先生も駆けつけてくださった。
兄の恋人にも知らせていた。
それがあの書店の末娘で、高田馬場の僕のアパートの隣に住む福井百合子だったのだ。
世間が狭いにも程がある。
「これは…これは神さまの思し召しなのよ。マキさんはマキさんの人生を生きたんだから…」
と、彼女は肩を落としながらも、現実を受け入れられずに茫然と立ち尽くす僕や柩に突っ伏して哭くマリちゃんを慰めていた。
ランドセルを背負っていた頃から末っ子気質で同級の僕を相手にしても甘えっぽい面がある福井さんが、実は気配りのできる人だと初めて知った。
葬式が終わると間もなく羽木先生と利根川先生が帰国され、1週間後に僕と従兄、それに福井さんと共に火葬された兄も帰国した。
3月上旬のことだ。下旬に大学を卒業し、僕は就職先に近いアパートに引っ越した。
実家にいる従兄から福井さんの近況を聞いたのはもう少し後のことだ。
彼は川上さんの死後、段々と精神を損ねてしまっていたのだ。
カウンセリングも受けていたのだろうが、限度があり、引きこもるようになってしまったらしい。
結婚まで考えたが、相手の親族が遠慮して難しくなってしまった。
マリちゃん自身も大叔母を見捨てることができず、メールのやり取りとビデオ通話で愛を確かめる日々が続いた。
勤務日数が減ったので、年次有給休暇も減ってしまった。
そんな折にロンドン市内に住んでいた兄が、ウィンザーのマリちゃんを訪ねた。
2017年の2月のことだ。
恋人連れの兄をそれはそれは手厚くもてなしてくれたらしい。
僕はマリちゃんが勤めている会社への就職が決まり、お祝いにと現金1000ポンドが贈られた。
その月の23日、兄は社宅の一室で練炭を焚いて、演劇好きだった彼の言葉を借りるなら「人生という舞台の上から退場」した。
27年と8ヶ月の生涯だった。
第一報を受けたのは、マリちゃんだった。
その後、僕と従兄に連絡が入り、医院とピアノ教室を譲った羽木先生と利根川先生も駆けつけてくださった。
兄の恋人にも知らせていた。
それがあの書店の末娘で、高田馬場の僕のアパートの隣に住む福井百合子だったのだ。
世間が狭いにも程がある。
「これは…これは神さまの思し召しなのよ。マキさんはマキさんの人生を生きたんだから…」
と、彼女は肩を落としながらも、現実を受け入れられずに茫然と立ち尽くす僕や柩に突っ伏して哭くマリちゃんを慰めていた。
ランドセルを背負っていた頃から末っ子気質で同級の僕を相手にしても甘えっぽい面がある福井さんが、実は気配りのできる人だと初めて知った。
葬式が終わると間もなく羽木先生と利根川先生が帰国され、1週間後に僕と従兄、それに福井さんと共に火葬された兄も帰国した。
3月上旬のことだ。下旬に大学を卒業し、僕は就職先に近いアパートに引っ越した。
実家にいる従兄から福井さんの近況を聞いたのはもう少し後のことだ。