おまけの章
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このあいだ料理を手伝ったとき、川島がほとんど何もさせてくれなかった。
刃物を持たせてもらえず、水場に立たせてももらえず、火も使わせてくれなかった。
危ない、の一点張りで。スライサーで切ってしまった指の傷は、もうキレイに塞がっていた。
自分の手に対する川島の執着はなんだろう、とお嬢様は思った。
確かにピアノを弾いてきたせいか、指が長いと周りに褒められることはあるけれど。
川島の執着には、それだけが理由ではないなにかを感じる。
刃物を持たせないのも、とにかく手を守りたいからだと言う。
お嬢様はそんな過保護な愛が嬉しくもあり、同時に物足りなさも感じていた。
川島になにかを作ってあげることができないからだ。
今朝、コーヒーを飲んでいるとき、いいことを思いついた。
川島のためにコーヒーゼリーを作ろう。
ゼリーなら温めて固めるだけだから、作っても叱られないのではないか。
ひらめいたらすぐ行動に移したくなる性格のお嬢様は、さっそく準備に取りかかった。
今ちょうど川島が書斎にこもっている。
そのあいだに作ってしまおうと考えた。
鍋に水、板状の寒天、蜂蜜を入れ火にかける。
煮たってきたら弱火にして1分混ぜる。
あらかじめ淹れておいたコーヒーを混ぜたら完成。
あとはガラスの器に入れて冷やし固めるだけだ。
1時間ほどで簡単に固まったコーヒーゼリーを冷蔵庫から取りだす。さっそく味見してみると、ほろ苦い味とコーヒーの香りが口の中に広がった。
砂糖の代わりに蜂蜜を入れたので、ほんのりやさしい甘さに仕上がっている。
川島のおどろいた顔を想像して、お嬢様は思わずふふっと声に出して笑った。
ゼリーの上に少量のミルクをたらす。
さっそく書斎に持って行こうとして立ち止まった。
自分もそうだけれど、川島は甘いものをあまり食べない。
だからゼリーも蜂蜜の分量を少し減らして作った。
とはいえ、このままだとさすがにコーヒーの苦みが強すぎるかもしれない。
川島は、いつもヒマさえあれば本を読んだり、考え事をしているから頭がフル回転だろう。
もう少し糖分を摂ってもいいのではないかと思う。
お嬢様は冷凍庫を開けた。
客人用のバニラアイスを、スプーンでアーモンド型にしてゼリーの上にのせる。
最後にミントの葉を飾った。
これでかなりスイーツらしくなった。
川島のイメージとスイーツがあまりにもかけ離れているので、食べる姿が楽しみだった。
「川島、入るね」
トレーを持って書斎へ入ると、眼鏡をかけた川島が書棚の前で分厚い本をめくっていた。
「コーヒーゼリー作ってみたの。よかったら食べない?あ、お腹空いてなかったら下げるけど」
ソファーに座り、トレーごとローテーブルの上に置いた。
「これを、お嬢様が?」
案の上おどろいた顔でゼリーを見つめながら、川島が口元に手をやり近づいてくる。
口元に手をやるのはいつものクセだ。
「お嬢様が……オレのために……」
また、わたしがオレになっている。
なにやらひとりで感動している川島に、お嬢様は言った。
「早く食べないとアイス溶けちゃうよ」
はっと顔をあげると、川島はあわてたようにお嬢様の手をとった。
「お嬢様!おけがはされていませんね?火傷などは……よく見せてください」
早口で言い、真剣な表情で手を確認する川島に苦笑しながら、この分じゃやはり凝ったものは作れそうにないなと思った。
自分の手に対する川島の執着は一体なんなのか、お嬢様は訊いてみたくなった。
素直に答えてくれるだろうか。
「ケガなんかしてないから。それより早く食べてみてよ」
コーヒーゼリーをスプーンですくい、川島の口元へ運ぶ。
「はい。アーンして?」
「そんな……お嬢様。食べさせていただくなんて」
目を2、3度しばたいて恥ずかしそうな表情を浮かべた川島が、それでも目を閉じ口を開けた。
ちらりと白い歯が覗く。
口の中に運ばれるのを待っている表情がキレイで、でも可愛くて、お嬢様は少しだけそれをながめてからスプーンを動かした。
川島が目を閉じたまま咀嚼する。
モグモグしている顔が、また可愛かった。
口の中が空になったのか、目をゆっくりと開ける。
その目が涙で潤んでいた。
泣いてる!?
お嬢様が目を丸くしていると、川島が噛みしめるように言った。
「……っ、美味しいです。甘さと苦みが絶妙のバランスで調和しています。まるで、お嬢様のようです」
最後の言葉が気になったけれど、とりあえず合格をもらえたようでお嬢様はホッとした。
なぜか泣きそうになっている川島の眼鏡を、静かに外してローテーブルに置く。
長めの前髪を流し、目の端にたまった水を指ですくった。
「泣いてるの?」
「は……、なにを仰っているんだか。意味がわかりません」
涙をこらえている様子をからかいながら、お嬢様は何度もコーヒーゼリーを川島の口へ運んだ。
ゼリーを作ったくらいで、泣くほど感激するなんて。
川島は決して涙もろい方ではなかった。
世界中が涙した――なんて謳い文句の映画を観ても、感傷に浸って泣いたりしない。
それなのに、お嬢様に関することでは、すぐに涙腺がゆるんでしまうようだった。
お嬢様は想像してみた。
もし川島が病気をして自分が介抱することになったら。
もちろん喜んでするけれど、そうなったときは……。
完治するまで感激で泣き通しかもしれない。
それも可愛くて見てみたい気がするけど、やはり川島にはしゃんとした姿がよく似合う。
考えにふけっていると、いつのまにか川島の顔が至近距離にあった。
後頭部を引き寄せられ、キスされる。
舌先を触れ合わせると甘くほろ苦い味がした。
さっきキッチンで味見したよりも、ずっとやさしい味。
お嬢様はゼリーを食べてもらえた満足感と、感謝の意を伝えるような川島の柔らかい舌の動きに、唇が離れるまでのあいだ浸った。
冷やして固めるだけなら川島の許容範囲。
それなら次はなにを作ろう、と模索しながら――。
(The End)
刃物を持たせてもらえず、水場に立たせてももらえず、火も使わせてくれなかった。
危ない、の一点張りで。スライサーで切ってしまった指の傷は、もうキレイに塞がっていた。
自分の手に対する川島の執着はなんだろう、とお嬢様は思った。
確かにピアノを弾いてきたせいか、指が長いと周りに褒められることはあるけれど。
川島の執着には、それだけが理由ではないなにかを感じる。
刃物を持たせないのも、とにかく手を守りたいからだと言う。
お嬢様はそんな過保護な愛が嬉しくもあり、同時に物足りなさも感じていた。
川島になにかを作ってあげることができないからだ。
今朝、コーヒーを飲んでいるとき、いいことを思いついた。
川島のためにコーヒーゼリーを作ろう。
ゼリーなら温めて固めるだけだから、作っても叱られないのではないか。
ひらめいたらすぐ行動に移したくなる性格のお嬢様は、さっそく準備に取りかかった。
今ちょうど川島が書斎にこもっている。
そのあいだに作ってしまおうと考えた。
鍋に水、板状の寒天、蜂蜜を入れ火にかける。
煮たってきたら弱火にして1分混ぜる。
あらかじめ淹れておいたコーヒーを混ぜたら完成。
あとはガラスの器に入れて冷やし固めるだけだ。
1時間ほどで簡単に固まったコーヒーゼリーを冷蔵庫から取りだす。さっそく味見してみると、ほろ苦い味とコーヒーの香りが口の中に広がった。
砂糖の代わりに蜂蜜を入れたので、ほんのりやさしい甘さに仕上がっている。
川島のおどろいた顔を想像して、お嬢様は思わずふふっと声に出して笑った。
ゼリーの上に少量のミルクをたらす。
さっそく書斎に持って行こうとして立ち止まった。
自分もそうだけれど、川島は甘いものをあまり食べない。
だからゼリーも蜂蜜の分量を少し減らして作った。
とはいえ、このままだとさすがにコーヒーの苦みが強すぎるかもしれない。
川島は、いつもヒマさえあれば本を読んだり、考え事をしているから頭がフル回転だろう。
もう少し糖分を摂ってもいいのではないかと思う。
お嬢様は冷凍庫を開けた。
客人用のバニラアイスを、スプーンでアーモンド型にしてゼリーの上にのせる。
最後にミントの葉を飾った。
これでかなりスイーツらしくなった。
川島のイメージとスイーツがあまりにもかけ離れているので、食べる姿が楽しみだった。
「川島、入るね」
トレーを持って書斎へ入ると、眼鏡をかけた川島が書棚の前で分厚い本をめくっていた。
「コーヒーゼリー作ってみたの。よかったら食べない?あ、お腹空いてなかったら下げるけど」
ソファーに座り、トレーごとローテーブルの上に置いた。
「これを、お嬢様が?」
案の上おどろいた顔でゼリーを見つめながら、川島が口元に手をやり近づいてくる。
口元に手をやるのはいつものクセだ。
「お嬢様が……オレのために……」
また、わたしがオレになっている。
なにやらひとりで感動している川島に、お嬢様は言った。
「早く食べないとアイス溶けちゃうよ」
はっと顔をあげると、川島はあわてたようにお嬢様の手をとった。
「お嬢様!おけがはされていませんね?火傷などは……よく見せてください」
早口で言い、真剣な表情で手を確認する川島に苦笑しながら、この分じゃやはり凝ったものは作れそうにないなと思った。
自分の手に対する川島の執着は一体なんなのか、お嬢様は訊いてみたくなった。
素直に答えてくれるだろうか。
「ケガなんかしてないから。それより早く食べてみてよ」
コーヒーゼリーをスプーンですくい、川島の口元へ運ぶ。
「はい。アーンして?」
「そんな……お嬢様。食べさせていただくなんて」
目を2、3度しばたいて恥ずかしそうな表情を浮かべた川島が、それでも目を閉じ口を開けた。
ちらりと白い歯が覗く。
口の中に運ばれるのを待っている表情がキレイで、でも可愛くて、お嬢様は少しだけそれをながめてからスプーンを動かした。
川島が目を閉じたまま咀嚼する。
モグモグしている顔が、また可愛かった。
口の中が空になったのか、目をゆっくりと開ける。
その目が涙で潤んでいた。
泣いてる!?
お嬢様が目を丸くしていると、川島が噛みしめるように言った。
「……っ、美味しいです。甘さと苦みが絶妙のバランスで調和しています。まるで、お嬢様のようです」
最後の言葉が気になったけれど、とりあえず合格をもらえたようでお嬢様はホッとした。
なぜか泣きそうになっている川島の眼鏡を、静かに外してローテーブルに置く。
長めの前髪を流し、目の端にたまった水を指ですくった。
「泣いてるの?」
「は……、なにを仰っているんだか。意味がわかりません」
涙をこらえている様子をからかいながら、お嬢様は何度もコーヒーゼリーを川島の口へ運んだ。
ゼリーを作ったくらいで、泣くほど感激するなんて。
川島は決して涙もろい方ではなかった。
世界中が涙した――なんて謳い文句の映画を観ても、感傷に浸って泣いたりしない。
それなのに、お嬢様に関することでは、すぐに涙腺がゆるんでしまうようだった。
お嬢様は想像してみた。
もし川島が病気をして自分が介抱することになったら。
もちろん喜んでするけれど、そうなったときは……。
完治するまで感激で泣き通しかもしれない。
それも可愛くて見てみたい気がするけど、やはり川島にはしゃんとした姿がよく似合う。
考えにふけっていると、いつのまにか川島の顔が至近距離にあった。
後頭部を引き寄せられ、キスされる。
舌先を触れ合わせると甘くほろ苦い味がした。
さっきキッチンで味見したよりも、ずっとやさしい味。
お嬢様はゼリーを食べてもらえた満足感と、感謝の意を伝えるような川島の柔らかい舌の動きに、唇が離れるまでのあいだ浸った。
冷やして固めるだけなら川島の許容範囲。
それなら次はなにを作ろう、と模索しながら――。
(The End)
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