2章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
川島が食事の支度に取りかかろうとしたところで、お嬢様がキッチンへやってきた。
手伝いたいという。
といっても、手伝ってもらうことなど何もない。お嬢様には包丁は持たせられないし、というか刃物はすべてダメだ。
美しい指に傷でもついたら大変だ。
かといって水仕事もさせたくない。
となると手伝うことは限られてくる。
だが、せっかくのお嬢様の厚意を無にするわけにもいかない。
「ありがとうございます。それでは、今から言うお野菜とお魚を冷蔵庫から出してください。今夜のメインは白身魚のフライです。和風に仕上げます」
「わかった!」
川島は、嬉しそうに返事をするお嬢様を愛らしく思った。
腕まくりをし、エプロンまでつけてはりきっている。
出された野菜と魚の下処理をしていく。
小気味よいまな板の音がキッチンに響くなか、お嬢様が言った。
「川島、つまんない。わたしも野菜切るの手伝っていい?」
「いけません!」
川島は手をとめ反射的に答えた。
「だってふたりでやった方が早いよ。作業台も広いんだし」
「危ないですから絶対にダメです」
真顔で反対する川島に驚いた顔をしながらも、お嬢様もまだ引きさがらない。
「じゃあピーラー貸して。皮むくから」
ピーラーも危険だ。
家の中にあるすべての刃物は常に研ぎ澄ませてある。
包丁やハサミの類を研ぐのは、川島にとって精神を統一するための大切な時間でもあった。
紙がスッと切れるほど研ぎあげた刃の冷たい光をながめていると、自分の心も同じように研ぎ澄まされた感覚になる。
それほどまでに切れ味の鋭い刃物を、お嬢様には絶対に持たせるわけにはいかない。
川島は断固として反対した。
「ダメと言ったらダメです」
「じゃあ大根おろすから、おろし金とって」
おろし金などもっての他だった。
ピアノを弾くお嬢様の指が、万一おろされてしまったらどうするのか。
「それもいけません」
お嬢様の声が固くなる。
「もういい。こっちでアク抜きするから」
水を出そうと伸ばされた手を、川島はあわてて掴んで止めた。
お嬢様がついに不満をもらした。
「さっきからダメダメってなんなの?どうして手伝わせてくれないの?わたしがしたことって冷蔵庫から食材出しただけだよ」
川島にとっては、もうそれで充分なつもりだったのだが、お嬢様には違ったようだ。
お嬢様の手を両手でそっと握り胸元へ持ってくる。
傷やシミひとつない、絹のようにすべすべな白い手。
それもそのはずだ。
川島はお嬢様から、いくら自分でできるからと言われても、家事や炊事を一切させない。
だからこの手は荒れようがない。
お嬢様の美しい手指はオレが守らなくては。
目線を合わせ、小さい子に言い聞かせるように言う。
「この手はピアノを弾く手なのですから、万一指でも切ったら大変です。危ないことはさせられません」
「でも、川島が来るまえはメイドさんのお手伝いもしてたし、わたしだって家事や炊事の一通りはできるの。それは知ってるでしょ?」
「ええ、存じていますよ。お嬢様が、ただ人にしてもらうばかりのお嬢様ではないことは」
「じゃあ、せめて洗い物だけでも――」
「いいえ。水仕事も手が荒れてしまうのでわたしがやります。お嬢様が水を使うのは、洗顔とご入浴とお花を活けるときだけでいいんです」
はあ?といった顔をしたあと、お嬢様の口から呆れたような笑いがもれた。
「前から過保護だとは思ってたけど、それは異常すぎない?」
異常だろうがなんだろうが関係なかった。
オレの髪を撫でるお嬢様のこの手は、絶対に傷つけさせない。
だってオレのものだから。
川島は、めずらしく頑なまでにお嬢様の要求を跳ねのけた。
「お嬢様はわたしを手伝ってくださるんですよね?」
「うん、そうだよ」
「でしたらこの場では、わたしがお手伝いしてほしいことだけ、なさってください。それが一番助かりますから」
わたしがお手伝いしてほしいことだけ。
狡 い言い方だと自分でも思ったが、お嬢様はしぶしぶ納得したようだった。
不満げな横顔も可愛らしい。
川島は、わかったと言いながらも尖らせたお嬢様の唇にキスしたくなったが、威厳を保つためこらえた。
野菜と魚の下処理がおわり、次は衣をつけていく。
溶き卵と薄力粉はお嬢様が用意した。
衣の食感を出すため、薄力粉には綿棒でつぶしたコーンフレークを混ぜてある。
手際よく衣をつけていた川島のうしろから、いきなりお嬢様が抱きついてきた。
「川島~。こっち向いて抱きしめて」
川島の両手はふさがっていて使えない。
それを知っていてわざと言っているのだった。
「ねー、わたしのこと愛してないの?」
「愛してるに決まっているでしょう。まったく、もう。さっきの仕返しのつもりですか」
「そう。悪い?」
背中にぴたりとくっついて、誘うような動きでお嬢様が川島の身体に手を這わせる。
「っ……意地悪です……オレのお嬢様は」
「川島がちゃんと手伝わせてくれないせい」
ほらほら、抱きしめられないの?と川島の背中に、お嬢様がさらに身体を押しつけた。
柔らかい胸の感触を背中に感じながら川島は言った。
「今は抱きしめられませんが、キスはできます。お嬢様、わたしの隣にいらしてください」
素直に従ったお嬢様が川島の顔を見て噴きだした。
手伝いたいという。
といっても、手伝ってもらうことなど何もない。お嬢様には包丁は持たせられないし、というか刃物はすべてダメだ。
美しい指に傷でもついたら大変だ。
かといって水仕事もさせたくない。
となると手伝うことは限られてくる。
だが、せっかくのお嬢様の厚意を無にするわけにもいかない。
「ありがとうございます。それでは、今から言うお野菜とお魚を冷蔵庫から出してください。今夜のメインは白身魚のフライです。和風に仕上げます」
「わかった!」
川島は、嬉しそうに返事をするお嬢様を愛らしく思った。
腕まくりをし、エプロンまでつけてはりきっている。
出された野菜と魚の下処理をしていく。
小気味よいまな板の音がキッチンに響くなか、お嬢様が言った。
「川島、つまんない。わたしも野菜切るの手伝っていい?」
「いけません!」
川島は手をとめ反射的に答えた。
「だってふたりでやった方が早いよ。作業台も広いんだし」
「危ないですから絶対にダメです」
真顔で反対する川島に驚いた顔をしながらも、お嬢様もまだ引きさがらない。
「じゃあピーラー貸して。皮むくから」
ピーラーも危険だ。
家の中にあるすべての刃物は常に研ぎ澄ませてある。
包丁やハサミの類を研ぐのは、川島にとって精神を統一するための大切な時間でもあった。
紙がスッと切れるほど研ぎあげた刃の冷たい光をながめていると、自分の心も同じように研ぎ澄まされた感覚になる。
それほどまでに切れ味の鋭い刃物を、お嬢様には絶対に持たせるわけにはいかない。
川島は断固として反対した。
「ダメと言ったらダメです」
「じゃあ大根おろすから、おろし金とって」
おろし金などもっての他だった。
ピアノを弾くお嬢様の指が、万一おろされてしまったらどうするのか。
「それもいけません」
お嬢様の声が固くなる。
「もういい。こっちでアク抜きするから」
水を出そうと伸ばされた手を、川島はあわてて掴んで止めた。
お嬢様がついに不満をもらした。
「さっきからダメダメってなんなの?どうして手伝わせてくれないの?わたしがしたことって冷蔵庫から食材出しただけだよ」
川島にとっては、もうそれで充分なつもりだったのだが、お嬢様には違ったようだ。
お嬢様の手を両手でそっと握り胸元へ持ってくる。
傷やシミひとつない、絹のようにすべすべな白い手。
それもそのはずだ。
川島はお嬢様から、いくら自分でできるからと言われても、家事や炊事を一切させない。
だからこの手は荒れようがない。
お嬢様の美しい手指はオレが守らなくては。
目線を合わせ、小さい子に言い聞かせるように言う。
「この手はピアノを弾く手なのですから、万一指でも切ったら大変です。危ないことはさせられません」
「でも、川島が来るまえはメイドさんのお手伝いもしてたし、わたしだって家事や炊事の一通りはできるの。それは知ってるでしょ?」
「ええ、存じていますよ。お嬢様が、ただ人にしてもらうばかりのお嬢様ではないことは」
「じゃあ、せめて洗い物だけでも――」
「いいえ。水仕事も手が荒れてしまうのでわたしがやります。お嬢様が水を使うのは、洗顔とご入浴とお花を活けるときだけでいいんです」
はあ?といった顔をしたあと、お嬢様の口から呆れたような笑いがもれた。
「前から過保護だとは思ってたけど、それは異常すぎない?」
異常だろうがなんだろうが関係なかった。
オレの髪を撫でるお嬢様のこの手は、絶対に傷つけさせない。
だってオレのものだから。
川島は、めずらしく頑なまでにお嬢様の要求を跳ねのけた。
「お嬢様はわたしを手伝ってくださるんですよね?」
「うん、そうだよ」
「でしたらこの場では、わたしがお手伝いしてほしいことだけ、なさってください。それが一番助かりますから」
わたしがお手伝いしてほしいことだけ。
不満げな横顔も可愛らしい。
川島は、わかったと言いながらも尖らせたお嬢様の唇にキスしたくなったが、威厳を保つためこらえた。
野菜と魚の下処理がおわり、次は衣をつけていく。
溶き卵と薄力粉はお嬢様が用意した。
衣の食感を出すため、薄力粉には綿棒でつぶしたコーンフレークを混ぜてある。
手際よく衣をつけていた川島のうしろから、いきなりお嬢様が抱きついてきた。
「川島~。こっち向いて抱きしめて」
川島の両手はふさがっていて使えない。
それを知っていてわざと言っているのだった。
「ねー、わたしのこと愛してないの?」
「愛してるに決まっているでしょう。まったく、もう。さっきの仕返しのつもりですか」
「そう。悪い?」
背中にぴたりとくっついて、誘うような動きでお嬢様が川島の身体に手を這わせる。
「っ……意地悪です……オレのお嬢様は」
「川島がちゃんと手伝わせてくれないせい」
ほらほら、抱きしめられないの?と川島の背中に、お嬢様がさらに身体を押しつけた。
柔らかい胸の感触を背中に感じながら川島は言った。
「今は抱きしめられませんが、キスはできます。お嬢様、わたしの隣にいらしてください」
素直に従ったお嬢様が川島の顔を見て噴きだした。