オレに魔法をかけてほしかった
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また、あの俳優だった。
お嬢様の部屋を掃除しに中へ入ると、サイドテーブルの上で目が留まった。以前、お嬢様が観劇に出かけられた舞台のプログラムが置かれている。
お嬢様がこの俳優の舞台を観に行かれた日、オレは嫉妬でおかしくなったのだった。
これを休む前に見ていたのだろうか。
オレに隠れて、まだこんなものを見ているなんて……。
ゆるしがたい気持ちを抑えながらプログラムを片づける。
片づけついでにパラパラとめくってみた。
自分に瓜二つな俳優が、レオニードなんちゃらとかいう役で外国の衣装を身に着けていた。
西洋の貴族のような恰好だ。髪の毛は肩につく程度で、うしろでひとつに結っている。
舞台の公演期間中、お嬢様はオレの髪型も同じにしようと、すきあらばブラシを持って狙ってきた。
確かに髪が全体的に長めだから、頑張れば結えないことはない。
ヘアスプレーとブラシを手に追いかけてくる姿は、可愛らしかったが全力で逃げていた。
そんなに、この男がいいのか。
いくらオレに似ているからすきなのだと言われても、神経が勝手にささくれ立ってくる。
夕方になりお嬢様が帰ってきた。いつもより早い。
今日のお嬢様は、うしろで髪をひとつに結っていた。プログラムの俳優と同じヘアスタイルだと思い、胸がざわついた。
オレに出来ないから、自分でしているのかもしれない。
夕食を終えふたりでくつろいでいると、またお嬢様に髪型のことをせがまれた。
「ねえ。一度だけでいいから、髪しばらせて。レオニード様やってほしい」
……まったく、おもしろくない。
なぜふたりの貴重な時間を、あの俳優に関することで無駄にしなければならないのか。
だがここで断っても、こうしてまた何度も同じことが続くだろう。オレは覚悟を決めた。
「はぁ……わかりました。一度だけですよ?」
降参のポーズをして言うと、お嬢様の顔にパッと花が咲いた。
まったく、おもしろくなかった。
「じゃあ、目つぶってて。できたら言うから」
無言で従い了解の意を伝えた。
しばらく目を閉じていると、顔の前にお嬢様の気配を感じた。
「目、開けちゃダメ。そのままでいて」
まぶたを上げようとしたところを制された。顔になにかされている。
「できたっ」
お嬢様の嬉しそうな声に目を開けると、レオニード様!と目をハートにさせて、指をくんでいるお嬢様がいた。
祈りのポーズで手を合わせるその姿は、まるで恋する乙女だ。
渡された手鏡で自分の顔を見た。
プログラムと同じ顔がそこにあった。
ご丁寧にメイクまで施されている。
気色が悪い……。思わず手鏡を離した。
オレをまだハートの目で見つめるお嬢様が可愛くて、思わず抱き寄せそうになったが心に残ったままの固いしこりがそれを止めた。
お嬢様はオレを見ているが、オレじゃないものを見ていた。
こんなに哀しいことが他にあるだろうか。
「ね、わたしのこと姫って言ってみて」
もう、やけくそだった。
王子だか貴族だかになりきって微笑みながら言った。
「姫……」
お嬢様の手をとって手の甲にキスをする。
いつもやりなれていることだが、少し大げさに仰々しく振る舞った。すると、お嬢様があり得ない反応をした。
「やー!どうしよう、素敵っ。素敵すぎる、レオニード様!」
と、顔を両手でおおいながらオレの周りをグルグル回り始めた。
あっけにとられていると、お嬢様がうしろから抱きついてきた。
耳元に弾んだ息がかかる。
「ありがとう、川島。これで気がすんだ。ごめんね?ずっと嫌がってたのに、こんなことさせて」
頬にキスされる。
お嬢様がこんなにも喜んでくれるのなら、またやっても……と一瞬思ったが即座に振り払う。
髪を元に戻されながら、ふつふつと怒りが湧いてきた。
なにがレオニード様だ!と思った。
俳優への殺意をひた隠しにしていると、指に痛みが走った。
親指の爪を無意識に噛んでいたらしい。
呆然と自分の指を見つめる。
それを目にしたお嬢様が、フッと笑った気がした。
お嬢様の指先がオレの眉間を払うような仕草で撫でた。
険しい顔をしてしまっていたのだろうか。
あわてて表情を取りつくろい笑顔を見せると、お嬢様が穏やかな目をして言った。
「川島、無理して笑わなくていいよ」
「な……なにを仰っているのですか。無理なんてしていませんよ」
ため息まじりにお嬢様がつづける。
「川島って嘘笑いすると、眉間にシワがよるからすぐわかるんだよ?愛想笑いができないの」
反射的に眉間に手をやってしまう。
「川島に似てるから応援してるだけって言った俳優さんのこと、まだ気にしてるんでしょ。納得いかないんでしょ」
「……はい」
他になにも言えず、自分でも情けなくなるほどの小声で答えた。
お嬢様は元に戻したオレの髪を指に絡めて弄んでいる。
「わたしがあの俳優さんをすきなのは、川島を感じるため。映画を観るのも舞台に行くのも雑誌を読むのも、みんなそう。わかる?」
「解っています……頭では」
されるがままになり目を伏せたまま呟くと、お嬢様に下から顔を覗きこまれた。
お嬢様の部屋を掃除しに中へ入ると、サイドテーブルの上で目が留まった。以前、お嬢様が観劇に出かけられた舞台のプログラムが置かれている。
お嬢様がこの俳優の舞台を観に行かれた日、オレは嫉妬でおかしくなったのだった。
これを休む前に見ていたのだろうか。
オレに隠れて、まだこんなものを見ているなんて……。
ゆるしがたい気持ちを抑えながらプログラムを片づける。
片づけついでにパラパラとめくってみた。
自分に瓜二つな俳優が、レオニードなんちゃらとかいう役で外国の衣装を身に着けていた。
西洋の貴族のような恰好だ。髪の毛は肩につく程度で、うしろでひとつに結っている。
舞台の公演期間中、お嬢様はオレの髪型も同じにしようと、すきあらばブラシを持って狙ってきた。
確かに髪が全体的に長めだから、頑張れば結えないことはない。
ヘアスプレーとブラシを手に追いかけてくる姿は、可愛らしかったが全力で逃げていた。
そんなに、この男がいいのか。
いくらオレに似ているからすきなのだと言われても、神経が勝手にささくれ立ってくる。
夕方になりお嬢様が帰ってきた。いつもより早い。
今日のお嬢様は、うしろで髪をひとつに結っていた。プログラムの俳優と同じヘアスタイルだと思い、胸がざわついた。
オレに出来ないから、自分でしているのかもしれない。
夕食を終えふたりでくつろいでいると、またお嬢様に髪型のことをせがまれた。
「ねえ。一度だけでいいから、髪しばらせて。レオニード様やってほしい」
……まったく、おもしろくない。
なぜふたりの貴重な時間を、あの俳優に関することで無駄にしなければならないのか。
だがここで断っても、こうしてまた何度も同じことが続くだろう。オレは覚悟を決めた。
「はぁ……わかりました。一度だけですよ?」
降参のポーズをして言うと、お嬢様の顔にパッと花が咲いた。
まったく、おもしろくなかった。
「じゃあ、目つぶってて。できたら言うから」
無言で従い了解の意を伝えた。
しばらく目を閉じていると、顔の前にお嬢様の気配を感じた。
「目、開けちゃダメ。そのままでいて」
まぶたを上げようとしたところを制された。顔になにかされている。
「できたっ」
お嬢様の嬉しそうな声に目を開けると、レオニード様!と目をハートにさせて、指をくんでいるお嬢様がいた。
祈りのポーズで手を合わせるその姿は、まるで恋する乙女だ。
渡された手鏡で自分の顔を見た。
プログラムと同じ顔がそこにあった。
ご丁寧にメイクまで施されている。
気色が悪い……。思わず手鏡を離した。
オレをまだハートの目で見つめるお嬢様が可愛くて、思わず抱き寄せそうになったが心に残ったままの固いしこりがそれを止めた。
お嬢様はオレを見ているが、オレじゃないものを見ていた。
こんなに哀しいことが他にあるだろうか。
「ね、わたしのこと姫って言ってみて」
もう、やけくそだった。
王子だか貴族だかになりきって微笑みながら言った。
「姫……」
お嬢様の手をとって手の甲にキスをする。
いつもやりなれていることだが、少し大げさに仰々しく振る舞った。すると、お嬢様があり得ない反応をした。
「やー!どうしよう、素敵っ。素敵すぎる、レオニード様!」
と、顔を両手でおおいながらオレの周りをグルグル回り始めた。
あっけにとられていると、お嬢様がうしろから抱きついてきた。
耳元に弾んだ息がかかる。
「ありがとう、川島。これで気がすんだ。ごめんね?ずっと嫌がってたのに、こんなことさせて」
頬にキスされる。
お嬢様がこんなにも喜んでくれるのなら、またやっても……と一瞬思ったが即座に振り払う。
髪を元に戻されながら、ふつふつと怒りが湧いてきた。
なにがレオニード様だ!と思った。
俳優への殺意をひた隠しにしていると、指に痛みが走った。
親指の爪を無意識に噛んでいたらしい。
呆然と自分の指を見つめる。
それを目にしたお嬢様が、フッと笑った気がした。
お嬢様の指先がオレの眉間を払うような仕草で撫でた。
険しい顔をしてしまっていたのだろうか。
あわてて表情を取りつくろい笑顔を見せると、お嬢様が穏やかな目をして言った。
「川島、無理して笑わなくていいよ」
「な……なにを仰っているのですか。無理なんてしていませんよ」
ため息まじりにお嬢様がつづける。
「川島って嘘笑いすると、眉間にシワがよるからすぐわかるんだよ?愛想笑いができないの」
反射的に眉間に手をやってしまう。
「川島に似てるから応援してるだけって言った俳優さんのこと、まだ気にしてるんでしょ。納得いかないんでしょ」
「……はい」
他になにも言えず、自分でも情けなくなるほどの小声で答えた。
お嬢様は元に戻したオレの髪を指に絡めて弄んでいる。
「わたしがあの俳優さんをすきなのは、川島を感じるため。映画を観るのも舞台に行くのも雑誌を読むのも、みんなそう。わかる?」
「解っています……頭では」
されるがままになり目を伏せたまま呟くと、お嬢様に下から顔を覗きこまれた。
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