彼女に手錠をかけた夜
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凍えそうな夜だった。
お嬢様とのデートの約束は19時。
川島は待ち合わせの時間より、少し早めに行って待っていた。
テーマパークの中にある大きな観覧車。
その下の広場を、恋人たちが身体を寄せあい行きかっている。
川島はコートの襟を立て壁にもたれながら、腕を組みそれを眺めていた。
お嬢様からは、もし早めに着くようなら屋内で待っているようにいわれていた。
寒さを案じてくれてのことだろう。
それでも川島は外でお嬢様を待っていたかった。
すぐに迎えられるように、抱きしめられるように。
もう、待ち合わせの時間から30分が経とうとしていた。
携帯を覗いてみる。連絡はきていない。
電話をかけようとして思いとどまった。
もしかしたら用事が押していて、今は急いでこちらに向かっている途中かもしれない。
川島はどんな事態であっても、お嬢様に急かすようなことをするのが嫌だった。
自分が小さい男に思えてしまう。
何十組めかのカップルが目の前を通り過ぎようとしたとき、頭上から白い粉が舞い降りてきた。
「わー、雪!」
通り過ぎたカップルの、はしゃいだ声を耳にしながら川島は空を見上げた。
お嬢様は大丈夫だろうか。
ちゃんと傘を持っているだろうか。
居所がわかれば、すぐにでもお迎えにあがるのに……。
いつものクセで真っ先にお嬢様のことを考えた。
白い雪が次々に服の上で溶けていく。
もうすでに身体の芯まで冷え切っていた。
早くお嬢様を抱きしめて、くっつき合いたかった。
そうすればこの凍りそうな寒さも一瞬で和らぐだろう。
川島はそれからも約束の場所で、忠犬のようにお嬢様を待ちつづけた。その間、施設の係員と何度か目が合った。
きっと女に振られて待ちぼうけを食わされている、とでも思われているに違いない。
お嬢様に振られて待ちぼうけの自分。
川島はもしかしたら、本当に今そういう状況なのではないかと思えてきた。
オレにはお嬢様しかいない。お嬢様がすべてだ。
彼女に捨てられたら、忘れられたらオレは……。
なにもない。本当になにもない。
川島は身体ばかりでなく、心まで底冷えするのを止められなかった。
お嬢様に電話しようと何度も思い、やはりやめようと思う。
なにかあったのなら向こうから連絡をくれるはずだった。
前にも同じような――お嬢様が無連絡で帰りが遅くなり、自分がおかしくなってしまったこと――があったとき、連絡するときちんと約束してくれた。
ただ、お嬢様を待つ。
それが自分の仕事で役割でもあるのだ。
もちろんそれ以上にお嬢様が大切だから。愛しているからなのは他ならない。
端からみると、依存……なのだろうか。だとしても構わない。
誰にどう思われようとオレにはお嬢様だけだ。
彼女さえいてくれれば、他にはなにも要らない。
すっかり冷えきった手をポケットに入れた。
コツン、と固いものが指の関節に触れる。
お嬢様への贈り物。
今夜が特に記念日というわけではない。
ただプレゼントしたかった。選んだのはブレスレットだった。
それを購入したときのことを思い出してみる。
川島がアクセサリーショップへ入ると店員に声をかけられた。
「どなたかに贈り物ですか?」
「ええ、まあ……」
化粧の厚い店員の顔を見やる。
お嬢様の方が100万倍、魅力的だと思う。
それを表情に出さず涼しい顔でブレスレットを見繕った。
「差支えなければ、どんな方かお尋ねしてもよろしいですか?」
雰囲気や肌の色、体型によって似合う材質やデザインが変わってくるのだという。
お嬢様がどんな女性か?
そのテーマならば一生かかっても話尽くせない、と思いながら店員に伝え始めた。
川島の顔は、自分だけのとっておきの宝物を自慢するかのように輝いていた。
彼女の肌は透き通るほどに白く、キメ細やかで滑らかで美しく、手首は華奢で全体的に清楚な感じで――。
ひとしきり話終えたあと改めて店員を見ると、その顔が若干引きつっていた。
川島は不思議に思いながらも、アドバイスを参考にお嬢様へのプレゼントを決めた。
いつ渡そうかタイミングを計りながら、書斎の引き出しにそれを寝かせておいた。
そんな時、お嬢様からデートの誘いを受けたのだった。
早く渡したくて、うずうずする気持ちを抑えて約束の日を待っていた。
自分が選んだブレスレットを見てお嬢様はどんな顔をするだろう。喜んでくれるだろうか?
白く細い手首に、早く巻いてみたかった。
なぜブレスレットだったのか。あとになって考えてみた。
アクセサリーならば、ネックレスでもリングでも構わなかったはずだ。それでも川島はプレゼントするならブレスレットだと直感的に思った。
お嬢様を束縛したい。
無意識のうちにそう考えていたのではないかと思う。
お嬢様にかける手錠の代わり。
いつも目に入る場所に、自分の存在を感じてもらえるものがあれば……。そんな想いがあった気がする。
リングでもよかったが、以前お嬢様はピアノを弾くとき邪魔になるから好んでは着けない、と話していた。
ぼんやりと頭を巡らせながら、結局その場で2時間ほど立ち尽くしていた。
雪はしんしんと降り続けている。
ポケットの中で、外に出るのを今か今かと待っている箱を指で撫でると、突然泣きたい気持ちに襲われた。
お嬢様はもう来ない気がする。
きっとオレは捨てられてしまったんだ。
ヤキモチを妬いてばかりいるし、お嬢様を求めすぎて頭がおかしくなることもある。
そんなオレに、いよいよ愛想が尽きたのかもしれない。
今頃はどこか暖かい場所で、だれかと笑っているのかもしれない。今夜の約束など忘れて……。
川島は呆然自失になりながら、この場を去るためにゆっくりと歩みを進めた。
視界には、ただ雪がちらついているだけでもう人影もない。
係員が忙しなく閉園の準備をしているのが視界のすみに映っていた。
お嬢様とのデートの約束は19時。
川島は待ち合わせの時間より、少し早めに行って待っていた。
テーマパークの中にある大きな観覧車。
その下の広場を、恋人たちが身体を寄せあい行きかっている。
川島はコートの襟を立て壁にもたれながら、腕を組みそれを眺めていた。
お嬢様からは、もし早めに着くようなら屋内で待っているようにいわれていた。
寒さを案じてくれてのことだろう。
それでも川島は外でお嬢様を待っていたかった。
すぐに迎えられるように、抱きしめられるように。
もう、待ち合わせの時間から30分が経とうとしていた。
携帯を覗いてみる。連絡はきていない。
電話をかけようとして思いとどまった。
もしかしたら用事が押していて、今は急いでこちらに向かっている途中かもしれない。
川島はどんな事態であっても、お嬢様に急かすようなことをするのが嫌だった。
自分が小さい男に思えてしまう。
何十組めかのカップルが目の前を通り過ぎようとしたとき、頭上から白い粉が舞い降りてきた。
「わー、雪!」
通り過ぎたカップルの、はしゃいだ声を耳にしながら川島は空を見上げた。
お嬢様は大丈夫だろうか。
ちゃんと傘を持っているだろうか。
居所がわかれば、すぐにでもお迎えにあがるのに……。
いつものクセで真っ先にお嬢様のことを考えた。
白い雪が次々に服の上で溶けていく。
もうすでに身体の芯まで冷え切っていた。
早くお嬢様を抱きしめて、くっつき合いたかった。
そうすればこの凍りそうな寒さも一瞬で和らぐだろう。
川島はそれからも約束の場所で、忠犬のようにお嬢様を待ちつづけた。その間、施設の係員と何度か目が合った。
きっと女に振られて待ちぼうけを食わされている、とでも思われているに違いない。
お嬢様に振られて待ちぼうけの自分。
川島はもしかしたら、本当に今そういう状況なのではないかと思えてきた。
オレにはお嬢様しかいない。お嬢様がすべてだ。
彼女に捨てられたら、忘れられたらオレは……。
なにもない。本当になにもない。
川島は身体ばかりでなく、心まで底冷えするのを止められなかった。
お嬢様に電話しようと何度も思い、やはりやめようと思う。
なにかあったのなら向こうから連絡をくれるはずだった。
前にも同じような――お嬢様が無連絡で帰りが遅くなり、自分がおかしくなってしまったこと――があったとき、連絡するときちんと約束してくれた。
ただ、お嬢様を待つ。
それが自分の仕事で役割でもあるのだ。
もちろんそれ以上にお嬢様が大切だから。愛しているからなのは他ならない。
端からみると、依存……なのだろうか。だとしても構わない。
誰にどう思われようとオレにはお嬢様だけだ。
彼女さえいてくれれば、他にはなにも要らない。
すっかり冷えきった手をポケットに入れた。
コツン、と固いものが指の関節に触れる。
お嬢様への贈り物。
今夜が特に記念日というわけではない。
ただプレゼントしたかった。選んだのはブレスレットだった。
それを購入したときのことを思い出してみる。
川島がアクセサリーショップへ入ると店員に声をかけられた。
「どなたかに贈り物ですか?」
「ええ、まあ……」
化粧の厚い店員の顔を見やる。
お嬢様の方が100万倍、魅力的だと思う。
それを表情に出さず涼しい顔でブレスレットを見繕った。
「差支えなければ、どんな方かお尋ねしてもよろしいですか?」
雰囲気や肌の色、体型によって似合う材質やデザインが変わってくるのだという。
お嬢様がどんな女性か?
そのテーマならば一生かかっても話尽くせない、と思いながら店員に伝え始めた。
川島の顔は、自分だけのとっておきの宝物を自慢するかのように輝いていた。
彼女の肌は透き通るほどに白く、キメ細やかで滑らかで美しく、手首は華奢で全体的に清楚な感じで――。
ひとしきり話終えたあと改めて店員を見ると、その顔が若干引きつっていた。
川島は不思議に思いながらも、アドバイスを参考にお嬢様へのプレゼントを決めた。
いつ渡そうかタイミングを計りながら、書斎の引き出しにそれを寝かせておいた。
そんな時、お嬢様からデートの誘いを受けたのだった。
早く渡したくて、うずうずする気持ちを抑えて約束の日を待っていた。
自分が選んだブレスレットを見てお嬢様はどんな顔をするだろう。喜んでくれるだろうか?
白く細い手首に、早く巻いてみたかった。
なぜブレスレットだったのか。あとになって考えてみた。
アクセサリーならば、ネックレスでもリングでも構わなかったはずだ。それでも川島はプレゼントするならブレスレットだと直感的に思った。
お嬢様を束縛したい。
無意識のうちにそう考えていたのではないかと思う。
お嬢様にかける手錠の代わり。
いつも目に入る場所に、自分の存在を感じてもらえるものがあれば……。そんな想いがあった気がする。
リングでもよかったが、以前お嬢様はピアノを弾くとき邪魔になるから好んでは着けない、と話していた。
ぼんやりと頭を巡らせながら、結局その場で2時間ほど立ち尽くしていた。
雪はしんしんと降り続けている。
ポケットの中で、外に出るのを今か今かと待っている箱を指で撫でると、突然泣きたい気持ちに襲われた。
お嬢様はもう来ない気がする。
きっとオレは捨てられてしまったんだ。
ヤキモチを妬いてばかりいるし、お嬢様を求めすぎて頭がおかしくなることもある。
そんなオレに、いよいよ愛想が尽きたのかもしれない。
今頃はどこか暖かい場所で、だれかと笑っているのかもしれない。今夜の約束など忘れて……。
川島は呆然自失になりながら、この場を去るためにゆっくりと歩みを進めた。
視界には、ただ雪がちらついているだけでもう人影もない。
係員が忙しなく閉園の準備をしているのが視界のすみに映っていた。
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