青い鳥は鷹から逃れ海原に羽ばたく
「何かパンフレットあったから持ってきちゃった!あとほら、何かここの高校も雰囲気良さそうじゃね?」
テーブルの上にあるのはいろんな学校のパンフレット、そして見せてくれるのは快斗くんのスマホでその画面内にはどこかの学校のHP、笑顔が素敵な生徒さんがたくさんいらっしゃってます。
え?今いるところ?ここは快斗くんのお家です。……そう、快斗くんの、ね。
何度も悩んでなんとかその日中に快斗くんに連絡することが出来て(というか思い立ったときにしないと多分臆病風に吹かれて僕は出来なくなるのが目に見えたもので……)送信してすぐに布団に潜り込みながらもスマホの通知音に耳をすませ返信を待つ。
送信してすぐに既読がついてそもれでも返信が来ないのが恐ろしいくせにボッチからすると相手の返信には貪欲なのである、待っていた時間はほんの少しの間で1分も待たずに返信が来たにも関わらずその時間はとんでもなく長いものに思えて発狂しそうになった。
シュポン、と間の抜けた通知音が聞こえたと同時にすぐさまスマホを布団の中に引きずり込んで深呼吸してスマホ画面を見れば、そこには快斗くんの名前があって一安心。
一回ライン送っても大丈夫だと分かってからはガンガンくだらないことでラインを送った、そのまま寝るまで連絡を取り合っていた、ときには僕から電話だってした。大きな進歩だ。そして本日土曜日、さらなる大きな一歩を踏み出せた。
『お友達の家に遊びに行く』
今度遊びに行ってみたいと多大なる勇気を以て伝えれば簡単に頷いてくれた、もう心臓バックバク……。
タカの家にも遊びに行ったこともあるので本当に初めてのことという訳ではないけど、やっぱりタカ以外では初めてであり中学になってからはクラスが別だったりお互い思春期というのもあって遊びに行くのも来ることもほぼなくて、今に至っては僕の家にタカは来ても逆は無くなってしまったため他人の家に行くのがかなり久しぶりのこと。
(情けないけど引きこもりなもので……)
お母さんに不自然ではない格好と太鼓判を押してくれた格好で買ってきてくれたお菓子を持って遊びに来た。快斗くんの家はマンションの3階の手前から2番めのところだった、お父さんとお母さんとお姉さんがいるらしいけれど、両親は1泊2日の旅行に行ってるし姉ちゃんも友達の家に遊びに行ってていないからそんな緊張しないでいいよと言ってくれた快斗くんに感謝してもしきれない。
でもやっぱり快斗くんの家ということで緊張しながら足を踏み入れたであった。
今は家に誰もいないとはいえ姉ちゃんが気まぐれを起こして戻ってくることもあるからゲームは俺の部屋でやろー、と言われトイレの場所だけ案内してすぐに快斗くんの部屋へ。
ドキドキしながら入ってみると、テーブルの上には沢山の学校のパンフレット。血の気が引く。
「うわ、何かごめん……本当なら僕が集めなきゃいけないのに。」
「え?いいよいいよ、俺が勝手に彼方に見せたいって思っただけだしさ。全部あげるから家でお母さんとゆっくり見なよー」
「うん……」
人間が出来すぎている快斗くんを前に縮こまってしまう僕。快斗くんってなんなんだろう、人間力53万なの?となるとの僕の人間力は1あるかどうかで、まじ月とスッポン、いやスッポンにも失礼すぎるというか生き物に失礼だから快斗くんが月としたなら僕はきっとその辺の小石なんだろうなぁ……。遠い目でそんなことを考える。
快斗くんの人間力に戦き、畏怖の目で快斗くんを見ながら小さくなっている僕に、快斗くんはちょっと呆れたような不貞腐れような表情。え、どうしたの。
「あーもー俺に対してそんな気を使わないでくれよー!俺が好きでやってるんだからねっ!勘違いしないでよね!」
何故ツンデレ口調なのかとか最早ツンデレではないよねとかいつも通りのツッコミを快斗くんは待っているんだというのは分かっている、分かっているけれど、なんだか今日は好きという言葉がやけに重く感じたのは僕が過剰なんだろうけれど、その言葉にトク、と心臓が跳ねた。
「……すき、」
その言葉にきっと深い意味はないのだろう、それでもつい復唱する。頬が赤くなっている、かも。だってすごい熱い、顔だけじゃなくて胸の奥からじわりと溢れてきて、身体中熱くて仕方ない。だけど炎天下にいるときの不快な熱さではなくて。……なんだろ、これ。
「……あっそうじゃなくてっいや、嫌いじゃないけども!ほら、友好的な意味でね!?さぁ、ゲームしましょ!そうしましょ!」
「う、うん」
僕の反応に軽く言ったつもりだった「好き」に重さが乗りそうになったことに焦ってか明らかに僕の気を紛らわそうとしている感が凄いけれど、僕も、どうしていいのか分からないから、不自然な流れに乗ることにした。
快斗くんはパンフレットを纏めて袋のなかに入れて僕にはい、と手渡してゲームの準備を始めたので手渡された袋は忘れないように自分のカバン近くに置いて何のゲームをするか悩んでいる快斗くんに近寄る。
「あ、そうだった!ちょっと目の前失礼失礼〜」
「!?」
そばに寄ると何か思い出したように急に僕の目近くに快斗くんの手がやってきて驚いて反射的に目を閉じる。
(……これがキス待ち顔ってやつなの、そうなの?、て、違う違う!煩悩死滅せい!)
んぐぅ、と変なうめき声が前から聞こえてくる、目の前にいるのは快斗くんなので声の主が誰なのかすぐに分かった。急に何をしてしているのか分からないし、変な声が聞こえてくるしで気になってすぐに目を開ける。すると、いつもと違う開放感があった。これは……なに。
「……広い」
視界が。何故こんなにいつもより広く周りが見えるのか、と一瞬どうしてなのか本気で分からなくて戸惑い、無意識に長い前髪に触れようとする。
「?」
いくら触れようとしてもスカ、と手には何の感触がなく、なんで?と思いながらもしばらく謎の動きを繰り返していると。
「じゃーん!ちょんまげヘア〜!」
笑いを堪えつつ手鏡で僕の顔を反射させる快斗くん。
急なハイテンションに状況が飲み込めない僕だったが、鏡にうつる僕を見て言葉の意味を理解した。そこにいたのは長い前髪を上にあげヘアゴムでとめられている僕の姿がそこにいた。……何故に?
「……なにしてるの、快斗くん」
「いやね、ゲーム中絶対邪魔じゃんって思ってねぇ。片目隠しのハンデつけられている気分になるし?だから今日は前髪解禁おなっしゃす!」
「……ハンデ無くて本当に良いの?」
決してハンデをあげているつもりでこうしている訳じゃないことは快斗くんも分かっている、何となく、僕のためにしているのかな、とも思ったけれど、快斗くんがそう言うからそれに乗ることにした。……快斗くん、やっぱり優しいなぁ。誰にでもこうなのかな。……なんか、もやもやする。
「きぃ〜!今に見てなさいよ!」
「オネエだ、オネエがいる……」
「カイコちゃんとお呼び!」
「やーだー」
もやもやしたのは一瞬だけで、快斗くんと話していたらそんなことすぐに忘れてしまった。
しばらくは冷静に突っ込めてたのに対戦していて少し無言が続いて僕が必殺技を決めたところで「あ、およしになってぇ、らめええええ、あっああ”あ”あ”!」とかわざと女性らしい叫びからの素の雄々しく叫ぶものだからついに「ぶふっ!」吹き出してしまった。
「あっれーカイコさんで彼方を吹き出させて油断させよう作戦は成功したのに……」
「それ作戦だったんだ……、いや、まぁ圧勝しましたけどね」
思わず吹き出したのは事実だけど、後まで引かずすぐに画面のことに頭を切り替えて本当はぎりぎりで勝ったんだけど、そこはまぁ僕も男なのでちょっと盛って言ってみたりしちゃった。
「なんで彼方そんな強いの?」
「え……あー快斗くんが弱いんじゃ……」
多分引きこもっている間ずっとゲームしてたからじゃないかな……なんて正直に言ってしまえば気遣わせちゃうかなと思ってたら随分生意気なことをつい言ってしまった。
さすがに怒るかな、と横に座る快斗くんの表情を盗み見ようとして、
「ひぃぎゃっ!?」
突然脇腹に衝撃が走って、驚いて変な声を上げて脇腹を両手で庇いながらとなりの人を見た。
そこには手をワキワキと不穏に動かして不敵な笑顔を浮かべている快斗くんがいた。僕のことをじーっと凝視している。
「へぇ……小生意気なことを言う彼方くんは脇腹弱いんだねぇ」
「ちょ、快斗くん、落ち着こう、話し合お?」
目が座っていらっしゃる……嫌な予感しかしない、後ずさりして距離を取ろうとする僕にずいっと一気に距離を詰めてくる快斗くんにドキッとする。
「おしおきじゃい!おらっ!」
「えっあ、やめ、あっははははははっ!!」
脇腹を親指薬指小指でがっしりと掴んで逃がさないようにしながら余った指でくすぐってくる、制止するために口を開いたのに出てくるのは笑い声。
「ちょっひっ、ひゃははァ、も、まってぇ!!」
「えーそんなに楽しそうなのに?あっ脇もくすぐったいんだ!」
「く、ひぁ!?」
楽しそうなのは快斗くんだよ、と頭の中で思ったけれど、言葉には出来なかった。快斗くんの指が上へと向かってきて、脇の下にまでやってきてこしょこしょと指先をざわめつかせてくるものだからたまらなくなって力が入らなくなってきて上体が段々床へ傾いていき、最終的には寝転ぶ僕を快斗くんが押し倒すような形になっているなんて、何とかくすぐりから逃れようと笑いながら必死にもがいている僕も、くすぐるのに夢中になっている快斗くんも気付かない。
「ひぃ、もう、だめ、あは、だめだって、あっ!~〜っっ、もーう!はいおしまいっ!」
「貧弱貧弱ー」
なんとでも言うがいい!これ以上はもうお腹痛いし息も限界!と脇を這うその手を制止するために掴んでそのまま快斗くんを見上げた。
「……、!?」
「あっ?……っ、」
ようやく自分たちが今どんな体勢になっているのか、自覚する。擽ってくるのを何とか避けようと、横になって抵抗するために手足をバタつかせていたのを快斗くんが抑え込もうとそれに覆いかぶさってなおも擽っていたために、仰向けになった僕の腰に体重がかからないようにしながらも馬乗りにされている。
快斗くんも夢中になっていたせいで気付かなかったようで、今、自分たちの体勢を顧みて僕と同じように固まる。
目を見開いて押し倒した僕のことを見ている快斗くん、きっと僕も似たような表情をしている。
(ど、ど、どどうしよ、)
テンパる。いや、もし僕が引きこもりではない快斗くんのようなタイプの人間であれば笑って済ましたりどけよと少し荒々しく言ったり、あるいは女の子のように「快斗くんならいいよ……?」とかふざけたりできたかもしれない。
でもコミュ障の僕は予想外の出来事にとても弱い。
何故か密着するその快斗くんの内ももにドキドキし始めてきた、こういうハプニングに対して強そうな快斗くんが顔を真っ赤にして固まってしまっているのも僕がどうしていいのか分からなくなる要因の一つでもある(決して快斗くんが原因ではない)。僕ではどうしようも出来ないので快斗くんが上手く切り出してくれるのを心の底では期待しながらも、自分はどう声をかけるべきかどうするべきか等色々考えてはみたが、テンパっている脳内では何も思い浮かばない。
どうしよ、どうしよ、そう悩むだけで時間が過ぎていく中、ここで漸く快斗くんが動いた。
動いてくれたことでやっとこの空気が終わる、と安堵しようとしたのに。
「え、え、ちょ……快斗くん?」
「……っ」
床に投げ出された僕の両手を快斗くんは両方ともゆったりとした動きできゅっと握られ、柔らかく拘束されて、馬乗りになった体勢はそのままに、快斗くんの顔が僕の顔に近づいてくる。
「、かい、」
「……彼方」
「っ!」
柔らかくとはいえ両手を抑え込み、無言で近づいてくる快斗くんが良く分からなくて心細くなって名前を呼ぼうとしたそのとき、快斗くんが僕の名前を呼ぶ。
その声は、いつもよりも静かで低くて、知らない熱を帯びながらも優しさがあって、カッと身体が熱くなる。
(な、にこれっ)
ドキドキ、どころではない。ドクンドクンッ、強く早くなった自分の鼓動が信じられなくて、あり得ないほど身体と顔が熱くて、どうしていいのかわからなくなる。自分は確かに拘束されているけれど、それは酷く柔らかい拘束で少し暴れれば直ぐに解けるような、そんな細い飴細工のような甘いものなのに、何故かそれをしようとも思わなかった。
「っぁ、」
吐息のような喘ぎをその口から出しながらいつの間にか潤んでしまった目で、自分を訳わからなくさせてくる犯人のはずの快斗くんに助けを求めるように、その顔を見た。快斗くんの顔も真っ赤で苦しそうに息を吐いていた、馬乗りにされて拘束されて、顔を近づけられている、恐怖すら覚えるはずのこの状況が、何故か怖くなくて、でもどうしていいのか分からなくて……茹だった頭で自問自答を繰り返し行うしか出来ない僕に、
「ハッ……彼方、ごめんっ!」
「っぁ、かいと、くん……」
息を吐いて誤りながらさらに近づいてくる顔に目を固くぎゅうっと閉じた。
何かを期待している自分が、恐ろしくなる。なにをされてしまうのか、なんて考えてもいない、ただその快斗くんの熱の孕んだ顔が近づいてくることにどう対処して良いのか分からなかった、それだけで目を閉じていた。
視覚が閉ざされたことでさっきまでやっていたゲームの爽快なBGMや、荒い息遣いや唾液を飲み込む音、ミシッと鈍い音がする床、そして煩い心臓の音が鮮明によく聞こえたけれど、それは僕のものなのか、快斗くんのものなのか気にしている間もなく。
ちゅう。
そんな可愛らしい音がした。頬に少しカサついて湿っていて暖かくて、柔らかい感触を感じる。
ゆるゆると目を開けてみると、そこには快斗くんの人工的な色の髪の毛と形の良い耳と赤くなった肌がしかと見えた。そして、この頬に感じるものはき、キスで、胸から強く響くドクドクとした心音が、快斗くんの心臓が重なって僕の胸に伝わってきたもので、きゅっと握られた重ねられたその手と手の暖かさが安心感と緊張感を同時に与えてくる。
「ヒッ」
あまりに密着度に、乾いて張り付いてしまった喉から引きつった悲鳴を出てきた。
その声を聞いて快斗くんは真っ赤なまま、顔を上げた。ひどい至近距離で目を合わす、目を細め苦しそうに息を吐いて、快斗くんは。
「す、き」
と、いった。
何を言われたのか分からなくて、僕はそのゴク、と唾液を飲み込んだ喉仏とカサついてしまった唇で舌で小さく舐めるのを夢心地気分のふわふわした頭で見つめていると、
「おれ、かなたが、好きだ!」
抑えきれないものを吐き出すように真剣に僕の目を見ながらそう言う快斗くんに、ドグ、と心臓が壊れそうなほどの音を立てた。
「ぇ、」
「、ごめん、もっと時間をかけて、とか、男同士なんて、とか色々考えたんだけど、我慢、出来なくなっちゃって」
あ、どくな?ごめん、押し倒してほっぺにキスまでしちまって、と消え入りそうな声で僕の上からどこうと拘束していた手や伸し掛かっていた身体がなくなった、さっきまで感じていたぬくもりすべてが突然消えて、拘束から解放されて安心するべきなのに何故か胸が寒くなった。
「、ぼくのこと、その……」
「恋愛として、好きだ」
真剣そのものの目で僕を射抜いてそう断言するから、恥ずかしくてうつむいてしまう。好き、快斗くんが、僕を。信じられない、だって僕は学校に行けずゲームのためだけしか外に出ず家に引きこもっている僕のことを好きなんて思いもしなかった。
「最初は本当に友達として楽しく過ごしてたんだけど、一緒にゲームするようになって、こう……彼方かわいい、なんて思うようになっていって、さ」
「……可愛くない」
そりゃ、快斗くんより少し身長低くてひょろいけど僕は女の子みたいに可愛いわけじゃない。誰かと勘違いしている、眼科でも行くべきでは、と疑い心配になってくる僕に。
「俺の目からするとそうして体育座りして小さくなっているのも、後ろからぎゅうってしたいほど可愛いんだよなぁ」
「っ!?」
なんてことを言うものだから、驚いて顔を上げてしまう。顔を真っ赤にした同士の目と目が合って、何を考えていたのかも忘れてしまった。
「真っ赤だね、彼方」
「……快斗くん、だって」
「そりゃ、好きな人にほっぺにちゅーして、告白してるわけだし……」
「っ」
照れたように笑う快斗くん、そうだ、僕さっきほっぺに、こくは……!ボフン!と音を立てて頭が壊れそうになる、思考回路はショート寸前とはこのことである。
口を魚のようにパクパクさせて言葉も出ない間抜け面の僕を心底愛おしそうに目を細めて笑う、穏やかで何の邪気のない、優しい笑顔。いつもと違うのはその顔が真っ赤であること。
「あのさ、さっき押し倒しちゃってほっぺにキスまでしちゃったけど、別にそれだけが目的じゃなくて……本当に俺、彼方と遊ぶの楽しいんだよ。他の友達よりも誰よりも」
「……」
「なんて、言えばいいかな……、こう、堂々とキスとか、するような関係に、なりたいといえばなりたいけど、でも、遊べないほうが辛いし苦しいんだ、俺と二人きりが嫌ならゲーセンでもいいから、なんでもいいから、また一緒にいてほしい」
切実、そんな言葉が当てはまった。
まるで懇願するようだった、所謂お付き合いする関係じゃなかったとしても、また僕といるのが楽しいから今までのように家で遊ぶのではなく、他にも人がいるゲーセンでも良いから、また遊んでほしい、一緒にいてほしい、と。……快斗くんのように誰からも好かれるような人が誰よりも僕といたいなんて、嬉しくて仕方ないけれど、それは男友達、という感情でしか無いんじゃ……?
そもそも僕も快斗くんも、男、だし。
「その、男、同士だよ?それは、勘違いじゃないの?」
「ちげえよ、だって、ほら」
「ぅ、あ」
「男友達を相手にこんなこと、ならない。そもそもあんなこと、してない」
手を取られて快斗くんは自分の胸に置いた、すると心臓の音が僕の手に伝わってくる、恥ずかしい、恥ずかしいっ。快斗くんは、別に手に力を入れていない、だから手を引っ込めることなんてすぐに出来る。
さっきだって、嫌で抵抗したら逃げられた、そのぐらいの力でしか快斗くんは僕を拘束してない、いっそ力強く僕の力が敵わないほど拘束してくれたのなら、僕も言い訳できたのに!そう癇癪を起こしたくなるぐらい優しい人だ。
快斗くんは、僕の意志に全て委ねている。否、尊重してくれている。
嫌なら抵抗して離れればいい、快斗くんはその選択肢を常に与えてくれている、だから、逃げないのは、結局僕の意志、なんだ。
「ぅぅ……」
逃げないのは僕自身の意志だとそう言っているようなものなのに、快斗くんはそれを答えとしない、あくまで僕の言葉としての許可なく強引に進めようとしない、結局手が解放されたのは快斗くんが僕の膝の上に置いてのことだった。
「……今日は、ちょっと我慢できなくなっちゃった。ごめんな」
「っ、あやまんない、で」
嫌なら抵抗していいよ、とそう全部態度で伝えてくれたのは快斗くん、それをしなかったのは僕自身の意志なんだ、なんで僕は何も出来なかったか分からなかったけれど、多分嫌ではなかった、だから、快斗くんは謝らなくていい。
「また、遊んで……ゲーセンでも僕の家でも、快斗くんの家でも、どこでも、良いから」
僕の嫌がることをしない快斗くんに警戒する理由なんてない、震えながらも決して怯えや恐怖からそう言っている訳ではない、そう伝わるように快斗くんの目を見てそういった。快斗くんは暫く目を白黒させた後。
「ありがと、彼方。」
と、心底幸せそうに微笑みながらお礼を言ってくれる快斗くん、僕は叫びだしたくなる。
(ちがう、違うんだよ。お礼言うのは、僕なんだよ、快斗くん)
心の中の声は言葉にしないと届くことはなかった。
「俺やっぱり送ってくよ」
「ううん、大丈夫だよ、それよりパンフレットありがとうね」
あの後気を取り直してまたゲームしていたら、いつの間にか時間は夕方になっていて。
いくら快斗くんの家族が今日いないとは言えなんとなく初めて遊びに来た人の家でご飯食べていくのは緊張してせっかくのお誘いを断って帰ることにした。
送っていく、と言ってくれたけれど、これも断る。
……ちゃんと快斗くんのことを、考えたいから。考え事は歩きながらのほうが効率が良い気がする、快斗くんに妙に意識しちゃいそうになるし、ね。
「彼方、無理なら無理って言ってくれな?」
「……うん、でも多分そんなこと思う日は来ないよ」
だって快斗くんは優しいから。優しいと言っても真綿で包むような優しさじゃなくて、穏やかな海の波のようにゆるく押してくれるような優しさだ、押してくれるけれどまだ行けそうになかったら踏みとどまれるほどの柔らかい小波のような穏やかな優しさ。
だから、快斗くんのとなりはきっと心地いいんだろう。
「またね」
「うん、また連絡する」
エレベーターが来た、それに乗り込んで、扉越しにバイバイと手を振りあっていると、浮遊感が訪れ快斗くんの姿はすぐに見えなくなる。
1階に着き降りて自動ドアを二つくぐり抜けて外に出た、一回快斗くんのマンションを振り返り、すっかり橙色に染まった空のなか歩き出す。
パンフレットが入った袋をカサカサと膝にあたるのを感じながらぼんやりこれからのことを考える。
快斗くんの隣に胸を張って立てられるよう、頑張りたい。まずは学校だ、せっかく快斗くんにこんなにパンフレット貰っていい感じと言ってくれた高校のHPのURLも教えてくれたんだ、そろそろ僕も向き合わないと。
……あと、僕に恋してくれる快斗くんにこれからどんな顔で会うのが一番いいのかな、ドキドキしながらもそこに気まずいなどという負の感情はない、そのことに自分自身が気づく前に、浮ついて頬を赤らめ、自分の家近くの公園の前を通りがかったところで、突如、すごい力で腕を捕まれ連れて行かれる。
僕を引っ張る前を歩く人物は僕はよく知っている。
「……タカ?っい”!」
「ついて来い」
名前を呼ぶとさらに腕を掴まれた手に力が入って痛くてつい声をあげる僕に、冷たく言い放つタカに、僕は震えて声が出なくなって、タカに引っ張られるままについていくことしか出来なかった。
テーブルの上にあるのはいろんな学校のパンフレット、そして見せてくれるのは快斗くんのスマホでその画面内にはどこかの学校のHP、笑顔が素敵な生徒さんがたくさんいらっしゃってます。
え?今いるところ?ここは快斗くんのお家です。……そう、快斗くんの、ね。
何度も悩んでなんとかその日中に快斗くんに連絡することが出来て(というか思い立ったときにしないと多分臆病風に吹かれて僕は出来なくなるのが目に見えたもので……)送信してすぐに布団に潜り込みながらもスマホの通知音に耳をすませ返信を待つ。
送信してすぐに既読がついてそもれでも返信が来ないのが恐ろしいくせにボッチからすると相手の返信には貪欲なのである、待っていた時間はほんの少しの間で1分も待たずに返信が来たにも関わらずその時間はとんでもなく長いものに思えて発狂しそうになった。
シュポン、と間の抜けた通知音が聞こえたと同時にすぐさまスマホを布団の中に引きずり込んで深呼吸してスマホ画面を見れば、そこには快斗くんの名前があって一安心。
一回ライン送っても大丈夫だと分かってからはガンガンくだらないことでラインを送った、そのまま寝るまで連絡を取り合っていた、ときには僕から電話だってした。大きな進歩だ。そして本日土曜日、さらなる大きな一歩を踏み出せた。
『お友達の家に遊びに行く』
今度遊びに行ってみたいと多大なる勇気を以て伝えれば簡単に頷いてくれた、もう心臓バックバク……。
タカの家にも遊びに行ったこともあるので本当に初めてのことという訳ではないけど、やっぱりタカ以外では初めてであり中学になってからはクラスが別だったりお互い思春期というのもあって遊びに行くのも来ることもほぼなくて、今に至っては僕の家にタカは来ても逆は無くなってしまったため他人の家に行くのがかなり久しぶりのこと。
(情けないけど引きこもりなもので……)
お母さんに不自然ではない格好と太鼓判を押してくれた格好で買ってきてくれたお菓子を持って遊びに来た。快斗くんの家はマンションの3階の手前から2番めのところだった、お父さんとお母さんとお姉さんがいるらしいけれど、両親は1泊2日の旅行に行ってるし姉ちゃんも友達の家に遊びに行ってていないからそんな緊張しないでいいよと言ってくれた快斗くんに感謝してもしきれない。
でもやっぱり快斗くんの家ということで緊張しながら足を踏み入れたであった。
今は家に誰もいないとはいえ姉ちゃんが気まぐれを起こして戻ってくることもあるからゲームは俺の部屋でやろー、と言われトイレの場所だけ案内してすぐに快斗くんの部屋へ。
ドキドキしながら入ってみると、テーブルの上には沢山の学校のパンフレット。血の気が引く。
「うわ、何かごめん……本当なら僕が集めなきゃいけないのに。」
「え?いいよいいよ、俺が勝手に彼方に見せたいって思っただけだしさ。全部あげるから家でお母さんとゆっくり見なよー」
「うん……」
人間が出来すぎている快斗くんを前に縮こまってしまう僕。快斗くんってなんなんだろう、人間力53万なの?となるとの僕の人間力は1あるかどうかで、まじ月とスッポン、いやスッポンにも失礼すぎるというか生き物に失礼だから快斗くんが月としたなら僕はきっとその辺の小石なんだろうなぁ……。遠い目でそんなことを考える。
快斗くんの人間力に戦き、畏怖の目で快斗くんを見ながら小さくなっている僕に、快斗くんはちょっと呆れたような不貞腐れような表情。え、どうしたの。
「あーもー俺に対してそんな気を使わないでくれよー!俺が好きでやってるんだからねっ!勘違いしないでよね!」
何故ツンデレ口調なのかとか最早ツンデレではないよねとかいつも通りのツッコミを快斗くんは待っているんだというのは分かっている、分かっているけれど、なんだか今日は好きという言葉がやけに重く感じたのは僕が過剰なんだろうけれど、その言葉にトク、と心臓が跳ねた。
「……すき、」
その言葉にきっと深い意味はないのだろう、それでもつい復唱する。頬が赤くなっている、かも。だってすごい熱い、顔だけじゃなくて胸の奥からじわりと溢れてきて、身体中熱くて仕方ない。だけど炎天下にいるときの不快な熱さではなくて。……なんだろ、これ。
「……あっそうじゃなくてっいや、嫌いじゃないけども!ほら、友好的な意味でね!?さぁ、ゲームしましょ!そうしましょ!」
「う、うん」
僕の反応に軽く言ったつもりだった「好き」に重さが乗りそうになったことに焦ってか明らかに僕の気を紛らわそうとしている感が凄いけれど、僕も、どうしていいのか分からないから、不自然な流れに乗ることにした。
快斗くんはパンフレットを纏めて袋のなかに入れて僕にはい、と手渡してゲームの準備を始めたので手渡された袋は忘れないように自分のカバン近くに置いて何のゲームをするか悩んでいる快斗くんに近寄る。
「あ、そうだった!ちょっと目の前失礼失礼〜」
「!?」
そばに寄ると何か思い出したように急に僕の目近くに快斗くんの手がやってきて驚いて反射的に目を閉じる。
(……これがキス待ち顔ってやつなの、そうなの?、て、違う違う!煩悩死滅せい!)
んぐぅ、と変なうめき声が前から聞こえてくる、目の前にいるのは快斗くんなので声の主が誰なのかすぐに分かった。急に何をしてしているのか分からないし、変な声が聞こえてくるしで気になってすぐに目を開ける。すると、いつもと違う開放感があった。これは……なに。
「……広い」
視界が。何故こんなにいつもより広く周りが見えるのか、と一瞬どうしてなのか本気で分からなくて戸惑い、無意識に長い前髪に触れようとする。
「?」
いくら触れようとしてもスカ、と手には何の感触がなく、なんで?と思いながらもしばらく謎の動きを繰り返していると。
「じゃーん!ちょんまげヘア〜!」
笑いを堪えつつ手鏡で僕の顔を反射させる快斗くん。
急なハイテンションに状況が飲み込めない僕だったが、鏡にうつる僕を見て言葉の意味を理解した。そこにいたのは長い前髪を上にあげヘアゴムでとめられている僕の姿がそこにいた。……何故に?
「……なにしてるの、快斗くん」
「いやね、ゲーム中絶対邪魔じゃんって思ってねぇ。片目隠しのハンデつけられている気分になるし?だから今日は前髪解禁おなっしゃす!」
「……ハンデ無くて本当に良いの?」
決してハンデをあげているつもりでこうしている訳じゃないことは快斗くんも分かっている、何となく、僕のためにしているのかな、とも思ったけれど、快斗くんがそう言うからそれに乗ることにした。……快斗くん、やっぱり優しいなぁ。誰にでもこうなのかな。……なんか、もやもやする。
「きぃ〜!今に見てなさいよ!」
「オネエだ、オネエがいる……」
「カイコちゃんとお呼び!」
「やーだー」
もやもやしたのは一瞬だけで、快斗くんと話していたらそんなことすぐに忘れてしまった。
しばらくは冷静に突っ込めてたのに対戦していて少し無言が続いて僕が必殺技を決めたところで「あ、およしになってぇ、らめええええ、あっああ”あ”あ”!」とかわざと女性らしい叫びからの素の雄々しく叫ぶものだからついに「ぶふっ!」吹き出してしまった。
「あっれーカイコさんで彼方を吹き出させて油断させよう作戦は成功したのに……」
「それ作戦だったんだ……、いや、まぁ圧勝しましたけどね」
思わず吹き出したのは事実だけど、後まで引かずすぐに画面のことに頭を切り替えて本当はぎりぎりで勝ったんだけど、そこはまぁ僕も男なのでちょっと盛って言ってみたりしちゃった。
「なんで彼方そんな強いの?」
「え……あー快斗くんが弱いんじゃ……」
多分引きこもっている間ずっとゲームしてたからじゃないかな……なんて正直に言ってしまえば気遣わせちゃうかなと思ってたら随分生意気なことをつい言ってしまった。
さすがに怒るかな、と横に座る快斗くんの表情を盗み見ようとして、
「ひぃぎゃっ!?」
突然脇腹に衝撃が走って、驚いて変な声を上げて脇腹を両手で庇いながらとなりの人を見た。
そこには手をワキワキと不穏に動かして不敵な笑顔を浮かべている快斗くんがいた。僕のことをじーっと凝視している。
「へぇ……小生意気なことを言う彼方くんは脇腹弱いんだねぇ」
「ちょ、快斗くん、落ち着こう、話し合お?」
目が座っていらっしゃる……嫌な予感しかしない、後ずさりして距離を取ろうとする僕にずいっと一気に距離を詰めてくる快斗くんにドキッとする。
「おしおきじゃい!おらっ!」
「えっあ、やめ、あっははははははっ!!」
脇腹を親指薬指小指でがっしりと掴んで逃がさないようにしながら余った指でくすぐってくる、制止するために口を開いたのに出てくるのは笑い声。
「ちょっひっ、ひゃははァ、も、まってぇ!!」
「えーそんなに楽しそうなのに?あっ脇もくすぐったいんだ!」
「く、ひぁ!?」
楽しそうなのは快斗くんだよ、と頭の中で思ったけれど、言葉には出来なかった。快斗くんの指が上へと向かってきて、脇の下にまでやってきてこしょこしょと指先をざわめつかせてくるものだからたまらなくなって力が入らなくなってきて上体が段々床へ傾いていき、最終的には寝転ぶ僕を快斗くんが押し倒すような形になっているなんて、何とかくすぐりから逃れようと笑いながら必死にもがいている僕も、くすぐるのに夢中になっている快斗くんも気付かない。
「ひぃ、もう、だめ、あは、だめだって、あっ!~〜っっ、もーう!はいおしまいっ!」
「貧弱貧弱ー」
なんとでも言うがいい!これ以上はもうお腹痛いし息も限界!と脇を這うその手を制止するために掴んでそのまま快斗くんを見上げた。
「……、!?」
「あっ?……っ、」
ようやく自分たちが今どんな体勢になっているのか、自覚する。擽ってくるのを何とか避けようと、横になって抵抗するために手足をバタつかせていたのを快斗くんが抑え込もうとそれに覆いかぶさってなおも擽っていたために、仰向けになった僕の腰に体重がかからないようにしながらも馬乗りにされている。
快斗くんも夢中になっていたせいで気付かなかったようで、今、自分たちの体勢を顧みて僕と同じように固まる。
目を見開いて押し倒した僕のことを見ている快斗くん、きっと僕も似たような表情をしている。
(ど、ど、どどうしよ、)
テンパる。いや、もし僕が引きこもりではない快斗くんのようなタイプの人間であれば笑って済ましたりどけよと少し荒々しく言ったり、あるいは女の子のように「快斗くんならいいよ……?」とかふざけたりできたかもしれない。
でもコミュ障の僕は予想外の出来事にとても弱い。
何故か密着するその快斗くんの内ももにドキドキし始めてきた、こういうハプニングに対して強そうな快斗くんが顔を真っ赤にして固まってしまっているのも僕がどうしていいのか分からなくなる要因の一つでもある(決して快斗くんが原因ではない)。僕ではどうしようも出来ないので快斗くんが上手く切り出してくれるのを心の底では期待しながらも、自分はどう声をかけるべきかどうするべきか等色々考えてはみたが、テンパっている脳内では何も思い浮かばない。
どうしよ、どうしよ、そう悩むだけで時間が過ぎていく中、ここで漸く快斗くんが動いた。
動いてくれたことでやっとこの空気が終わる、と安堵しようとしたのに。
「え、え、ちょ……快斗くん?」
「……っ」
床に投げ出された僕の両手を快斗くんは両方ともゆったりとした動きできゅっと握られ、柔らかく拘束されて、馬乗りになった体勢はそのままに、快斗くんの顔が僕の顔に近づいてくる。
「、かい、」
「……彼方」
「っ!」
柔らかくとはいえ両手を抑え込み、無言で近づいてくる快斗くんが良く分からなくて心細くなって名前を呼ぼうとしたそのとき、快斗くんが僕の名前を呼ぶ。
その声は、いつもよりも静かで低くて、知らない熱を帯びながらも優しさがあって、カッと身体が熱くなる。
(な、にこれっ)
ドキドキ、どころではない。ドクンドクンッ、強く早くなった自分の鼓動が信じられなくて、あり得ないほど身体と顔が熱くて、どうしていいのかわからなくなる。自分は確かに拘束されているけれど、それは酷く柔らかい拘束で少し暴れれば直ぐに解けるような、そんな細い飴細工のような甘いものなのに、何故かそれをしようとも思わなかった。
「っぁ、」
吐息のような喘ぎをその口から出しながらいつの間にか潤んでしまった目で、自分を訳わからなくさせてくる犯人のはずの快斗くんに助けを求めるように、その顔を見た。快斗くんの顔も真っ赤で苦しそうに息を吐いていた、馬乗りにされて拘束されて、顔を近づけられている、恐怖すら覚えるはずのこの状況が、何故か怖くなくて、でもどうしていいのか分からなくて……茹だった頭で自問自答を繰り返し行うしか出来ない僕に、
「ハッ……彼方、ごめんっ!」
「っぁ、かいと、くん……」
息を吐いて誤りながらさらに近づいてくる顔に目を固くぎゅうっと閉じた。
何かを期待している自分が、恐ろしくなる。なにをされてしまうのか、なんて考えてもいない、ただその快斗くんの熱の孕んだ顔が近づいてくることにどう対処して良いのか分からなかった、それだけで目を閉じていた。
視覚が閉ざされたことでさっきまでやっていたゲームの爽快なBGMや、荒い息遣いや唾液を飲み込む音、ミシッと鈍い音がする床、そして煩い心臓の音が鮮明によく聞こえたけれど、それは僕のものなのか、快斗くんのものなのか気にしている間もなく。
ちゅう。
そんな可愛らしい音がした。頬に少しカサついて湿っていて暖かくて、柔らかい感触を感じる。
ゆるゆると目を開けてみると、そこには快斗くんの人工的な色の髪の毛と形の良い耳と赤くなった肌がしかと見えた。そして、この頬に感じるものはき、キスで、胸から強く響くドクドクとした心音が、快斗くんの心臓が重なって僕の胸に伝わってきたもので、きゅっと握られた重ねられたその手と手の暖かさが安心感と緊張感を同時に与えてくる。
「ヒッ」
あまりに密着度に、乾いて張り付いてしまった喉から引きつった悲鳴を出てきた。
その声を聞いて快斗くんは真っ赤なまま、顔を上げた。ひどい至近距離で目を合わす、目を細め苦しそうに息を吐いて、快斗くんは。
「す、き」
と、いった。
何を言われたのか分からなくて、僕はそのゴク、と唾液を飲み込んだ喉仏とカサついてしまった唇で舌で小さく舐めるのを夢心地気分のふわふわした頭で見つめていると、
「おれ、かなたが、好きだ!」
抑えきれないものを吐き出すように真剣に僕の目を見ながらそう言う快斗くんに、ドグ、と心臓が壊れそうなほどの音を立てた。
「ぇ、」
「、ごめん、もっと時間をかけて、とか、男同士なんて、とか色々考えたんだけど、我慢、出来なくなっちゃって」
あ、どくな?ごめん、押し倒してほっぺにキスまでしちまって、と消え入りそうな声で僕の上からどこうと拘束していた手や伸し掛かっていた身体がなくなった、さっきまで感じていたぬくもりすべてが突然消えて、拘束から解放されて安心するべきなのに何故か胸が寒くなった。
「、ぼくのこと、その……」
「恋愛として、好きだ」
真剣そのものの目で僕を射抜いてそう断言するから、恥ずかしくてうつむいてしまう。好き、快斗くんが、僕を。信じられない、だって僕は学校に行けずゲームのためだけしか外に出ず家に引きこもっている僕のことを好きなんて思いもしなかった。
「最初は本当に友達として楽しく過ごしてたんだけど、一緒にゲームするようになって、こう……彼方かわいい、なんて思うようになっていって、さ」
「……可愛くない」
そりゃ、快斗くんより少し身長低くてひょろいけど僕は女の子みたいに可愛いわけじゃない。誰かと勘違いしている、眼科でも行くべきでは、と疑い心配になってくる僕に。
「俺の目からするとそうして体育座りして小さくなっているのも、後ろからぎゅうってしたいほど可愛いんだよなぁ」
「っ!?」
なんてことを言うものだから、驚いて顔を上げてしまう。顔を真っ赤にした同士の目と目が合って、何を考えていたのかも忘れてしまった。
「真っ赤だね、彼方」
「……快斗くん、だって」
「そりゃ、好きな人にほっぺにちゅーして、告白してるわけだし……」
「っ」
照れたように笑う快斗くん、そうだ、僕さっきほっぺに、こくは……!ボフン!と音を立てて頭が壊れそうになる、思考回路はショート寸前とはこのことである。
口を魚のようにパクパクさせて言葉も出ない間抜け面の僕を心底愛おしそうに目を細めて笑う、穏やかで何の邪気のない、優しい笑顔。いつもと違うのはその顔が真っ赤であること。
「あのさ、さっき押し倒しちゃってほっぺにキスまでしちゃったけど、別にそれだけが目的じゃなくて……本当に俺、彼方と遊ぶの楽しいんだよ。他の友達よりも誰よりも」
「……」
「なんて、言えばいいかな……、こう、堂々とキスとか、するような関係に、なりたいといえばなりたいけど、でも、遊べないほうが辛いし苦しいんだ、俺と二人きりが嫌ならゲーセンでもいいから、なんでもいいから、また一緒にいてほしい」
切実、そんな言葉が当てはまった。
まるで懇願するようだった、所謂お付き合いする関係じゃなかったとしても、また僕といるのが楽しいから今までのように家で遊ぶのではなく、他にも人がいるゲーセンでも良いから、また遊んでほしい、一緒にいてほしい、と。……快斗くんのように誰からも好かれるような人が誰よりも僕といたいなんて、嬉しくて仕方ないけれど、それは男友達、という感情でしか無いんじゃ……?
そもそも僕も快斗くんも、男、だし。
「その、男、同士だよ?それは、勘違いじゃないの?」
「ちげえよ、だって、ほら」
「ぅ、あ」
「男友達を相手にこんなこと、ならない。そもそもあんなこと、してない」
手を取られて快斗くんは自分の胸に置いた、すると心臓の音が僕の手に伝わってくる、恥ずかしい、恥ずかしいっ。快斗くんは、別に手に力を入れていない、だから手を引っ込めることなんてすぐに出来る。
さっきだって、嫌で抵抗したら逃げられた、そのぐらいの力でしか快斗くんは僕を拘束してない、いっそ力強く僕の力が敵わないほど拘束してくれたのなら、僕も言い訳できたのに!そう癇癪を起こしたくなるぐらい優しい人だ。
快斗くんは、僕の意志に全て委ねている。否、尊重してくれている。
嫌なら抵抗して離れればいい、快斗くんはその選択肢を常に与えてくれている、だから、逃げないのは、結局僕の意志、なんだ。
「ぅぅ……」
逃げないのは僕自身の意志だとそう言っているようなものなのに、快斗くんはそれを答えとしない、あくまで僕の言葉としての許可なく強引に進めようとしない、結局手が解放されたのは快斗くんが僕の膝の上に置いてのことだった。
「……今日は、ちょっと我慢できなくなっちゃった。ごめんな」
「っ、あやまんない、で」
嫌なら抵抗していいよ、とそう全部態度で伝えてくれたのは快斗くん、それをしなかったのは僕自身の意志なんだ、なんで僕は何も出来なかったか分からなかったけれど、多分嫌ではなかった、だから、快斗くんは謝らなくていい。
「また、遊んで……ゲーセンでも僕の家でも、快斗くんの家でも、どこでも、良いから」
僕の嫌がることをしない快斗くんに警戒する理由なんてない、震えながらも決して怯えや恐怖からそう言っている訳ではない、そう伝わるように快斗くんの目を見てそういった。快斗くんは暫く目を白黒させた後。
「ありがと、彼方。」
と、心底幸せそうに微笑みながらお礼を言ってくれる快斗くん、僕は叫びだしたくなる。
(ちがう、違うんだよ。お礼言うのは、僕なんだよ、快斗くん)
心の中の声は言葉にしないと届くことはなかった。
「俺やっぱり送ってくよ」
「ううん、大丈夫だよ、それよりパンフレットありがとうね」
あの後気を取り直してまたゲームしていたら、いつの間にか時間は夕方になっていて。
いくら快斗くんの家族が今日いないとは言えなんとなく初めて遊びに来た人の家でご飯食べていくのは緊張してせっかくのお誘いを断って帰ることにした。
送っていく、と言ってくれたけれど、これも断る。
……ちゃんと快斗くんのことを、考えたいから。考え事は歩きながらのほうが効率が良い気がする、快斗くんに妙に意識しちゃいそうになるし、ね。
「彼方、無理なら無理って言ってくれな?」
「……うん、でも多分そんなこと思う日は来ないよ」
だって快斗くんは優しいから。優しいと言っても真綿で包むような優しさじゃなくて、穏やかな海の波のようにゆるく押してくれるような優しさだ、押してくれるけれどまだ行けそうになかったら踏みとどまれるほどの柔らかい小波のような穏やかな優しさ。
だから、快斗くんのとなりはきっと心地いいんだろう。
「またね」
「うん、また連絡する」
エレベーターが来た、それに乗り込んで、扉越しにバイバイと手を振りあっていると、浮遊感が訪れ快斗くんの姿はすぐに見えなくなる。
1階に着き降りて自動ドアを二つくぐり抜けて外に出た、一回快斗くんのマンションを振り返り、すっかり橙色に染まった空のなか歩き出す。
パンフレットが入った袋をカサカサと膝にあたるのを感じながらぼんやりこれからのことを考える。
快斗くんの隣に胸を張って立てられるよう、頑張りたい。まずは学校だ、せっかく快斗くんにこんなにパンフレット貰っていい感じと言ってくれた高校のHPのURLも教えてくれたんだ、そろそろ僕も向き合わないと。
……あと、僕に恋してくれる快斗くんにこれからどんな顔で会うのが一番いいのかな、ドキドキしながらもそこに気まずいなどという負の感情はない、そのことに自分自身が気づく前に、浮ついて頬を赤らめ、自分の家近くの公園の前を通りがかったところで、突如、すごい力で腕を捕まれ連れて行かれる。
僕を引っ張る前を歩く人物は僕はよく知っている。
「……タカ?っい”!」
「ついて来い」
名前を呼ぶとさらに腕を掴まれた手に力が入って痛くてつい声をあげる僕に、冷たく言い放つタカに、僕は震えて声が出なくなって、タカに引っ張られるままについていくことしか出来なかった。