青い鳥は鷹から逃れ海原に羽ばたく
「落ち着いた?」
「う”ん……」
ティッシュを数枚取って鼻をかんだ。溜まった水が吸い込まれる、汚いのですぐにゴミ箱に捨てた。
「声枯れちゃったな〜どうした?何かあった?」
「……、」
穏やかに聞いてくれる快斗くんに言葉が詰まる。言えない。快斗くんに冷たくされた想像をしただけで、悲しくなってしまった、なんて。
一応僕だって男なわけで、もう泣いてしまったから説得力なんて無いけど、それでも素直に答えられなかった。
俯いて何も言えなくなってしまった僕の頭をそっと柔らかい感触が伝わる、突然のことに何をされたか一瞬分からなかったけれど、快斗くんの手で撫でられているんだと気付いて目を見開く。固まったままの僕に快斗くんは躊躇いと戸惑いが混じった声で、そっと言葉を続ける。
普段の明るく元気で少し大きい声ではない、僕を傷つけないように伺っているような、そんな穏やかなで落ち着いた声だった。
「……えっとさ、無理に説明しなくていいし言いたくないのなら言わなくていいんだけど。
彼方は、その学校行っていない、よな?」
「……」
知られてた、いや分からないわけが無いんだ。
だって快斗くんは僕に学校に関わることを聞いてきたのは最初に出会ったときぐらいで、それ以来何も聞いてこなかった。
そのとき僕は顔を強張らせていたと思うし……そもそも彼は僕のことを以前からゲーセンにいたって知っていたし、その際僕は私服でいた。
快斗くんから連絡されればいつでも返していた、同い年であれば普通なら授業を受けていたり、昼食をとる時間だろうと関係なく。
僕自身ですらすぐにそう考えつくのだから、快斗くんから見て僕の不自然な点はもっとたくさんあるのかもしれない。
「……なんで学校行けなくなっちゃった?」
「……、」
問われたことが胸に突き刺さる。
あまり知られたくなかったことを知られていて。
その理由を問われている、少しでも彼には僕のことをよく見せたかったのに。
胸張って、いたいのに。虚勢を張ることすら僕は出来ない、どれほど不器用な人間なんだろう、僕って本当にタカの言う通りタカがいないと何も出来ないんだ。
自分が一般的な高校生としていられていないのが苦しくて、まだ認めたくなくて。
家族やタカ以外にこうして聞いてくれる人もいなかったし弱いところを知られたくないとここまで思ったのも初めてのことだ。
ああ、でももう僕は彼の前で泣いてしまったのだから、もういいのかもしれない。
それに……。
ちらっと快斗くんを見上げると穏やかに笑いかけてくる。……彼なら、僕のことを馬鹿にしたりしない。そう言い切れるぐらいに、快斗を僕は信頼していた。
行けなくなった理由。タカは僕の事情を知っているから説明は不要で、両親には泣きたくなくて義務的に感情的にならないように事実だけを伝えていてだんだんと何も言わなくなった。
「きら、われて」
感情を乗せて理由を告げるなんて初めてで、変なところはないだろうか引かれないだろうかと怯えがありながらも快斗くんが規則的に背中を優しく叩いてくれるその手のぬくもりは僕に大丈夫だと伝えてくれるようで、言葉に詰まりながらもそれでも、続けようと前向きな気持ちになった。
「っ仲良くなった、とおもったら……急につめたくなって……ハッ、ぼく、きらわれて……て」
昨日楽しそうに笑ってくれたのが嘘のような冷たく無表情で突き放された、あの恐ろしさを僕は何度味わったのかな。
「いじめとか、そういうのはなかったんだ、けど……誰も、ぼくに話しかけてくれなくて。タカ……唯一小学校からの付き合いの友達、しかいなくて」
ドラマやニュースで見るような靴を隠されたりとか物を捨てられたりとか、そんなことをされなかった。最初はそんなことをされないだけましだと自分に言い聞かせてた。でも、段々僕の存在を無視するようになった。僕のことなんて無かったように扱われて。
ぶつかってしまったら一瞥すらなくそのまま通り過ぎられて、発表会では僕をいないように扱われて。
「もう、嫌だった……、僕はなにもしてないのにっみんなに嫌われて!苦しくて、かなしくて!睨まれるのもいないものとして扱われるのも、いや、だぁ……う”ぅ、ヒッ……」
僕がいてもみんなの邪魔になるだけと、そう直接言われていないけれど、そう思われているって分かってしまう空気感、誰も僕の話を聞いてくれなくて誰も僕の存在を認めてくれないあの空間に耐えきれず、僕はついに学校に行けなくなった。
タカも僕と同じクラスだったけれど、彼は僕と違って好かれる人間だからいつも僕といれるわけじゃなくて、僕のところにいるタカを呼ぶクラスメイトがなんでお前がいるんだと言わんばかりに視線を向けられて平常にいられなくなった。
僕は存在もしてはいけない人間だとそう思うようになった。せっかく止まった涙がまた溢れて止まらない。
「よしよし、彼方がんばった!言いたくなかったのにごめんな、ありがとうな!」
また泣く僕を快斗くんは咎めることはなく、そう笑って言ってくれてその上頭を撫でてくれた。泣いている間また頭を撫でてくれて自分が情けないと思うと同時にホッとした。
誰かに、自分の本気の弱音をちゃんと聞いてもらいたかったんだと、今気づいた。
少しして落ち着きを取り戻し始めた僕に笑いかけてくれる。短時間でこんなに泣いて本当に申し訳ないし、何よりこれでも男子高校生なので同級生に泣かれているところを見られたのが恥かしい。
「話してくれてありがとう。さっき泣いたのはそのことを思い出しちゃった?」
「……快斗くんが、」
「?俺?」
「明日、僕を嫌いになったらどうしようって……あ」
想像しただけで泣いてしまった、とついさっきの勢いのままに思っていることをそのまま伝えてしまった。
(しまった、引かれた!)
目を見開いて固まってしまっている快斗くんを見て素直に思ったことを伝えてしまったことを後悔した。素直は美徳かもしれないけれど必要以上の本音は良い結果を生むことはない、選択肢のあるゲームであれば下手すればゲームオーバーになりうる。あああ、なんてことを……。
「そんなのありえねえよ」
きっぱりと否定した声が鼓膜には響いていたに上手く脳が理解出来なくて、抱えそうになった頭は中途半端な位置になってしまいながら、横目で何とか快斗くんのことを見ることに成功した。
僕が聞こえた言葉は幻聴ではないようで、そこには真剣な目をした快斗くんがいた。
「だって俺彼方といるの楽しいし嫌いになるような要素が何もないし、むしろ好ましいと思えるところばっかりよ?ぶっちゃけ彼方といるのが1番楽しいかもしれないなぁ」
タカにさえ言われたことのない、賛美。
そもそもタカ以外に友達いないのにね?そう言われるとさぁ……、あっ無理無理っ!
「っ褒め慣れていないのでやめろください!」
「ふはっなんだよ、その変な言葉遣い〜」
無理矢理茶化してそのまま布団に潜り込んで包まる僕にツッコミを入れながらも芋虫状態の僕の背中をポンポンとなだめるように叩くだけで布団を剥ぐようなことは快斗くんはしなかった。有り難い。
僕の涙腺はすっかり崩壊してしまったみたいで、また涙が出てしまった。
これは、嬉しさから来るものだから、今までのものとはちょっと違う、と思う。でも泣き言には変わりはないのでこれ以上醜態を晒したくない。それを快斗くんは分かってくれたみたいでそれ以上言葉もかけては来なかった。無言になる、だけど居心地は悪くない。
ズビ、と鼻をすする音は布団に吸い込まれた。
「彼方の両親も理解ありそうだし編入も有りだよな〜」
「……へんにゅう」
聞き慣れない単語だ、意味は知っているけれど無縁の言葉だと思い込んでいた。オウム返しをする僕。
「休みたいなら思う存分に休むのも良いけどさ、せっかくの高校生だしやりたいことを何も考えず胸張って探せる貴重な時間だし。かと言ってその居場所のないところに無理に行ったってつまんねえし、それならゼロからまた培っていくのも有りじゃん?」
「……なるほど」
確かに、そうかもしれない。
無理に行ったところでいつか自分が壊れてしまうだけ。……僕ももうあの視線に耐えきれそうにないし、多分お母さんたちにいえば難しいことではない、はず。むしろ既にそう望んでいる可能性は高いと思う。
でもそれはタカがいない味方がいないところで1からやり直す、と言うことだ。初めてをまた味わうことになるのは恐ろしい。悩んでしまう。
「彼方なりにゆっくり考えてみなよ。俺も出来ることがあるなら手伝うからさ」
「……ありがとう」
「いえいえ〜」
気遣われてくれるのは分かっていても嬉しかった。
快斗くんって、不思議。
優しくて穏やかで僕のことを否定しないのに、前へ進ませてくれる、新しい道を導いてくれる。……そんな優しい人のとなりに僕はいても良いのかな。少しでも隣にいて恥ずかしくないようにしたい。快斗くんに笑いかけてくれるような相応しい人間に。
ふと目が合うとニコッと笑いかけてくれる。
――トク、ン。
(……?)
「ただいま〜」
「あ、お母さん帰ってきたな」
快斗くんの笑顔を見た瞬間妙な胸の高鳴りを感じたような気がしたけれど、下から帰ってきたお母さんの声が聞こえてそちらに気が取られる。
「じゃあ俺そろそろ帰ろっかな〜」
「、わか、った」
(なんだったんだろう、今の……?)
妙に高くなった心拍が気になったけれど今はすでにいつも通りになっていて、気にすることもないかと取り直して快斗くんを見送るべく立ち上がる。と同時に扉が開いた。お母さんかな?何かあったのかな、と振り返る。
「よっす、カナ」
「、タカ」
驚いて目を見開く。部活でいないはずのタカがそこにいたのだ。なんで。時計を見れば5時だけど、早すぎる。今部活が終わる時間のはずだ。一気にお腹の底が冷えていく感覚。
気まずさに胸がいっぱいになる、何故なら僕はまだタカに新しく友だちになった快斗くんのことを話していないから。
お母さんに話した次の日からタカにも話そう話そうとずっと思っていたけれど、どうも機嫌が悪いみたいで最近は長居もせずすぐに帰ってしまってプリントを交換するとき舌打ちされたり「いいご身分だよなぁ」などとつまらなそうな顔で言われてしまって、僕は萎縮してしまうばかりで下を向くしか出来なかった。
隠し事にするつもりは無かったのに、結果としてそうなってしまったことに罪悪感に似たものを覚え、僕はタカの顔が見れなくて知らず識らずのうちにうつむいてしまう。
「初めまして、俺は烏丸高俊です。最近カナと仲良くしているみたいで」
「俺は海原快斗っす!ゲームで意気投合して最近仲良くなったばっかっす。
この人って彼方が言ってたタカってやつだよな?」
「うぁ、う、うん」
落ち込む僕に快斗くんが声をかけてきてくれた、急に問いかけられて焦りながらも頷いた。
「俺彼方と同い年なんすよ〜」
「ああ、なんだ。じゃあ俺とも同級生か、俺のことは烏丸って呼んでよ。海原」
「?おうよ!よろしくな〜」
タカと快斗くんが目の前で話しているのがなんだか不思議な感じがする。
にこやかに快斗くんと話しているタカは機嫌は悪くなさそうでホッとした、小学生のときにタカ以外の人と話していたら怒られたことがあったから。まあ幼い頃の話なんだけど、さ。
妙に鬼気迫る表情をしていたから年単位で随分前のことでタカが声を張り上げて怒ったのはあのときだけなのにずっと覚えている。
そのあと一言二言話して、みんなで下に降りた。
ご飯を食べていかないのとしょぼんとしているお母さんに「次の楽しみにさせてください!」と笑って言って手を振って「また遊ぼうな!」と僕に言ってそのまま帰っていった。……本当は、途中まで送っていこうとも思っていたけれど、タカがここにいるのならそうもいかなくなった。
パタン、と扉は閉まりお母さんは買ってきたものを冷蔵庫に入れるため早足でキッチンの方へ向かった。
「カナ」
今この瞬間タカと二人きりになって息を詰める。
タカは僕に声をかけてきたのを、恐る恐る「……なに?」と返した。
何を言われるのか、どんな反応が来るのか、想像が付かない。じとりと背中に冷や汗が吹き出す。
(逃げたい)
率直にそう思いながらタカの反応を待つ。
「友だちが出来たなら俺にも教えろよな、水臭いなあ」
と笑っていってくるタカに怒られなかったことにホッとした。機嫌は、悪くないみたい。
隠し事にしてしまった罪悪感と小さい頃のタカとか最近の様子に身構えすぎた自分を恥じた。
「ごめん、初めてタカ以外の友だちが出来てなんて言って良いのかわかんなくて……タカも、今日随分早かったね」
「今度はちゃんと報告してくれよ、いきなり知らない男がいてびっくりした。
ああ、部活が早く終わってさ」
ホッと胸を撫で下ろしながら二人で2階に上がる。
幅がなくて並んで歩けないから僕が先頭でタカが後ろという形で、僕からタカは見えない。
タカが僕の見えないところでどんな表情で僕を見ていたのか、まだ知らずにただただタカが怒っていないことに安堵しかしていなかった。
「う”ん……」
ティッシュを数枚取って鼻をかんだ。溜まった水が吸い込まれる、汚いのですぐにゴミ箱に捨てた。
「声枯れちゃったな〜どうした?何かあった?」
「……、」
穏やかに聞いてくれる快斗くんに言葉が詰まる。言えない。快斗くんに冷たくされた想像をしただけで、悲しくなってしまった、なんて。
一応僕だって男なわけで、もう泣いてしまったから説得力なんて無いけど、それでも素直に答えられなかった。
俯いて何も言えなくなってしまった僕の頭をそっと柔らかい感触が伝わる、突然のことに何をされたか一瞬分からなかったけれど、快斗くんの手で撫でられているんだと気付いて目を見開く。固まったままの僕に快斗くんは躊躇いと戸惑いが混じった声で、そっと言葉を続ける。
普段の明るく元気で少し大きい声ではない、僕を傷つけないように伺っているような、そんな穏やかなで落ち着いた声だった。
「……えっとさ、無理に説明しなくていいし言いたくないのなら言わなくていいんだけど。
彼方は、その学校行っていない、よな?」
「……」
知られてた、いや分からないわけが無いんだ。
だって快斗くんは僕に学校に関わることを聞いてきたのは最初に出会ったときぐらいで、それ以来何も聞いてこなかった。
そのとき僕は顔を強張らせていたと思うし……そもそも彼は僕のことを以前からゲーセンにいたって知っていたし、その際僕は私服でいた。
快斗くんから連絡されればいつでも返していた、同い年であれば普通なら授業を受けていたり、昼食をとる時間だろうと関係なく。
僕自身ですらすぐにそう考えつくのだから、快斗くんから見て僕の不自然な点はもっとたくさんあるのかもしれない。
「……なんで学校行けなくなっちゃった?」
「……、」
問われたことが胸に突き刺さる。
あまり知られたくなかったことを知られていて。
その理由を問われている、少しでも彼には僕のことをよく見せたかったのに。
胸張って、いたいのに。虚勢を張ることすら僕は出来ない、どれほど不器用な人間なんだろう、僕って本当にタカの言う通りタカがいないと何も出来ないんだ。
自分が一般的な高校生としていられていないのが苦しくて、まだ認めたくなくて。
家族やタカ以外にこうして聞いてくれる人もいなかったし弱いところを知られたくないとここまで思ったのも初めてのことだ。
ああ、でももう僕は彼の前で泣いてしまったのだから、もういいのかもしれない。
それに……。
ちらっと快斗くんを見上げると穏やかに笑いかけてくる。……彼なら、僕のことを馬鹿にしたりしない。そう言い切れるぐらいに、快斗を僕は信頼していた。
行けなくなった理由。タカは僕の事情を知っているから説明は不要で、両親には泣きたくなくて義務的に感情的にならないように事実だけを伝えていてだんだんと何も言わなくなった。
「きら、われて」
感情を乗せて理由を告げるなんて初めてで、変なところはないだろうか引かれないだろうかと怯えがありながらも快斗くんが規則的に背中を優しく叩いてくれるその手のぬくもりは僕に大丈夫だと伝えてくれるようで、言葉に詰まりながらもそれでも、続けようと前向きな気持ちになった。
「っ仲良くなった、とおもったら……急につめたくなって……ハッ、ぼく、きらわれて……て」
昨日楽しそうに笑ってくれたのが嘘のような冷たく無表情で突き放された、あの恐ろしさを僕は何度味わったのかな。
「いじめとか、そういうのはなかったんだ、けど……誰も、ぼくに話しかけてくれなくて。タカ……唯一小学校からの付き合いの友達、しかいなくて」
ドラマやニュースで見るような靴を隠されたりとか物を捨てられたりとか、そんなことをされなかった。最初はそんなことをされないだけましだと自分に言い聞かせてた。でも、段々僕の存在を無視するようになった。僕のことなんて無かったように扱われて。
ぶつかってしまったら一瞥すらなくそのまま通り過ぎられて、発表会では僕をいないように扱われて。
「もう、嫌だった……、僕はなにもしてないのにっみんなに嫌われて!苦しくて、かなしくて!睨まれるのもいないものとして扱われるのも、いや、だぁ……う”ぅ、ヒッ……」
僕がいてもみんなの邪魔になるだけと、そう直接言われていないけれど、そう思われているって分かってしまう空気感、誰も僕の話を聞いてくれなくて誰も僕の存在を認めてくれないあの空間に耐えきれず、僕はついに学校に行けなくなった。
タカも僕と同じクラスだったけれど、彼は僕と違って好かれる人間だからいつも僕といれるわけじゃなくて、僕のところにいるタカを呼ぶクラスメイトがなんでお前がいるんだと言わんばかりに視線を向けられて平常にいられなくなった。
僕は存在もしてはいけない人間だとそう思うようになった。せっかく止まった涙がまた溢れて止まらない。
「よしよし、彼方がんばった!言いたくなかったのにごめんな、ありがとうな!」
また泣く僕を快斗くんは咎めることはなく、そう笑って言ってくれてその上頭を撫でてくれた。泣いている間また頭を撫でてくれて自分が情けないと思うと同時にホッとした。
誰かに、自分の本気の弱音をちゃんと聞いてもらいたかったんだと、今気づいた。
少しして落ち着きを取り戻し始めた僕に笑いかけてくれる。短時間でこんなに泣いて本当に申し訳ないし、何よりこれでも男子高校生なので同級生に泣かれているところを見られたのが恥かしい。
「話してくれてありがとう。さっき泣いたのはそのことを思い出しちゃった?」
「……快斗くんが、」
「?俺?」
「明日、僕を嫌いになったらどうしようって……あ」
想像しただけで泣いてしまった、とついさっきの勢いのままに思っていることをそのまま伝えてしまった。
(しまった、引かれた!)
目を見開いて固まってしまっている快斗くんを見て素直に思ったことを伝えてしまったことを後悔した。素直は美徳かもしれないけれど必要以上の本音は良い結果を生むことはない、選択肢のあるゲームであれば下手すればゲームオーバーになりうる。あああ、なんてことを……。
「そんなのありえねえよ」
きっぱりと否定した声が鼓膜には響いていたに上手く脳が理解出来なくて、抱えそうになった頭は中途半端な位置になってしまいながら、横目で何とか快斗くんのことを見ることに成功した。
僕が聞こえた言葉は幻聴ではないようで、そこには真剣な目をした快斗くんがいた。
「だって俺彼方といるの楽しいし嫌いになるような要素が何もないし、むしろ好ましいと思えるところばっかりよ?ぶっちゃけ彼方といるのが1番楽しいかもしれないなぁ」
タカにさえ言われたことのない、賛美。
そもそもタカ以外に友達いないのにね?そう言われるとさぁ……、あっ無理無理っ!
「っ褒め慣れていないのでやめろください!」
「ふはっなんだよ、その変な言葉遣い〜」
無理矢理茶化してそのまま布団に潜り込んで包まる僕にツッコミを入れながらも芋虫状態の僕の背中をポンポンとなだめるように叩くだけで布団を剥ぐようなことは快斗くんはしなかった。有り難い。
僕の涙腺はすっかり崩壊してしまったみたいで、また涙が出てしまった。
これは、嬉しさから来るものだから、今までのものとはちょっと違う、と思う。でも泣き言には変わりはないのでこれ以上醜態を晒したくない。それを快斗くんは分かってくれたみたいでそれ以上言葉もかけては来なかった。無言になる、だけど居心地は悪くない。
ズビ、と鼻をすする音は布団に吸い込まれた。
「彼方の両親も理解ありそうだし編入も有りだよな〜」
「……へんにゅう」
聞き慣れない単語だ、意味は知っているけれど無縁の言葉だと思い込んでいた。オウム返しをする僕。
「休みたいなら思う存分に休むのも良いけどさ、せっかくの高校生だしやりたいことを何も考えず胸張って探せる貴重な時間だし。かと言ってその居場所のないところに無理に行ったってつまんねえし、それならゼロからまた培っていくのも有りじゃん?」
「……なるほど」
確かに、そうかもしれない。
無理に行ったところでいつか自分が壊れてしまうだけ。……僕ももうあの視線に耐えきれそうにないし、多分お母さんたちにいえば難しいことではない、はず。むしろ既にそう望んでいる可能性は高いと思う。
でもそれはタカがいない味方がいないところで1からやり直す、と言うことだ。初めてをまた味わうことになるのは恐ろしい。悩んでしまう。
「彼方なりにゆっくり考えてみなよ。俺も出来ることがあるなら手伝うからさ」
「……ありがとう」
「いえいえ〜」
気遣われてくれるのは分かっていても嬉しかった。
快斗くんって、不思議。
優しくて穏やかで僕のことを否定しないのに、前へ進ませてくれる、新しい道を導いてくれる。……そんな優しい人のとなりに僕はいても良いのかな。少しでも隣にいて恥ずかしくないようにしたい。快斗くんに笑いかけてくれるような相応しい人間に。
ふと目が合うとニコッと笑いかけてくれる。
――トク、ン。
(……?)
「ただいま〜」
「あ、お母さん帰ってきたな」
快斗くんの笑顔を見た瞬間妙な胸の高鳴りを感じたような気がしたけれど、下から帰ってきたお母さんの声が聞こえてそちらに気が取られる。
「じゃあ俺そろそろ帰ろっかな〜」
「、わか、った」
(なんだったんだろう、今の……?)
妙に高くなった心拍が気になったけれど今はすでにいつも通りになっていて、気にすることもないかと取り直して快斗くんを見送るべく立ち上がる。と同時に扉が開いた。お母さんかな?何かあったのかな、と振り返る。
「よっす、カナ」
「、タカ」
驚いて目を見開く。部活でいないはずのタカがそこにいたのだ。なんで。時計を見れば5時だけど、早すぎる。今部活が終わる時間のはずだ。一気にお腹の底が冷えていく感覚。
気まずさに胸がいっぱいになる、何故なら僕はまだタカに新しく友だちになった快斗くんのことを話していないから。
お母さんに話した次の日からタカにも話そう話そうとずっと思っていたけれど、どうも機嫌が悪いみたいで最近は長居もせずすぐに帰ってしまってプリントを交換するとき舌打ちされたり「いいご身分だよなぁ」などとつまらなそうな顔で言われてしまって、僕は萎縮してしまうばかりで下を向くしか出来なかった。
隠し事にするつもりは無かったのに、結果としてそうなってしまったことに罪悪感に似たものを覚え、僕はタカの顔が見れなくて知らず識らずのうちにうつむいてしまう。
「初めまして、俺は烏丸高俊です。最近カナと仲良くしているみたいで」
「俺は海原快斗っす!ゲームで意気投合して最近仲良くなったばっかっす。
この人って彼方が言ってたタカってやつだよな?」
「うぁ、う、うん」
落ち込む僕に快斗くんが声をかけてきてくれた、急に問いかけられて焦りながらも頷いた。
「俺彼方と同い年なんすよ〜」
「ああ、なんだ。じゃあ俺とも同級生か、俺のことは烏丸って呼んでよ。海原」
「?おうよ!よろしくな〜」
タカと快斗くんが目の前で話しているのがなんだか不思議な感じがする。
にこやかに快斗くんと話しているタカは機嫌は悪くなさそうでホッとした、小学生のときにタカ以外の人と話していたら怒られたことがあったから。まあ幼い頃の話なんだけど、さ。
妙に鬼気迫る表情をしていたから年単位で随分前のことでタカが声を張り上げて怒ったのはあのときだけなのにずっと覚えている。
そのあと一言二言話して、みんなで下に降りた。
ご飯を食べていかないのとしょぼんとしているお母さんに「次の楽しみにさせてください!」と笑って言って手を振って「また遊ぼうな!」と僕に言ってそのまま帰っていった。……本当は、途中まで送っていこうとも思っていたけれど、タカがここにいるのならそうもいかなくなった。
パタン、と扉は閉まりお母さんは買ってきたものを冷蔵庫に入れるため早足でキッチンの方へ向かった。
「カナ」
今この瞬間タカと二人きりになって息を詰める。
タカは僕に声をかけてきたのを、恐る恐る「……なに?」と返した。
何を言われるのか、どんな反応が来るのか、想像が付かない。じとりと背中に冷や汗が吹き出す。
(逃げたい)
率直にそう思いながらタカの反応を待つ。
「友だちが出来たなら俺にも教えろよな、水臭いなあ」
と笑っていってくるタカに怒られなかったことにホッとした。機嫌は、悪くないみたい。
隠し事にしてしまった罪悪感と小さい頃のタカとか最近の様子に身構えすぎた自分を恥じた。
「ごめん、初めてタカ以外の友だちが出来てなんて言って良いのかわかんなくて……タカも、今日随分早かったね」
「今度はちゃんと報告してくれよ、いきなり知らない男がいてびっくりした。
ああ、部活が早く終わってさ」
ホッと胸を撫で下ろしながら二人で2階に上がる。
幅がなくて並んで歩けないから僕が先頭でタカが後ろという形で、僕からタカは見えない。
タカが僕の見えないところでどんな表情で僕を見ていたのか、まだ知らずにただただタカが怒っていないことに安堵しかしていなかった。