青い鳥は鷹から逃れ海原に羽ばたく
「もう行ったよ」
「……うん」
殻に閉じこもるかのように視覚も聴覚も消してしゃがみこんだ僕を手をペチペチされて緩めるとそう言われてやっと外せる、と同時に完全に脱力してその場に座り込んでしまう。ああ、汚れちゃう、そう思いながらも立てなかった。快斗くんはそれを咎めず同じように地面に座って僕の頭を慰めるようになでてくれた。
「よく言えた、頑張ったな、お疲れ様」
「、うん、うん……」
そして柔らかく褒めてくれた。僕の言ったことは間違っていなかったんだと、安心する。
初めてあんなに言えた。タカ……ううん、烏丸くんに限らず誰かに向かってああやって叫んで自分の意志を言えたの、初めてだ。それなら、ちょっと聞いてみちゃおう。
「快斗くんが、僕を好きになったのは片目が青いから?」
さっきの烏丸くんの話を聞いて疑問に思ったことを聞いてみた。いや、別にそれが理由でも良いんだけど……なんとなく、気になった。快斗くんは僕の質問に首を傾げながらも答える。
「ん?違うよ。初めて烏丸と会ったときに自覚したから……うん、その目を見る前日だなぁ」
あっさりと否定して具体的にいつから好きだったのかも教えてくれて気分が向上する。
なんとなくと思いながらもそれでももしも僕の目だけが好きだったら機嫌が悪くなってしまったかも。僕のことを好きと言ってくれただけでも嬉しいのに、なんとも欲が深い……。
僕の謎の質問に不思議そうにしながらも、にこっと笑いながらおでこをくっつけてくる、快斗くんの目と僕の目が交わる。
「改めまして、今後も彼方のこと大事にするからね」
「……うん。僕も快斗くんのこと、大事にする」
「ああ、約束な」
快斗くんは幸せそうに笑う。目の前で僕の大好きな人がこうして嬉しいという感情を隠すこと無く表現してくれる。それはとんでもなく幸せなことだ。快斗くんのおかげ。
その穏やかな僕を包み込んでくれるその海原のような優しさと愛を教えてくれたから、大事にしてくれるってことがどういうことなのか、どれほど嬉しいことなのか、全部教えてくれた。
僕も、その全てを返せるかは分からないけれど、快斗くんを僕なりに大事にしたい。
お互いをお互いに想い合って約束もする。
烏丸くんも、いつか……対等と思えるようなひとに、自分の本当をすべて教えたいと思えるようなひとに出会えたらいいな。
かつて親友だった烏丸高俊という、寂しがり屋で不器用な男の子に、心から純粋にそう願う。たぶん、彼に必要なのは『幸せを運んでくれる青い鳥』じゃなくて『安らげる場所』だったと思う。
僕にしたことはやっぱり許せないけど……それでも、誰よりも幸せを望んでいた彼が、いつかは幸せになってくれますように。僕には何も言ってくれなかったけれど、あまり家族仲が良いとは言えず……僕以外の人たちに対して表面上は笑顔なのにどこか壁を張っている雰囲気があった烏丸くん。
僕にはもう何も出来ないけれど、それでも、願うだけならきっと自由だから。
「そろそろ行こうか」
「うん」
快斗くんに促されるままにその手を取って公園から出た。
この出来事以降、烏丸くんが僕の家に訪れることはなくなった。お母さんは何も言わなかった。
あのあとすぐ正式に僕は今まで自主休学していた高校を辞めて、新しく快斗くんにもらったパンフレットやネットで調べたりして良いなと思う学校を絞っていくつか学校見学をして、一番雰囲気と空気感が合いそうな高校へ編入試験を受けて無事受かった。
これでもう烏丸くんとは隣人以外の接点は消えた。
烏丸くんがどうなっているのかは僕にはもうわからない、烏丸くんの連絡先は一応残してる、もう信じられないけれど……それでもかつて親友だった人を完全に切れるほど情が無くなったわけじゃないんだ。
僕が弱いだけかもしれないけれど『それも彼方の良さだよ』と恋人は受け入れてくれたからそれでもいいかななんて思えちゃうんだから、単純だよね。
「やっぱり似合うねぇ、かわいいかわいい」
「変じゃない?」
「全然!こっちのほうが良いよ!」
本日、ついに編入先の高校へ初登校の日。昨日快斗くんに付き添ってもらって目を隠すべく伸ばしてきた前髪をついに切った。視界が広くて逆に落ち着かない。
新しい学校で校長先生たちと話したときにこの目のことを言えば笑って綺麗だねと言ってくれた。うん、先生も生徒もゆるそうな雰囲気だなと思ったこの高校への僕の評価は間違っていなかった。
快斗くんはパンフレットしか見ていなかったけれど俺的にここ一番良さげ!とおすすめしてくれたのもあって、他よりも少し贔屓目で見てしまったかもと思ったけれどすぐに思い直した。そのやり取りに安心して通えそう、そう思ったのだ。とはいえ、今まで隣りにいた烏丸くんもおらず、引きこもり期間支えてくれて僕の自己肯定をあげてくれた快斗くんもいない。
これからは僕一人。うまく、出来るかな。
「彼方、大丈夫だ!初めてのことに緊張するのはみんな一緒だし失敗しても良いんだよ。俺はどんな彼方のこも大好きだからな」
「……うん、ありがと」
みんな一緒で、失敗しても良いといってくれて少し気が楽になって肩の力を意識して抜いた。
「……よし、行こうか」
「おう、放課後はさゲーセン行こう。制服デートしよ!」
「う、うん」
そっか、同じ学校じゃなくても制服デートというものは出来るのか。僕には無い発想に少し驚きながらも想像してみる、今まで僕だけ私服ということがあって後ろめたさがあった、けれど他校ながら同じように僕たちはブレザーだ、今いっしょに登校するのもなんだか嬉しい、これで放課後ゲーセン行くのは……うん、楽しみ。
「楽しみ、だね」
「うん、おれも」
僕たちは笑い合いながら一緒に駅までの道を行く。ブレザーを身にまとってローファーを履いて、スクールバックをぶら下げて。傍から見ればきっと普通の男子高校生の日常でしかなくて。片方は昨日まで引きこもっていたなんて想像もしないんだろう、どれだけ僕たちにとって今日が特別でも普通の人からすれば平凡な日々。
そんな日々が幸せだと思えるのは今まで普通に生活できなかったような人間なんだろう。僕、のような。
みんなにとってつまらない日常のなかの一日は、僕にとってとても幸せで特別な一日なのが不思議な感じがする。……きっと、これからもずっとそう。快斗くんがいっしょにいる限り僕はずっと幸せ。
まだ快斗くんにも言っていなかったけれど、やっぱり同じ高校に行けなかったのは少し寂しかったから、これからの目標は快斗くんと同じ大学に通えるように出来るよう頑張ることだ。
今日にでも言おうかな、でも快斗くんが進路の話を振ってきたときでもいいかもしれない。
「なにニヤニヤしてんのよ」
「んー?快斗くんとこうして登校できるのは嬉しいなってさ。登校デート」
「……おお、これもデート。うわ、そう言われるとこれからの朝も楽しみになるな!」
二人で頬を赤らめてニヤニヤしている様は奇妙に映ってしまうかもしれなくてもやめることは出来なかった。
――やっと、自由になれた。
ふとそんなことを思った。
まるでずっと喉に噛み付かれて抵抗すら諦めてしまった小鳥が、急に海原が目の前に広がり、なんとか噛み付いてくるそれから逃れて、その大海原へやっとはばたけたような、そんな感覚。……なんて、烏丸くんの影響、受けすぎかな?
「どうしたの?」
「ううん、快斗くんは海みたいな人だなぁって」
「そう?それなら彼方は鳥みたいだよね、なんだか見守りたくなるよ」
「どういうたとえ?」
「うーん……まあ恋人は大事にする主義ってことー」
「なにそれ、それいうなら僕だって……」
なんてことを話しながら駅の中へ。
海のように穏やかで時として激しい彼ととともに僕は生きていきたい。
「……うん」
殻に閉じこもるかのように視覚も聴覚も消してしゃがみこんだ僕を手をペチペチされて緩めるとそう言われてやっと外せる、と同時に完全に脱力してその場に座り込んでしまう。ああ、汚れちゃう、そう思いながらも立てなかった。快斗くんはそれを咎めず同じように地面に座って僕の頭を慰めるようになでてくれた。
「よく言えた、頑張ったな、お疲れ様」
「、うん、うん……」
そして柔らかく褒めてくれた。僕の言ったことは間違っていなかったんだと、安心する。
初めてあんなに言えた。タカ……ううん、烏丸くんに限らず誰かに向かってああやって叫んで自分の意志を言えたの、初めてだ。それなら、ちょっと聞いてみちゃおう。
「快斗くんが、僕を好きになったのは片目が青いから?」
さっきの烏丸くんの話を聞いて疑問に思ったことを聞いてみた。いや、別にそれが理由でも良いんだけど……なんとなく、気になった。快斗くんは僕の質問に首を傾げながらも答える。
「ん?違うよ。初めて烏丸と会ったときに自覚したから……うん、その目を見る前日だなぁ」
あっさりと否定して具体的にいつから好きだったのかも教えてくれて気分が向上する。
なんとなくと思いながらもそれでももしも僕の目だけが好きだったら機嫌が悪くなってしまったかも。僕のことを好きと言ってくれただけでも嬉しいのに、なんとも欲が深い……。
僕の謎の質問に不思議そうにしながらも、にこっと笑いながらおでこをくっつけてくる、快斗くんの目と僕の目が交わる。
「改めまして、今後も彼方のこと大事にするからね」
「……うん。僕も快斗くんのこと、大事にする」
「ああ、約束な」
快斗くんは幸せそうに笑う。目の前で僕の大好きな人がこうして嬉しいという感情を隠すこと無く表現してくれる。それはとんでもなく幸せなことだ。快斗くんのおかげ。
その穏やかな僕を包み込んでくれるその海原のような優しさと愛を教えてくれたから、大事にしてくれるってことがどういうことなのか、どれほど嬉しいことなのか、全部教えてくれた。
僕も、その全てを返せるかは分からないけれど、快斗くんを僕なりに大事にしたい。
お互いをお互いに想い合って約束もする。
烏丸くんも、いつか……対等と思えるようなひとに、自分の本当をすべて教えたいと思えるようなひとに出会えたらいいな。
かつて親友だった烏丸高俊という、寂しがり屋で不器用な男の子に、心から純粋にそう願う。たぶん、彼に必要なのは『幸せを運んでくれる青い鳥』じゃなくて『安らげる場所』だったと思う。
僕にしたことはやっぱり許せないけど……それでも、誰よりも幸せを望んでいた彼が、いつかは幸せになってくれますように。僕には何も言ってくれなかったけれど、あまり家族仲が良いとは言えず……僕以外の人たちに対して表面上は笑顔なのにどこか壁を張っている雰囲気があった烏丸くん。
僕にはもう何も出来ないけれど、それでも、願うだけならきっと自由だから。
「そろそろ行こうか」
「うん」
快斗くんに促されるままにその手を取って公園から出た。
この出来事以降、烏丸くんが僕の家に訪れることはなくなった。お母さんは何も言わなかった。
あのあとすぐ正式に僕は今まで自主休学していた高校を辞めて、新しく快斗くんにもらったパンフレットやネットで調べたりして良いなと思う学校を絞っていくつか学校見学をして、一番雰囲気と空気感が合いそうな高校へ編入試験を受けて無事受かった。
これでもう烏丸くんとは隣人以外の接点は消えた。
烏丸くんがどうなっているのかは僕にはもうわからない、烏丸くんの連絡先は一応残してる、もう信じられないけれど……それでもかつて親友だった人を完全に切れるほど情が無くなったわけじゃないんだ。
僕が弱いだけかもしれないけれど『それも彼方の良さだよ』と恋人は受け入れてくれたからそれでもいいかななんて思えちゃうんだから、単純だよね。
「やっぱり似合うねぇ、かわいいかわいい」
「変じゃない?」
「全然!こっちのほうが良いよ!」
本日、ついに編入先の高校へ初登校の日。昨日快斗くんに付き添ってもらって目を隠すべく伸ばしてきた前髪をついに切った。視界が広くて逆に落ち着かない。
新しい学校で校長先生たちと話したときにこの目のことを言えば笑って綺麗だねと言ってくれた。うん、先生も生徒もゆるそうな雰囲気だなと思ったこの高校への僕の評価は間違っていなかった。
快斗くんはパンフレットしか見ていなかったけれど俺的にここ一番良さげ!とおすすめしてくれたのもあって、他よりも少し贔屓目で見てしまったかもと思ったけれどすぐに思い直した。そのやり取りに安心して通えそう、そう思ったのだ。とはいえ、今まで隣りにいた烏丸くんもおらず、引きこもり期間支えてくれて僕の自己肯定をあげてくれた快斗くんもいない。
これからは僕一人。うまく、出来るかな。
「彼方、大丈夫だ!初めてのことに緊張するのはみんな一緒だし失敗しても良いんだよ。俺はどんな彼方のこも大好きだからな」
「……うん、ありがと」
みんな一緒で、失敗しても良いといってくれて少し気が楽になって肩の力を意識して抜いた。
「……よし、行こうか」
「おう、放課後はさゲーセン行こう。制服デートしよ!」
「う、うん」
そっか、同じ学校じゃなくても制服デートというものは出来るのか。僕には無い発想に少し驚きながらも想像してみる、今まで僕だけ私服ということがあって後ろめたさがあった、けれど他校ながら同じように僕たちはブレザーだ、今いっしょに登校するのもなんだか嬉しい、これで放課後ゲーセン行くのは……うん、楽しみ。
「楽しみ、だね」
「うん、おれも」
僕たちは笑い合いながら一緒に駅までの道を行く。ブレザーを身にまとってローファーを履いて、スクールバックをぶら下げて。傍から見ればきっと普通の男子高校生の日常でしかなくて。片方は昨日まで引きこもっていたなんて想像もしないんだろう、どれだけ僕たちにとって今日が特別でも普通の人からすれば平凡な日々。
そんな日々が幸せだと思えるのは今まで普通に生活できなかったような人間なんだろう。僕、のような。
みんなにとってつまらない日常のなかの一日は、僕にとってとても幸せで特別な一日なのが不思議な感じがする。……きっと、これからもずっとそう。快斗くんがいっしょにいる限り僕はずっと幸せ。
まだ快斗くんにも言っていなかったけれど、やっぱり同じ高校に行けなかったのは少し寂しかったから、これからの目標は快斗くんと同じ大学に通えるように出来るよう頑張ることだ。
今日にでも言おうかな、でも快斗くんが進路の話を振ってきたときでもいいかもしれない。
「なにニヤニヤしてんのよ」
「んー?快斗くんとこうして登校できるのは嬉しいなってさ。登校デート」
「……おお、これもデート。うわ、そう言われるとこれからの朝も楽しみになるな!」
二人で頬を赤らめてニヤニヤしている様は奇妙に映ってしまうかもしれなくてもやめることは出来なかった。
――やっと、自由になれた。
ふとそんなことを思った。
まるでずっと喉に噛み付かれて抵抗すら諦めてしまった小鳥が、急に海原が目の前に広がり、なんとか噛み付いてくるそれから逃れて、その大海原へやっとはばたけたような、そんな感覚。……なんて、烏丸くんの影響、受けすぎかな?
「どうしたの?」
「ううん、快斗くんは海みたいな人だなぁって」
「そう?それなら彼方は鳥みたいだよね、なんだか見守りたくなるよ」
「どういうたとえ?」
「うーん……まあ恋人は大事にする主義ってことー」
「なにそれ、それいうなら僕だって……」
なんてことを話しながら駅の中へ。
海のように穏やかで時として激しい彼ととともに僕は生きていきたい。
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