青い鳥は鷹から逃れ海原に羽ばたく
「あ、こんばんは〜快斗です!彼方なんすけど……あ、はい、その今俺の家にいまして……ちょっと、具合悪くなっちゃって、今日はこのまま泊めようと思うんすけど……はい、あ、もう体調は大丈夫です!ただ落ち着いたら眠っちゃって……ああ、いえいえ!俺は全然!ちょっとはしゃぎすぎて、それで彼方疲れさせちゃったのかな、て…………、アハハッそんなそんな!もう今日も遅いですし、家族も出払ってるんで俺としては寂しくないんでありがたいっすよ。……はい、いえ、突然の電話失礼ました。また遊びに行きたいです!はい、はい、失礼しまーす!
彼方、お泊り許可出たよ〜」
「……ありがと、快斗くん」
落ち着いてお母さんに電話しないと、と呟くと『良かったら俺が代わりにお泊り許可もらったげるよ』と言ってくれたのでお言葉に甘えてスマホを手渡した。
僕では上手く誤魔化せる自信が無かったし快斗くんに任せるという選択は正解だった。
気づけば20時前だったことに焦っていたし、僕だと余計なことまで言ってお母さんをさらに心配させてしまいそうだったから。
あのあと、僕は快斗くんに抱きしめられながらタカにされた一部始終を話した、拙くて何度も泣きそうになる情けない僕の手を握ったり背中を撫でたりと宥めてくれながら快斗くんは静かに話を聞いてくれた。
「怖かったな、まさか友達にそんな暴力的なことをされるなんて、思ってなかったよな」
「……うん」
力で押さえつけられてギラついた目で僕を見て……ああ、思い出すだけで背筋が凍りそう。固くなった身体に気付いて快斗くんが二の腕を摩擦で暖めるように擦ってくれた。
「……あのさ、」
後ろめたそうな暗い声で呼びかけられて、突然落ち込んだ様子を見せる快斗くんが不思議で首を傾げ続きを促す。
「ん?」
「俺結構触れちゃってたりしてるんだけど、大丈夫か?今だけじゃなくて、ほら、その……密着度とか俺のほうが高かったし」
「……快斗くんのは、へいき、いたくない、あったかい」
確かにタカにされたことよりも先に僕は快斗くんに密着され頬にキスされた、密着度合いで言えば確かに快斗くんのほうが高かったけど……拘束は、本当握られる程度の甘やかなもので僕を傷つけたりする意志を感じられなくて、むしろ優しささえ感じる穏やかなものだった、顔を真っ赤にしながら頬にキスされて……思い出すと顔が熱くなってきてどうしていいのかわからなくなってきたのでここで思考を停止させた、なんか恥ずかしい。
「っそ、か。いや、彼方が気にしていないなら、良い、良かった。」
ホッと安堵したような嬉しそうな表情を浮かべながらそう言ってくれる快斗くんにほわ、と胸が暖かくなる、し、心臓がまた煩くなりそうだった。
照れ臭くてお互い目を逸していたけれど、快斗くんが壁掛けの時計を見て「あ、」と声を上げ、
「それより、お母さんに連絡とかしなくて大丈夫か?」
と問われてハッとなって時間を確認するといつの間にか20時前で慌てる僕を見兼ねて電話をかけてくれて許可をもらってくれたのである。
体調自体は悪い訳ではなかったけれど
「精神的負担って案外本人が思っている以上に深く傷ついていることもあるみたいだし、一応消化の良いものにしようなー」
と快斗くんの気遣いからうどんを作ってくれた。
コンビニで晩御飯を買いに行こうといたから、買い物の邪魔しちゃって申し訳無く思う。
だけどあまり快斗くんは謝ってほしくなさそうだから、その分お礼を言うと嬉しそうに笑ってくれた。なんか胸がきゅん、と子犬のような声をあがたような気がした。
お風呂にいれさせてもらって、そのあとはいつもとは違ってゲームをせずぼんやりとテレビを眺めてた。液晶の中では爆笑している人たちがいるけれど、あまり内容を頭に入れることが出来なかったので何が面白いのか理解できずに置いてけぼりを食らっていた、喉が乾いてきたので出してくれた麦茶を口に運ぶ。
「そろそろ寝ようと思うんだけど……彼方、俺と一緒に寝る?」
「ぶっ」
突如そう聞いてくる快斗くんについ吹き出してしまった。
一緒に寝るって!
僕の反応に驚いていた快斗くんだったが自分が言ったことがそういう意味にも聞こえてしまうことに気付いて首と手をブンブンと振って否定する。
「あ、ちがうちがう!し、心配でさ、決して変なことしようって誘ってるわけじゃないからっ!!」
「さそ、」
直接的な言葉に赤面してしまうが、いくら快斗くんが僕に好意を持っているとはいえ、僕の反応は過剰、だったかもしれない。すぐにそういうことをしたがっているそう彼を疑うなんて……。
「……ごめん」
「まあレザーだし、大丈夫。彼方は濡れてないか?」
「平気」
テーブルに置いてある布巾で僕がこぼした麦茶をふく快斗くん。……上下左右に動かしているその太くて少しゴツゴツした男らしい手をつい凝視する。
あの手が、僕の手をきゅっと握ったり擦ったりしてくれたんだ、そう思うと胸が熱くなってきて、息がきゅっと締まる感覚が苦しくなって意識をはずそうと目を逸した。
一緒に寝る、なんて、小学校下級生のときお母さんたちと眠ったとき以来眠って無い。それに快斗くんの部屋のベッドも僕のものと同じように当然一人用だ、二人で寝たら狭いよね。
「僕、こっちで寝るよ。快斗くんを警戒してるとかじゃなくて、ただほら一緒に寝るって狭いから」
「あの……一緒に寝るって、一緒の部屋に寝るか、ていう、その、俺の部屋の床に布団敷くから、一緒の部屋で隣で寝ませんか?という、意味、なんだけど……」
「……」
「…………」
「くっ、殺せ!!」
「お断りします!!」
ここに来てひと悶着が起こったのであった。
勘違いをしてとんでもない恥を晒してつい同人誌の女剣士のような台詞をうっかり素で吐いてしまって、鋏を持とうとするのを食い止められたあと、普通に快斗くんの部屋で一緒に眠ることになった。
「……、」
寝る準備は僕がさきに終えていて先に部屋行っててと促されて扉を開けると、すでに布団は敷かれていた。
「、フー……」
知らず知らずに強張ってしまう身体、緊張を吐き出すように息を吐いて布団の上に座り込んだ。
別に何もない、何ともない、これは友達の家にお泊りしてるだけ、僕と快斗くんは友達だ。少なくとも、今この現在、は。……そもそものはなし、恋とか好きとか僕にはよくわからない、正直未知なのだ。
今まで友達ほしいなのに出来ない、嫌われる、と嘆いてばかりで恋愛に興味を持つどころじゃなかったから。
ゲームの中でよくヒロインが主人公に好意を寄せているのを見る、ハッピーエンドならヒロインとのこれからを期待させる終わり方だったりくっついたりするし、逆にバッドエンドだとどちらかが犠牲、もしくは主人公ヒロイン問わず仲間全員が犠牲になることもある。
でも大体共通にしているのは、ヒロインは主人公を大事にしているところだ。ときに敵だったりすることもあるけれど最終的に優先するのは主人公である場合が多い。僕も献身的なヒロインは可愛いと思うしやっぱり贔屓してしまう、与えてくれるそんな存在を蔑ろには出来ない。
……僕は、どうだろうか。男同士とか友達という観点を取っ払って快斗くんを見ると、どう、見える?
タカにされたことは少しあのときのことを思い出すだけで指先どころか心も含んだ全身が冷えてしまうし、吐き気すら催してくる。特に舌が首を這ったあの感触は忘れたくても忘れられないほどに寒気がして鳥肌も立つ。
けれど快斗くんはどうだろうか、ただ優しさを感じたから抵抗しなかっただけなのだろうか、自分を傷つけたりしないと分かっているから、それに胡座かいているだけ、なのかな。
快斗くんはきっとモテモテだから、きっと彼女も何人かいたことがあるんだろう、あの男らしくて優しい手が女の子に触って、触られたんだろう。
――モヤ。
「?」
あの大きな手が華奢な女の子に触れたことを想像していると何だか嫌な気持ちになった。
胸にモヤが出来たような感覚。綺麗だとは言い難い、どちらか言えば多分うす汚くて暗い感情。別に快斗くんが女の子に触れるなんて普通だ、むしろ日に当たっていないせいで不健康に肌が白くてぐちぐちナヨナヨしていてもどうあっても男の身体でしかない僕に触れるよりも、自然のことだ。そのうちきっと
「やっぱり勘違いだった、このまま友達でいてくれ」
なーんて、言われ……言わ…………。
そう言われる想像をしただけで気分がずんと落ち込んでいくのが分かって上体が崩れて腕の力で支えた。
いや、いやいや、なんだよこれ。別に突き放されているわけじゃない、暴言を吐かれたとか冷たくされたとか、そんな想像していない、ただ一般論を考えてあるべき姿を考えて想像しただけ、なのに。
(……あれ、これって……?)
中学時代にタカに彼女が出来ても良かったね、と思うだけで終わったのに。
なのに、なんだ、この感情。快斗くんには、違う、の?そう、思えない、のか、僕?
「ただいま〜あ、ベッド使っても良いけど、どっちがいい?すきなほう……」
「……快斗くん」
「んーどうした?」
普段ワックスでセットいる髪はぺたりとしていて、いつもよりも幼い雰囲気の快斗くんに胸の鼓動が早くなったのが分かる。そんな彼に手招きをして呼び寄せると素直に前に来てくれる。
目の前に来て胡座をかこうとする快斗くんの肩をぎゅっと掴んだ。
「ちょっとだけ、確認させて」
そう言って脚を掴んで左右に開いてそのあいた隙間に自分の膝を寄せた。
「っ、かな」
――ぎゅうっ。
状況を把握できず僕の名前を呼ぼうとした快斗くんの声は僕も聞こえてはいたけれど、それどころじゃない。
膝立ちになって見下ろすことが可能となった快斗くんが、僕を真っ赤な顔で見上げてられて、さらに身体も顔も熱くなって、確認の意もあったけれど顔を見れなくて見せたくなくて、その肩口に顎を乗せてその背中に両腕を回した。
「っ」
息を詰めた音が聞こえる、けれど合わさった胸からドクドク、と鼓動がダイレクトに響く。きっと僕のも、伝わってしまっているんだろう、恥ずかしいけれどそれと同時にどうしようもない多幸感を覚えてじわりと涙が溜まる。
「さわって」
潤んだ視界をそのままに顔を離してみれば目の前の相手の瞳に自分の顔が映っているのが分かるほどの近くで、そう言った。
直後、快斗くんの瞳に一気に熱が孕む、ギラついた瞳、さっきのタカを連想させて少しだけ不安になったけれど、不思議と怖くはない。心臓が高鳴ったけれど嫌な感じじゃない、ドキドキする、たぶんこれは期待してる。ハァ、吐いた息は自分でも驚くほどの熱が籠もっていた、今はそれに気にする余裕もない。
「彼方」
「……タカに触れられているのと、快斗くんに触れられているのと全然違うとおもう、快斗くんに触れられるのは嬉しい、とおもう」
「っかな、た」
「だから、触って、快斗くんの僕に対する好きと、僕の快斗くんに対する好きが、いっしょかどうか……こたえあわせ、して?」
こつり、僕の額をそのシャープな顎に合わせた。
「〜〜っ!!」
「わっ、」
声にならない呻きが聞こえたかと思えば、突然力強く抱きしめられた、と思ったらそのまま快斗くんは自分の上体を勢いよく布団へと倒れ込ませた、その腕の中に取られた僕は熱く拘束されたままに快斗くんの胸の上に乗る形になった、突然の浮遊感に驚いて両手は布団に突いた。
背中の拘束が緩んで自分の上体を持ち上げられるところまで持ち上げると寝転ぶ快斗くんが僕を僕を見上げていた。
捕まったのは僕なのに、僕が押し倒しているかのような体勢にドキドキした。
背中に回っていた腕は片方は腰へ、もう片方は後頭部へ向かって強い力で固定される。
僕を見上げる快斗くんは全力疾走した人のように荒く呼吸しながら、興奮と気遣いの目で僕を見ていて、ぞくぞくした。寒気ではない、不安と期待が入り混じった高揚感からくるものだった。
「ハァ、ハァ……!布団の上で抱きしめられてそんなこと言われて、ほんとに、止まれないかも、しれないっ、優しく出来ないかもしれない、やめてって言われてもやめられないかもしれないっ!それでも、いいの、?」
「っうん、うん、いい、よ……さわ、てっ。っ、ふ!」
快斗くんの問いに何度も首を縦に振って触ってと告げれば言い終わらないうちにぐいと後頭部にあった手が僕を押してくるのを抗うことなくされるがままになる。
快斗くんの顔より少し上のほうに引き寄せられ、首筋に息が当たってくすぐったさに身をよじろうとした、瞬間だった。
ざらりとした感触が伝わってきたのは。
「っひぁ!?」
予想していなかった刺激に驚いて変な声が出た。
首筋を舐められたのだと知る。ちょうどタカに舐められたところ、快斗くんも知っているところ。れろれろ、とゆっくりとした動きで、まるで傷を癒やそうとする動物ように舐めてくる、舐められるまでされると思っていなかった僕は予期せぬ出来事に身体を捩って逃れようとするけれど。
「かなた」
「っ!あ、ひぅあっ!」
熱を帯びた低い声が僕の名前を呼ぶのが聞こえてきて、ビクっと身体が震えてしまう、力が入らなくなる。
たまったものじゃない、舐められて今までにないほどの愛おしさを込めた低い声で名前を呼ばれて、上に乗っているのは僕のはずなのに後頭部と腰に回った腕が僕を逃してくれない、起き上がることもままならない。
「う、うあ?ぁ、あ……あぁっ」
れり、ちゅう、時折舐めるだけではなく小さく吸うような音まで聞こえてくる、変な声をあげてしまい力が入らなくなって震えてくる僕の身体を宥めるように熱い手が撫でてくる感覚が、さらに僕を追い詰める。
下にいる快斗くんに体重がかからないようシーツの上で踏ん張っていた両手も最早意味がない、ただシーツをきゅっと握るしか出来ない。
骨のない生き物にでもなかったかのように力ない身体を下の快斗くんにすべてを預けてしまう。
この体勢が苦しくなってきた僕に気付いたのか、首を舐めるのと身体を撫でるのを漸くやめてくるりと横たえさせられる。はぁ、はぁ、と呼吸を取り込みながら隣に寝転んでいる快斗くんと目が合う。
今一緒の布団で見つめ合いながら寝転んでいる、手を伸ばせば届く距離、僕を見つめる快斗くんはやっぱり熱を持ちながら、でも優しかった。
「かなた、好きだ、やばい、すき、すごい好き。」
僕の長い前髪にその手を絡ませながら、そう真っ直ぐに告白されて、ぎゅんッ!と胸が熱くなって高鳴って、苦しくなって、でもそれ以上に、幸せと思った。
(ああ、そうか、これが……)
答えを見つけた。
その好きに返す言葉を、正しく返せる答えを告げようと力が入らない震える唇を何とか動かした。今言わないと。今この瞬間に返したくて、この溢れる想いが零れ落ちてしまいそうなのが怖くて。
「はぁッ、んぃ……あ、ぼく、も」
「っ?」
「僕も、好きだ、快斗くん、すき」
涙が勝手に溢れて目尻を濡らすのも構わず、熱くて優しい大きな手を握って自然と笑みすら浮かべてそう言った。
多分、もっと前から好きだった。
いつからなのかはもうわからないけれど少なくとも、タカに距離置けって言われるときには、もう。
いつもはタカにそう言われたら諦めていたのに、快斗くんだけは諦められなかったのは友情だけじゃなかったんだ。
これが、好き、というものなんだ。さっき他の子に触れる想像しただけでモヤモヤしたもきっとヤキモチだった、そうだったんだ。
ああ、輝いて見える。快斗くんのおかげで、僕の目に入るもの全てが、今までくすんでぼやけていたのが、今は色鮮やかに世界を映している。
好きな人に好きと言ってもらえたから、好きな人に触れられていたからあんなに幸せだと思えたんだ!すべての辻褄が合う。
「そう、か、そっか!うわ、うれし、え、ほんと、夢じゃ」
「無いよ、ほら」
「っ」
信じられない様子の快斗くんの手をそっと掴んで僕の胸に押し当てる。
ドクドク、と高鳴る心臓の音、僕が快斗くんにしてもらった納得したように、きっとこれで納得してくれる、よね?
いくら友達でもあんなことされてこんなふうにならない、さっきまで気づけなかった僕だけど今はしかと分かる。
「そっか、うん、そうだな、嬉しいよ彼方」
「うん、うん、快斗くん」
赤い顔潤んだ目で見つめ合って笑い合う、恥ずかしいけれど嬉しくて、もっと繋がっていたくて。
「なあ、彼方その……キス、してもいい?ここに」
「う、ん」
だから、唇を撫でられ微笑みながらも抑えきれない情に余裕の無さそうな表情でそう聞く快斗くんに、考えるよりも先に頷いた。
「する、よ」
「……ん」
クン、と近づいてきた快斗くんの顔に目を閉じて僕も少し近づけた。
目を閉じると当たり前だけど目の前は真っ暗になって何も見えなくなる、だけど視覚が閉ざされたことで聴覚と触感が敏感になる。
布が擦れる音、近づいてくる気配、ごくり息と唾液を飲み込む音、無意識に自分の唇を舌先で舐めるだけでも過敏になる、そして。
ふに。
唇に柔らかくて暖かい感触が伝わってきた。頬にも同じように当てられたときよりもさらに熱い気がするのは唇同士で触れ合っているせいか、気持ちいい、ただ軽く押し当てられているだけで気持ちよくてじわりと涙が勝手に溜まる、触れている感触がそっと離れる、快斗くんがどんな表情を浮かべているのか気になって薄く目を開くと、ギラギラしながらもうっとりとした瞳と近くで目が合って、普段健全にゲームしているときや雑談しているとき笑い合っているときには見ることのない情欲が抑えきれていないギラついた瞳、恐怖を感じるよりもさきにたまらない気持ちになって、何も考えられずにハアッ内側に溜まった熱を吐き出して、快斗くんの顔を見ながら近づいた。
むにり、再び合わさる唇。快斗くんにされたよりももっと深く口づけた。
僕の行動が予想外だったらしく目を見開いていたけれど、僕がもっともっと近く深く合わせたくてぐいぐいと顔を近づけるのを辞めずにいると、目の前の瞳が細められとろり溶けた、その瞬間。
「かな、た、ん、ん、」
「あっ、はっ、んぅっ……はぁ、ん。んん、」
両頬をそっと大きな手で包まれてしばらく深く合わさっては息継ぎのためだけに離れる、離れるたびに響くちゅ、ちゅう、と可愛らしい音が恥ずかしくて顔が赤くなるけれどそれでもキスを辞めたくなくて、向かい合って寝転ぶ快斗くんの胸元と肩をそれぞれぎゅうっと握りしめて甘受する。
唇の合わせ、口の端、上唇、下唇、満遍なく唇が絶えずされ続ける。吸われる感覚に腰辺りがピリピリ痺れ、ぬくもりが離れていく感覚が切なくて胸がキュンと苦しくなる。
やめないで、もっと、して。
「ふぁ、あ、」
「ハァ……かわいい、すき、彼方、だいすき」
「ん、うん、ぼくも、す、き……。」
ぼやける視界のなか快斗くんが嬉しそうに僕に好きと言ってくれる、少しでもその想いに答えたくて一生懸命好きを伝える。
宥めるように僕の瞼にちゅ、と両方に愛おしそうに唇を落とされて。
多幸感にどうかしてしまいそうになりながらも嬉しくて自然と快斗くんに微笑んだ、その瞬間。
「あっ!?え、まじ、え、!」
「かいと、くん、……!?」
焦った声とともにたらり、快斗くんの顔から突然赤い液体が出て、驚いて上体を起こし目の前の快斗くんがどこか怪我したのかと焦って僕が顔横に手を付き快斗くんを覗き込む。
「っ、やめて、見ないで……」
片方の手は鼻のところを庇うように、もう片方は目を覆い隠して何かを見られたくないものがあるかのように顔を隠す快斗くん、だけど隠し切る寸前、僕は見てしまった。
「……鼻血……」
「うあああ、言わないでくれっ!!」
赤い液体は確かに血、だったけれど出血箇所が鼻の下から流れていて……間違いなく鼻血、だった。思ったままを口に出すとさっきとは違って羞恥から来る赤面が手の隙間から見せながら叫ばれてしまう。突然の鼻血に僕も驚きながらも目の前で狼狽えている快斗くんを見て逆に冷静になってとりあえず止血しないと、と快斗くんの机の上にある箱ティッシュを掴んだ。
「うう、」
そう呻きながら布団のなかでこんもりと芋虫状態となってしまったのは快斗くん。
女の子が放っておかないであろう格好いい顔の中心の形の良い鼻の穴には細く捻ったティッシュが詰められている、それを見られたくないのと鼻血を出してしまった自分を恥じているみたいである。本当は冷やしたほうがいいので布団の中に引きこもらずにいたほうが良いと思うけれど、そこは飲み込むことにする。
「……僕、気にしてないよ」
「彼方は……優しいね、でも、おれ、は、好きな子の前で……しかもキス中に、鼻血って……!!」
鼻にティッシュが詰められているせいで少し変な声になっている快斗くん、中のことは見えないけれどもぞもぞと布団芋虫が動いているので先程の羞恥を思い出して悶ていると思われる。
本当に気にしてないんだけどなぁ……。どうしたものか、と思案していると。
「おれ、こんなふうになったことないのに……あ”ーちょっと可愛い顔見ただけで、こうなるなんて……」
ぶつくさと文句を言っている快斗くん、その中で聞き捨てならないことが聞こえた。
「……強硬手段、いっきまーす」
「え?、!?ちょっ彼方!」
「お邪魔します」
「お構いできませんが……じゃないってっ!」
盛り上がっている布団を見続けるのも飽きたので下からもぞもぞと侵入する。
いつまでも出てこないのなら僕から行くだけなのですよ。
足首、脚、股ぐら、胸元、通り過ぎてやっと首筋、そして顔にたどり着いた。
「ちょ、今見られる顔じゃ……」
「だから良いの」
端正な顔立ちに鼻の穴にささる白いティッシュに少し気が抜けてしまう、だけどもし他の人達が馬鹿にして笑われても僕には愛おしさしか感じない。
「僕が相手のときだけこうなったなんて聞いたらさ、見たくなっちゃうじゃん。あともっと好きになった、キスする前よりも、もっともっと」
少しだけ落ち込んでた、僕以外にも経験があるのであろう快斗くんに。快斗くんとキスした知らない女の子たちが羨ましかった。
だから、こうして初めて鼻血まで出すほど興奮してくれたのが嬉しい。僕のことを、本当に好きなんだって、さらに実感できる。快斗くんは恥ずかしがっているけど、僕には愛おしさが破裂しそうな勢い。布団の中の暗がりでも分かるほど赤い頬をゆるりと撫でる。
「彼方のツボ、わっかんね、だって普通ドン引きものよ?フラれる理由に絶対入るわ、こんなの」
「普通なんてどうでもいいし、男同士って地点でもう普通じゃないじゃない」
「……あーそれもそうか、そうだな」
多少男同士の恋愛が受け入れられるようになってきたこのご時世だけど、まだまだマイノリティー。しかも学生という狭い世界では迫害される可能性は高い。快斗くんは僕と違って学校にちゃんと行ってる人だからそれは分かっていると思う。
それでも、快斗くんは僕に告白したし、僕も快斗くんの告白を受け入れた。
既に普通から外れている、特に僕は引きこもりだから、一般的な普通から逸脱してしまっている。
僕はもう普通にならなくてもいいかな、と思ってしまうけれど。
せめて、快斗くんの隣に胸張っていられるようにはなりたいから、だから、頑張るね。
すでに普通じゃないのに普通に拘るのが、なんだかおかしくなって二人でクスクスと笑い合う。
狭い布団の中で笑い合う僕たち、まるで、ここが二人の世界みたいだね。なんて思ったままを言ってみたら
「くせー!」
とさらに笑われてしまったけれど快斗くんはなんだか嬉しそうだったから、良いよね。
彼方、お泊り許可出たよ〜」
「……ありがと、快斗くん」
落ち着いてお母さんに電話しないと、と呟くと『良かったら俺が代わりにお泊り許可もらったげるよ』と言ってくれたのでお言葉に甘えてスマホを手渡した。
僕では上手く誤魔化せる自信が無かったし快斗くんに任せるという選択は正解だった。
気づけば20時前だったことに焦っていたし、僕だと余計なことまで言ってお母さんをさらに心配させてしまいそうだったから。
あのあと、僕は快斗くんに抱きしめられながらタカにされた一部始終を話した、拙くて何度も泣きそうになる情けない僕の手を握ったり背中を撫でたりと宥めてくれながら快斗くんは静かに話を聞いてくれた。
「怖かったな、まさか友達にそんな暴力的なことをされるなんて、思ってなかったよな」
「……うん」
力で押さえつけられてギラついた目で僕を見て……ああ、思い出すだけで背筋が凍りそう。固くなった身体に気付いて快斗くんが二の腕を摩擦で暖めるように擦ってくれた。
「……あのさ、」
後ろめたそうな暗い声で呼びかけられて、突然落ち込んだ様子を見せる快斗くんが不思議で首を傾げ続きを促す。
「ん?」
「俺結構触れちゃってたりしてるんだけど、大丈夫か?今だけじゃなくて、ほら、その……密着度とか俺のほうが高かったし」
「……快斗くんのは、へいき、いたくない、あったかい」
確かにタカにされたことよりも先に僕は快斗くんに密着され頬にキスされた、密着度合いで言えば確かに快斗くんのほうが高かったけど……拘束は、本当握られる程度の甘やかなもので僕を傷つけたりする意志を感じられなくて、むしろ優しささえ感じる穏やかなものだった、顔を真っ赤にしながら頬にキスされて……思い出すと顔が熱くなってきてどうしていいのかわからなくなってきたのでここで思考を停止させた、なんか恥ずかしい。
「っそ、か。いや、彼方が気にしていないなら、良い、良かった。」
ホッと安堵したような嬉しそうな表情を浮かべながらそう言ってくれる快斗くんにほわ、と胸が暖かくなる、し、心臓がまた煩くなりそうだった。
照れ臭くてお互い目を逸していたけれど、快斗くんが壁掛けの時計を見て「あ、」と声を上げ、
「それより、お母さんに連絡とかしなくて大丈夫か?」
と問われてハッとなって時間を確認するといつの間にか20時前で慌てる僕を見兼ねて電話をかけてくれて許可をもらってくれたのである。
体調自体は悪い訳ではなかったけれど
「精神的負担って案外本人が思っている以上に深く傷ついていることもあるみたいだし、一応消化の良いものにしようなー」
と快斗くんの気遣いからうどんを作ってくれた。
コンビニで晩御飯を買いに行こうといたから、買い物の邪魔しちゃって申し訳無く思う。
だけどあまり快斗くんは謝ってほしくなさそうだから、その分お礼を言うと嬉しそうに笑ってくれた。なんか胸がきゅん、と子犬のような声をあがたような気がした。
お風呂にいれさせてもらって、そのあとはいつもとは違ってゲームをせずぼんやりとテレビを眺めてた。液晶の中では爆笑している人たちがいるけれど、あまり内容を頭に入れることが出来なかったので何が面白いのか理解できずに置いてけぼりを食らっていた、喉が乾いてきたので出してくれた麦茶を口に運ぶ。
「そろそろ寝ようと思うんだけど……彼方、俺と一緒に寝る?」
「ぶっ」
突如そう聞いてくる快斗くんについ吹き出してしまった。
一緒に寝るって!
僕の反応に驚いていた快斗くんだったが自分が言ったことがそういう意味にも聞こえてしまうことに気付いて首と手をブンブンと振って否定する。
「あ、ちがうちがう!し、心配でさ、決して変なことしようって誘ってるわけじゃないからっ!!」
「さそ、」
直接的な言葉に赤面してしまうが、いくら快斗くんが僕に好意を持っているとはいえ、僕の反応は過剰、だったかもしれない。すぐにそういうことをしたがっているそう彼を疑うなんて……。
「……ごめん」
「まあレザーだし、大丈夫。彼方は濡れてないか?」
「平気」
テーブルに置いてある布巾で僕がこぼした麦茶をふく快斗くん。……上下左右に動かしているその太くて少しゴツゴツした男らしい手をつい凝視する。
あの手が、僕の手をきゅっと握ったり擦ったりしてくれたんだ、そう思うと胸が熱くなってきて、息がきゅっと締まる感覚が苦しくなって意識をはずそうと目を逸した。
一緒に寝る、なんて、小学校下級生のときお母さんたちと眠ったとき以来眠って無い。それに快斗くんの部屋のベッドも僕のものと同じように当然一人用だ、二人で寝たら狭いよね。
「僕、こっちで寝るよ。快斗くんを警戒してるとかじゃなくて、ただほら一緒に寝るって狭いから」
「あの……一緒に寝るって、一緒の部屋に寝るか、ていう、その、俺の部屋の床に布団敷くから、一緒の部屋で隣で寝ませんか?という、意味、なんだけど……」
「……」
「…………」
「くっ、殺せ!!」
「お断りします!!」
ここに来てひと悶着が起こったのであった。
勘違いをしてとんでもない恥を晒してつい同人誌の女剣士のような台詞をうっかり素で吐いてしまって、鋏を持とうとするのを食い止められたあと、普通に快斗くんの部屋で一緒に眠ることになった。
「……、」
寝る準備は僕がさきに終えていて先に部屋行っててと促されて扉を開けると、すでに布団は敷かれていた。
「、フー……」
知らず知らずに強張ってしまう身体、緊張を吐き出すように息を吐いて布団の上に座り込んだ。
別に何もない、何ともない、これは友達の家にお泊りしてるだけ、僕と快斗くんは友達だ。少なくとも、今この現在、は。……そもそものはなし、恋とか好きとか僕にはよくわからない、正直未知なのだ。
今まで友達ほしいなのに出来ない、嫌われる、と嘆いてばかりで恋愛に興味を持つどころじゃなかったから。
ゲームの中でよくヒロインが主人公に好意を寄せているのを見る、ハッピーエンドならヒロインとのこれからを期待させる終わり方だったりくっついたりするし、逆にバッドエンドだとどちらかが犠牲、もしくは主人公ヒロイン問わず仲間全員が犠牲になることもある。
でも大体共通にしているのは、ヒロインは主人公を大事にしているところだ。ときに敵だったりすることもあるけれど最終的に優先するのは主人公である場合が多い。僕も献身的なヒロインは可愛いと思うしやっぱり贔屓してしまう、与えてくれるそんな存在を蔑ろには出来ない。
……僕は、どうだろうか。男同士とか友達という観点を取っ払って快斗くんを見ると、どう、見える?
タカにされたことは少しあのときのことを思い出すだけで指先どころか心も含んだ全身が冷えてしまうし、吐き気すら催してくる。特に舌が首を這ったあの感触は忘れたくても忘れられないほどに寒気がして鳥肌も立つ。
けれど快斗くんはどうだろうか、ただ優しさを感じたから抵抗しなかっただけなのだろうか、自分を傷つけたりしないと分かっているから、それに胡座かいているだけ、なのかな。
快斗くんはきっとモテモテだから、きっと彼女も何人かいたことがあるんだろう、あの男らしくて優しい手が女の子に触って、触られたんだろう。
――モヤ。
「?」
あの大きな手が華奢な女の子に触れたことを想像していると何だか嫌な気持ちになった。
胸にモヤが出来たような感覚。綺麗だとは言い難い、どちらか言えば多分うす汚くて暗い感情。別に快斗くんが女の子に触れるなんて普通だ、むしろ日に当たっていないせいで不健康に肌が白くてぐちぐちナヨナヨしていてもどうあっても男の身体でしかない僕に触れるよりも、自然のことだ。そのうちきっと
「やっぱり勘違いだった、このまま友達でいてくれ」
なーんて、言われ……言わ…………。
そう言われる想像をしただけで気分がずんと落ち込んでいくのが分かって上体が崩れて腕の力で支えた。
いや、いやいや、なんだよこれ。別に突き放されているわけじゃない、暴言を吐かれたとか冷たくされたとか、そんな想像していない、ただ一般論を考えてあるべき姿を考えて想像しただけ、なのに。
(……あれ、これって……?)
中学時代にタカに彼女が出来ても良かったね、と思うだけで終わったのに。
なのに、なんだ、この感情。快斗くんには、違う、の?そう、思えない、のか、僕?
「ただいま〜あ、ベッド使っても良いけど、どっちがいい?すきなほう……」
「……快斗くん」
「んーどうした?」
普段ワックスでセットいる髪はぺたりとしていて、いつもよりも幼い雰囲気の快斗くんに胸の鼓動が早くなったのが分かる。そんな彼に手招きをして呼び寄せると素直に前に来てくれる。
目の前に来て胡座をかこうとする快斗くんの肩をぎゅっと掴んだ。
「ちょっとだけ、確認させて」
そう言って脚を掴んで左右に開いてそのあいた隙間に自分の膝を寄せた。
「っ、かな」
――ぎゅうっ。
状況を把握できず僕の名前を呼ぼうとした快斗くんの声は僕も聞こえてはいたけれど、それどころじゃない。
膝立ちになって見下ろすことが可能となった快斗くんが、僕を真っ赤な顔で見上げてられて、さらに身体も顔も熱くなって、確認の意もあったけれど顔を見れなくて見せたくなくて、その肩口に顎を乗せてその背中に両腕を回した。
「っ」
息を詰めた音が聞こえる、けれど合わさった胸からドクドク、と鼓動がダイレクトに響く。きっと僕のも、伝わってしまっているんだろう、恥ずかしいけれどそれと同時にどうしようもない多幸感を覚えてじわりと涙が溜まる。
「さわって」
潤んだ視界をそのままに顔を離してみれば目の前の相手の瞳に自分の顔が映っているのが分かるほどの近くで、そう言った。
直後、快斗くんの瞳に一気に熱が孕む、ギラついた瞳、さっきのタカを連想させて少しだけ不安になったけれど、不思議と怖くはない。心臓が高鳴ったけれど嫌な感じじゃない、ドキドキする、たぶんこれは期待してる。ハァ、吐いた息は自分でも驚くほどの熱が籠もっていた、今はそれに気にする余裕もない。
「彼方」
「……タカに触れられているのと、快斗くんに触れられているのと全然違うとおもう、快斗くんに触れられるのは嬉しい、とおもう」
「っかな、た」
「だから、触って、快斗くんの僕に対する好きと、僕の快斗くんに対する好きが、いっしょかどうか……こたえあわせ、して?」
こつり、僕の額をそのシャープな顎に合わせた。
「〜〜っ!!」
「わっ、」
声にならない呻きが聞こえたかと思えば、突然力強く抱きしめられた、と思ったらそのまま快斗くんは自分の上体を勢いよく布団へと倒れ込ませた、その腕の中に取られた僕は熱く拘束されたままに快斗くんの胸の上に乗る形になった、突然の浮遊感に驚いて両手は布団に突いた。
背中の拘束が緩んで自分の上体を持ち上げられるところまで持ち上げると寝転ぶ快斗くんが僕を僕を見上げていた。
捕まったのは僕なのに、僕が押し倒しているかのような体勢にドキドキした。
背中に回っていた腕は片方は腰へ、もう片方は後頭部へ向かって強い力で固定される。
僕を見上げる快斗くんは全力疾走した人のように荒く呼吸しながら、興奮と気遣いの目で僕を見ていて、ぞくぞくした。寒気ではない、不安と期待が入り混じった高揚感からくるものだった。
「ハァ、ハァ……!布団の上で抱きしめられてそんなこと言われて、ほんとに、止まれないかも、しれないっ、優しく出来ないかもしれない、やめてって言われてもやめられないかもしれないっ!それでも、いいの、?」
「っうん、うん、いい、よ……さわ、てっ。っ、ふ!」
快斗くんの問いに何度も首を縦に振って触ってと告げれば言い終わらないうちにぐいと後頭部にあった手が僕を押してくるのを抗うことなくされるがままになる。
快斗くんの顔より少し上のほうに引き寄せられ、首筋に息が当たってくすぐったさに身をよじろうとした、瞬間だった。
ざらりとした感触が伝わってきたのは。
「っひぁ!?」
予想していなかった刺激に驚いて変な声が出た。
首筋を舐められたのだと知る。ちょうどタカに舐められたところ、快斗くんも知っているところ。れろれろ、とゆっくりとした動きで、まるで傷を癒やそうとする動物ように舐めてくる、舐められるまでされると思っていなかった僕は予期せぬ出来事に身体を捩って逃れようとするけれど。
「かなた」
「っ!あ、ひぅあっ!」
熱を帯びた低い声が僕の名前を呼ぶのが聞こえてきて、ビクっと身体が震えてしまう、力が入らなくなる。
たまったものじゃない、舐められて今までにないほどの愛おしさを込めた低い声で名前を呼ばれて、上に乗っているのは僕のはずなのに後頭部と腰に回った腕が僕を逃してくれない、起き上がることもままならない。
「う、うあ?ぁ、あ……あぁっ」
れり、ちゅう、時折舐めるだけではなく小さく吸うような音まで聞こえてくる、変な声をあげてしまい力が入らなくなって震えてくる僕の身体を宥めるように熱い手が撫でてくる感覚が、さらに僕を追い詰める。
下にいる快斗くんに体重がかからないようシーツの上で踏ん張っていた両手も最早意味がない、ただシーツをきゅっと握るしか出来ない。
骨のない生き物にでもなかったかのように力ない身体を下の快斗くんにすべてを預けてしまう。
この体勢が苦しくなってきた僕に気付いたのか、首を舐めるのと身体を撫でるのを漸くやめてくるりと横たえさせられる。はぁ、はぁ、と呼吸を取り込みながら隣に寝転んでいる快斗くんと目が合う。
今一緒の布団で見つめ合いながら寝転んでいる、手を伸ばせば届く距離、僕を見つめる快斗くんはやっぱり熱を持ちながら、でも優しかった。
「かなた、好きだ、やばい、すき、すごい好き。」
僕の長い前髪にその手を絡ませながら、そう真っ直ぐに告白されて、ぎゅんッ!と胸が熱くなって高鳴って、苦しくなって、でもそれ以上に、幸せと思った。
(ああ、そうか、これが……)
答えを見つけた。
その好きに返す言葉を、正しく返せる答えを告げようと力が入らない震える唇を何とか動かした。今言わないと。今この瞬間に返したくて、この溢れる想いが零れ落ちてしまいそうなのが怖くて。
「はぁッ、んぃ……あ、ぼく、も」
「っ?」
「僕も、好きだ、快斗くん、すき」
涙が勝手に溢れて目尻を濡らすのも構わず、熱くて優しい大きな手を握って自然と笑みすら浮かべてそう言った。
多分、もっと前から好きだった。
いつからなのかはもうわからないけれど少なくとも、タカに距離置けって言われるときには、もう。
いつもはタカにそう言われたら諦めていたのに、快斗くんだけは諦められなかったのは友情だけじゃなかったんだ。
これが、好き、というものなんだ。さっき他の子に触れる想像しただけでモヤモヤしたもきっとヤキモチだった、そうだったんだ。
ああ、輝いて見える。快斗くんのおかげで、僕の目に入るもの全てが、今までくすんでぼやけていたのが、今は色鮮やかに世界を映している。
好きな人に好きと言ってもらえたから、好きな人に触れられていたからあんなに幸せだと思えたんだ!すべての辻褄が合う。
「そう、か、そっか!うわ、うれし、え、ほんと、夢じゃ」
「無いよ、ほら」
「っ」
信じられない様子の快斗くんの手をそっと掴んで僕の胸に押し当てる。
ドクドク、と高鳴る心臓の音、僕が快斗くんにしてもらった納得したように、きっとこれで納得してくれる、よね?
いくら友達でもあんなことされてこんなふうにならない、さっきまで気づけなかった僕だけど今はしかと分かる。
「そっか、うん、そうだな、嬉しいよ彼方」
「うん、うん、快斗くん」
赤い顔潤んだ目で見つめ合って笑い合う、恥ずかしいけれど嬉しくて、もっと繋がっていたくて。
「なあ、彼方その……キス、してもいい?ここに」
「う、ん」
だから、唇を撫でられ微笑みながらも抑えきれない情に余裕の無さそうな表情でそう聞く快斗くんに、考えるよりも先に頷いた。
「する、よ」
「……ん」
クン、と近づいてきた快斗くんの顔に目を閉じて僕も少し近づけた。
目を閉じると当たり前だけど目の前は真っ暗になって何も見えなくなる、だけど視覚が閉ざされたことで聴覚と触感が敏感になる。
布が擦れる音、近づいてくる気配、ごくり息と唾液を飲み込む音、無意識に自分の唇を舌先で舐めるだけでも過敏になる、そして。
ふに。
唇に柔らかくて暖かい感触が伝わってきた。頬にも同じように当てられたときよりもさらに熱い気がするのは唇同士で触れ合っているせいか、気持ちいい、ただ軽く押し当てられているだけで気持ちよくてじわりと涙が勝手に溜まる、触れている感触がそっと離れる、快斗くんがどんな表情を浮かべているのか気になって薄く目を開くと、ギラギラしながらもうっとりとした瞳と近くで目が合って、普段健全にゲームしているときや雑談しているとき笑い合っているときには見ることのない情欲が抑えきれていないギラついた瞳、恐怖を感じるよりもさきにたまらない気持ちになって、何も考えられずにハアッ内側に溜まった熱を吐き出して、快斗くんの顔を見ながら近づいた。
むにり、再び合わさる唇。快斗くんにされたよりももっと深く口づけた。
僕の行動が予想外だったらしく目を見開いていたけれど、僕がもっともっと近く深く合わせたくてぐいぐいと顔を近づけるのを辞めずにいると、目の前の瞳が細められとろり溶けた、その瞬間。
「かな、た、ん、ん、」
「あっ、はっ、んぅっ……はぁ、ん。んん、」
両頬をそっと大きな手で包まれてしばらく深く合わさっては息継ぎのためだけに離れる、離れるたびに響くちゅ、ちゅう、と可愛らしい音が恥ずかしくて顔が赤くなるけれどそれでもキスを辞めたくなくて、向かい合って寝転ぶ快斗くんの胸元と肩をそれぞれぎゅうっと握りしめて甘受する。
唇の合わせ、口の端、上唇、下唇、満遍なく唇が絶えずされ続ける。吸われる感覚に腰辺りがピリピリ痺れ、ぬくもりが離れていく感覚が切なくて胸がキュンと苦しくなる。
やめないで、もっと、して。
「ふぁ、あ、」
「ハァ……かわいい、すき、彼方、だいすき」
「ん、うん、ぼくも、す、き……。」
ぼやける視界のなか快斗くんが嬉しそうに僕に好きと言ってくれる、少しでもその想いに答えたくて一生懸命好きを伝える。
宥めるように僕の瞼にちゅ、と両方に愛おしそうに唇を落とされて。
多幸感にどうかしてしまいそうになりながらも嬉しくて自然と快斗くんに微笑んだ、その瞬間。
「あっ!?え、まじ、え、!」
「かいと、くん、……!?」
焦った声とともにたらり、快斗くんの顔から突然赤い液体が出て、驚いて上体を起こし目の前の快斗くんがどこか怪我したのかと焦って僕が顔横に手を付き快斗くんを覗き込む。
「っ、やめて、見ないで……」
片方の手は鼻のところを庇うように、もう片方は目を覆い隠して何かを見られたくないものがあるかのように顔を隠す快斗くん、だけど隠し切る寸前、僕は見てしまった。
「……鼻血……」
「うあああ、言わないでくれっ!!」
赤い液体は確かに血、だったけれど出血箇所が鼻の下から流れていて……間違いなく鼻血、だった。思ったままを口に出すとさっきとは違って羞恥から来る赤面が手の隙間から見せながら叫ばれてしまう。突然の鼻血に僕も驚きながらも目の前で狼狽えている快斗くんを見て逆に冷静になってとりあえず止血しないと、と快斗くんの机の上にある箱ティッシュを掴んだ。
「うう、」
そう呻きながら布団のなかでこんもりと芋虫状態となってしまったのは快斗くん。
女の子が放っておかないであろう格好いい顔の中心の形の良い鼻の穴には細く捻ったティッシュが詰められている、それを見られたくないのと鼻血を出してしまった自分を恥じているみたいである。本当は冷やしたほうがいいので布団の中に引きこもらずにいたほうが良いと思うけれど、そこは飲み込むことにする。
「……僕、気にしてないよ」
「彼方は……優しいね、でも、おれ、は、好きな子の前で……しかもキス中に、鼻血って……!!」
鼻にティッシュが詰められているせいで少し変な声になっている快斗くん、中のことは見えないけれどもぞもぞと布団芋虫が動いているので先程の羞恥を思い出して悶ていると思われる。
本当に気にしてないんだけどなぁ……。どうしたものか、と思案していると。
「おれ、こんなふうになったことないのに……あ”ーちょっと可愛い顔見ただけで、こうなるなんて……」
ぶつくさと文句を言っている快斗くん、その中で聞き捨てならないことが聞こえた。
「……強硬手段、いっきまーす」
「え?、!?ちょっ彼方!」
「お邪魔します」
「お構いできませんが……じゃないってっ!」
盛り上がっている布団を見続けるのも飽きたので下からもぞもぞと侵入する。
いつまでも出てこないのなら僕から行くだけなのですよ。
足首、脚、股ぐら、胸元、通り過ぎてやっと首筋、そして顔にたどり着いた。
「ちょ、今見られる顔じゃ……」
「だから良いの」
端正な顔立ちに鼻の穴にささる白いティッシュに少し気が抜けてしまう、だけどもし他の人達が馬鹿にして笑われても僕には愛おしさしか感じない。
「僕が相手のときだけこうなったなんて聞いたらさ、見たくなっちゃうじゃん。あともっと好きになった、キスする前よりも、もっともっと」
少しだけ落ち込んでた、僕以外にも経験があるのであろう快斗くんに。快斗くんとキスした知らない女の子たちが羨ましかった。
だから、こうして初めて鼻血まで出すほど興奮してくれたのが嬉しい。僕のことを、本当に好きなんだって、さらに実感できる。快斗くんは恥ずかしがっているけど、僕には愛おしさが破裂しそうな勢い。布団の中の暗がりでも分かるほど赤い頬をゆるりと撫でる。
「彼方のツボ、わっかんね、だって普通ドン引きものよ?フラれる理由に絶対入るわ、こんなの」
「普通なんてどうでもいいし、男同士って地点でもう普通じゃないじゃない」
「……あーそれもそうか、そうだな」
多少男同士の恋愛が受け入れられるようになってきたこのご時世だけど、まだまだマイノリティー。しかも学生という狭い世界では迫害される可能性は高い。快斗くんは僕と違って学校にちゃんと行ってる人だからそれは分かっていると思う。
それでも、快斗くんは僕に告白したし、僕も快斗くんの告白を受け入れた。
既に普通から外れている、特に僕は引きこもりだから、一般的な普通から逸脱してしまっている。
僕はもう普通にならなくてもいいかな、と思ってしまうけれど。
せめて、快斗くんの隣に胸張っていられるようにはなりたいから、だから、頑張るね。
すでに普通じゃないのに普通に拘るのが、なんだかおかしくなって二人でクスクスと笑い合う。
狭い布団の中で笑い合う僕たち、まるで、ここが二人の世界みたいだね。なんて思ったままを言ってみたら
「くせー!」
とさらに笑われてしまったけれど快斗くんはなんだか嬉しそうだったから、良いよね。