どこまでも交わらない姉妹の話。

「あんたなんて姉とも思いたくない。私は一人で野垂れ死ぬからあんたもせいぜい好きにいればいい」

 私がそう言うと顔を歪ませる姉。今にも涙が零れ落ちそうなのを見ても何とも感じなかった。
(どうせ、あんたの中ではどこまでも自分は悲劇のヒロインで、私は悪者なんでしょ)
 そしてそれを周りに吐き出して私を人でなしのように扱うのでしょう。昔から変わらないいつものパターンに飽き飽きだ。昔からそうだよね。自分の都合の悪いことは何も言わないで誰かを悪者にするのが得意な卑怯者。
 あんたは私に八つ当たりをしたり愚痴を吐き出してすっきりするんだろうけれど、八つ当たりをされて愚痴を言われた側の負担を考えたことはないよね。あんたといた25年間が今思えば苦痛でしかなかったよ。目に映るだけで舌打ちされて足でドンドンされて、あんたが気に入る回答をしないと不機嫌になってさ。幼い私にとってどれほど恐ろしいか分からないでしょ。そんな想像もできないもんね。というか覚えてないでしょ。自分が都合の悪いことは全部忘れる脳みそだもんね。恐竜の博物館で怯えていたのは自分のくせに、私に置き換えていたのは本当に頭おかしいんじゃないのと思ったよ。そんな脳だからどうせ疎遠になった理由も曖昧にしか覚えていないんでしょ。一言でいっちゃえば、まあお互いタイミングが悪かったのよね。
 あんたが夫のモラハラで離婚前提で実家に帰ってきたときと、私が転職したタイミングが被っていたのよね。これが転職する前とかなら時間も融通が利くし、もしかしたら実家に帰るという選択もできたかもね。転職に伴って引っ越しもして慣れない仕事と職場の人間関係の構築に忙しくしていて、仕事も繁忙期を迎えて忙しいという私に何度もこちらに両親の愚痴を言って私を持ち上げて何とか世話をさせようとしているのが分かって少し苛立ちを覚えつつも、それでも子ども二人を抱えて離婚をするのは大変だろうからと愚痴を聞いていたけれど、まあ長文のラインの支えてほしかっただけとかもむかついたけどさ。一番腹が立ったのはこれだったのよね。

『私に居場所がないのかなあ』

 て。
 居場所なんて自分が作るものじゃない。最初から居場所を用意してもらえるという根性が昔から嫌いなのよ。私はずっと、自分一人で頑張ってきたと胸を張って言える。子ども二人抱えて何言ってんのか。舐めているのかと一番むかついた。それに対しては何も言わないで期限を決めて家を出たらいいと言ったらアドバイスなんていらない、愚痴を言いたかっただけと返ってきたんだもん。もう嫌になるよ。自分のことしかない人のことを姉であろうと考えたくなかった。だから……疎遠になることを選んだ。絶縁で良いとも思った。それでも姉の子どものことはしばらく悩んだ。
 私の選択は姉もその子どもたちにも手を差し伸べないということとほぼ同意義なのだから。

『子どもが一番の被害者』

 て。よく言うよね。うん、頭では分かっているよ。子どもには罪が無いってね。確かにね、他人なら私はそう言えると思う。もしも親戚のお兄さんが罪を犯したとしてもその子どもは一番の被害者と言えるし、子持ちの友達が困っているのに兄妹に助けてもらえないと泣いていたら子どもが一番可哀想と思うかもしれない。

(でも、それはどこか他人事だから言えることだ)

 そういうこと。よほど自分がその相手に世話になっていて感謝していたのなら自分の人生を削ってでも助けたいと思えるかもしれない。私だって数少ない友達のためならもっと助けになれると思う。金銭的にも肉体的にも、自分の人生の時間なんて気にすることもない。身内だからこそ見える醜いところと許せない部分が私にはある。
 正直言ってさ。心の底から憎んでいる人間の子どもなんて嫌いに決まってるじゃない。死ねとまでは言わないけれど、私の知らないところで勝手に生きていてほしいぐらいにしか思えないよ。なんで嫌いなあいつのために私の人生の時間をまだ潰されないといけないの?自分をいじめてきた奴の子どもを愛することなんてできる?私はそんな聖人君子じゃないから無理。優しい人間にはなれなかった罪悪感はあれど助けたいとは少しも思えないわ。抱えきれないのなら最初から抱えるなって言うけれど、自分には荷が重いからって身内の子どもを最初から抱えないようにしたら冷たいって言われるのは少し堪えるけれどね。
 今まで私は姉のことで我慢させられてきた。大人になるまでずっとずっとね。無理矢理買い物に付き合わされて愛想笑いで機嫌を損ねないような当たり障りのない答えばかり選んでいたらさ、自信のない人間になっちゃったよ。
 もしもあのとき支えることを選んだ私が色んなものに押し潰されたらあなたはこう言うでしょう。
『支えてくれるって言ったじゃん!』て。狂ったように喚いて泣くんでしょ。私の気持ちも知らないでさ。自分ばっかりが不幸だって被害者だって鳴くんでしょ。最早あの姉の鳴き声みたいなものよね。ぐらいにしか思えない私はきっと酷く冷たいんだろうね。
 あんたがもっと優しい姉なら。私がもっと普通の妹なら。良かったかもね。

『お姉ちゃんのことを許してあげて』

 両親からそう言われなかったのは不幸中の幸いかしらね。まあ、昔から私に我慢させてきた自覚があったのでしょうね。両親が姉に注意したらもっとひどいことになっていたから、仕方のないところもあったのかもしれないけれど、私からするとそれでもいいからそのとき味方になってほしかったな。そうすればもう少し拗れなくて済んだかもしれないのに。姉に比べて私に甘いのはそういう過去の姉の行いと姉が結婚生活を送っていたときほとんど実家と連絡をしていなかったことからでしょ。正直両親も毒の部分もあったけれど、それでも一人で暮らし始めてからは感謝の方が大きかったし、ちょこちょこ実家に顔を出したりもしていたからね。過去にされたこともそれなりに水を流せた。自分が結婚して子どもを生んでというビジョンは少しも見えなかったけれど、自分の中では両親は円満な関係を保てていたと思う。でも姉は流すことはできなかったし、拒否反応が酷かった。

「また前みたいにいっしょに暮らそう」

 過去のことを全て忘れたかのような陽気な言葉に鳥肌が立って、吐き気が込み上げてきた。両親の過去の話をしている最中の誘いに不快感を覚える。肉体的にも精神的にも私は姉を拒否している。

(私はまた自分を殺して生きなければならないのか)

 最初に思ったのはそれだった。
 姉は私が私を殺して居心地のいい空間を提供してもらうことを望んでいる。私はそんなの御免だと思った。生温い手を振り払い、私はこう言った。

 あんたなんて姉とも思いたくない。私は一人で野垂れ死ぬからあんたもせいぜい好きにいればいい。

 同じ遺伝子から生まれた顔を見つめる。せいぜい二重なことぐらいしか似ていない、それ以外は全く似ていない私たち姉妹。思えば、私と姉はどこまでも交わらない。歪んだ顔は醜かった。
 姉はコロコロ転職して同情を誘う浅い人間関係を構築し、結婚して子どもを生んで離婚してシングルマザー。私も転職回数こそ多いけれど姉ほどコロコロ変えているわけでもなく、広い友人関係は難しいけれど深い人間関係があって、独り身で気ままにやっている。子どもという逃げ道がない姉と、寂しく独りで身軽な私。もしも独りを後悔する日が訪れたとしても、それでも誰かを気遣う苦しみよりはましだと思ってしまうのだから、私はやっぱりどうしようもないね。

 幼い頃は姉は人見知りで誰かと遊ぶことがなかったらしい。私は誰だろうと仲良くなれるタイプだった。
 大きくなってからは姉の方が身軽であちこち行っていて、私はマイペースに絵を書いたりゲームをしているのが好きだった。

(真逆な姉妹だね)

 昔は私の方が泣かされたのに、今はあっちの方が泣いている。少し不思議な気分だった。
 後ろから姉の鳴き声が聞こえた気がしたけれど朝起きたらどこかで鳥が鳴いているなぐらいの感想しかなく、私はさっさと自宅へと帰った。叔母さんは私のことをどこか恐ろしいものを見るような目をしていた。
 それもそうでしょうね。愛も憎しみもなくなった今、唯一血の繋がった家族に対して何も感じない視線を向けていたのだから。もう関わる気がないから充分。姉は父方の親族と仲良くなるのがよくお似合いだと思う。自分の手は汚さず敵を作るのがとっても上手な祖母に似ているからね。勝手にしてろよ。

 私は明日、今いるところから引っ越す。今日姉と会うことが決まる前から決めていたこと。両親が亡くなったらどこか遠いところに引っ越す。姉と疎遠になったときから決めていたことだ。生半可な気持ちで疎遠になった訳じゃない。姉は生ぬるいことを考えているのだろうけれど、私は既に絶縁するつもりの疎遠を選んだ。
 私は親戚とは全く関係のないところで生きると決めていた。あとは住民票の閲覧制限をかけるだけ。
 姉が改心していようと無かろうと縁切りを決めていたけれど、最後の最後で変に良い思い出ができなくてよかった。罪悪感を覚えることなんてないのだと思える。
 私は一生あの人とは分かり合うことなんてないと知ることができた。
 これで私はあの人のことを本当の意味で過去として消化することが出来る。

(ああ、嫌な話だったなあ)

 そう心の中だけで呟き、こんな嫌な話は過去に置いておいて、私は身軽に未来へと進む。
 自分のこの足がとても風かと思うぐらい軽く感じながら、深く息を吸って吐いて口角を上げて解放感に浸った。
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