普通の男

「ぱーぱーーー!おはよーーー!!」
「おはよーーーー!」
「う、ぐおっ」
「あはははは、変な声ー!」
「へんーーー!」

 甲高い大きな声に反応するよりも先に、腹部へのとんでもない圧迫感に変なうめき声が出てしまった。爽やかな目覚めとは程遠いものの、俺の声にツボってけたけたと笑う自分の子どもたちの姿を見たらまあいいかと思ってしまう俺は現金である。

「ママがパパを起こしてーって!」
「してーって!」
「ああ、ありがとう。おかげで起きることができたよ。ふたりともおはよう」
「えへへ!おはよー!」
「おはよー!」

 小学生の娘と幼稚園の息子が顔を見合わせて、すぐに俺に向けて満面の笑みを向けてくれる。
太陽に負けず劣らず眩しいふたりに目がチカチカする。ああ、幸せだな。時計を見ると午前七時。朝ご飯の時間だ。
そのために妻は起こすように言ってくれたのだろう。普段の休日ならもう少し寝かせてくれるが、今日はそうは行かない。久しぶりの家族でのお出かけの日なのだから。

「よっし。朝ご飯を食べたら、みんなでどこかに行こう」
「やったー!私遊園地がいいー!」
「ハンバーグ!!」
「はは、ハンバーグが食べたいのか。じゃあ、遊園地でいっぱい遊んだら、外でなにか食べにいこうか」
「いいの!?やったー!」
「わーい!」
「とりあえず今はママが作ってくれたご飯食べに行こうな」
「うん!パパ、あれやって!」
「あれ?……ああ、あれか」
「やって!」
「よし、分かった!……いよっと!」
「きゃー!」
「あはは!!」

子どもたちにねだられ、小さな体をそれぞれ脇に抱えて、部屋を出る。関節の痛みが身にしみるこの頃だが、心も身体も成長の早い子どもたちのためにできるまではやってやろうと思う。……ギックリ腰にはならないように気を付けなくてはならないが。
楽しげな子どもたちの声とパタパタと手足を振る仕草に愛しさを感じながら、妻の待つリビングへと足を進めた。



二日間の休みが始まる。
なんてことのない、家族の中では少しだけ特別に遊園地に行って、帰りにはファミレスで夕ご飯を食べて、またこの家に帰る。明日はみんなでスーパーに行くぐらいで、後はのんびりと家で過ごすなり公園に行くなりするぐらいだろう。そして、月曜日になったらまた家族のために仕事に赴く。
繰り返しの普通の毎日だ。だけど、それこそが俺の幸せの形なのだと、心から思えるのだ。

平々凡々な、真面目なことぐらいしか取り柄のない父親は、自分の生き方がどうとか己の夢がどうとか多種多様がどうとかの世界の問題より、自分よりも、大事な家族のために生きるのであった。
これからも変わらない。

どこまでも普通の男のどこまでも平坦な普通の日々。
けれども、彼にとって素晴らしい人生。
家族のために生きる。
それこそが『幸せの形』の彼の答え。
それを貶す権利は誰にもないのだ。

 普通の男はマグカップを傾けて口をつける前にひっそりと口角をあげて、そんな小説家気取りのカッコつけの想いをミルクの入ったコーヒーとともに飲み干した。

(誰にも俺の幸せを否定させないために、俺は誰にも自分の幸せを伝えるつもりはないのだ)

幸せは自分の中で見つけるものだ。
他人の物差しなんていらない。
普通の男だからこそ見つけることができた幸せを誰にも自慢げに呟くことなく、満たされた心の中だけでたまに呟くぐらいで充分なのである。



 俺にとって子どもたちの笑い声と妻の優しく微笑む顔が何よりも美しいものである。
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