普通の男
多数派からすると自分たちと異なる少数派を排除しようと差別し、いじめに発展することもある。
特に、学校という狭い空間ではその動きが大きい。想像できないが、自分の子どもたちがいじめをする側にもいじめられる側になる可能性だってある。ニックネーム禁止と苗字でさん付けが義務付けられる動きが生まれた理由のひとつだ。
差別を無くそう。
これも、またよく聞くことだ。人種差別、男尊女卑、とてもよくないことだ。
その動き自体は確かに、いいことだと思う。
(だけど)
最寄り駅から自宅を歩く途中にある少し古めの木造のアパートにふと目をやる。しっかり明かりを灯し続ける並ぶ電灯たちの中にひとつだけ、点滅を繰り返しているのを視界に収めながら通り過ぎる。
差別を無くすのは争いの原因を無くすことにもなる。いいことだ、否定はしない。
だが、その差別される側のことを騒ぎすぎることが否定するべき差別を強調することにもなり得る可能性もある。
俺には一人の部下がいるのだが、圧倒的に右利き率を誇る日本において、彼は左利きである。
俺が生まれる前は左利きは右利きに矯正されるのが当然だったらしいが、俺の子どものときには少々珍しいながらも普通にいた。現に自分の祖父や兄も、小学生の娘だって左利きだ。俺や妻は右利きなのでなかなか箸や鋏の使い方を教えるのに苦戦した。これから包丁を使うこともあるだろうからまた頭を悩ませることになりそうだ。
祖父や兄、娘を見るたびにやりにくそうだな、器用だな、と感心してしまう。
当然部下とのコンタクトにはやはり利き手のことがあったと思う。左利きには生き辛い世の中ですよ、と笑って言っていた記憶もある。特に他意のない世間話の一つだった。自分の家族にも左利きがいることもあって利き手のことを話したのは最初だけで、それ以降は何も突っ込むことはなかった。
その後の飲み会で部下が俺の隣にいて普通に話していたのだが、そのときどんな流れになったのか覚えていないが利き手の話になった。酔っていたこともあってか部下も口を滑らせたようで、赤ら顔で砕けた敬語でつらつらと語り出した。
過去バイトしていたとき、利き手のことで変に絡んでくる人がいたと言う。あの日のことを思い出す。
前にバイト先のおばちゃんに『左利きなの!?すごいねっ』と言われてですね、まあそれはよくあることなんで『まあ不便なことのほうが多いっすけどね』と軽く流していたんすけど。でもそれから毎日毎日まーいにち!左利きのことをさんざん引き合いに出されては何度も『本当にすごい』『器用だね』『私も左利きになりたいんだよー』と言われ続けてきたんすよっ。うざくないっすか?』
『それはそれは……嬉しいとかそういうのはなかったのか?』
『まあ正直ですよ?他と違う自分に酔っていた時期もありましたよ?』
『あったのか』
『でも、左利きなのは生まれ持ってのもので。それが僕にとっての普通で、僕から見ると右利きの人の方が器用だなーと思うんすよね。動かしにくそーって』
『そうなのか?……ああ、そうか、そうだよな。利き手の逆を使ってるのを見ると不思議な感じがするよな』
『あはは、上司があなたでよかったっすよ。しつこく絡んでくることもなくて有難いっす』
『まあ、家族にも左利きもいるからなあ』
『そうなんすねえ。まあ、とにかくですね、僕からしたら普通のことを誉め言葉であっても何度もそんなことを言われると差別されているように感じたんですよね。しつこくてしつこくて、僕も参っちゃって。つい『利き手について言うのはやめてくれ』って、きつく言っちゃったんですよ』
『それで止めてもらえたのか?』
『止めてもらえた代わりにボールペンを無くす頻度が高くなりました』
『……それって』
『その人のせいか今もわからないっすけど、家庭の事情だかなんだかでその人が仕事を辞めてからはペンを無くすペースはめっきり減りましたね。無いと言って差し支えないぐらい』
『……』
『小学生のときも右利きになったほうがいいとか言ってくる人もいたし。ほんとーに……余計なお世話』
ーーーこちとら、普通に生きているだけなんですけどね。
いつも爽やかな部下はそのときは笑っていながらも苦し気で、普段の明るい声は暗く淀んでいたことをずっと覚えている。
この後、どんな会話をしたのか覚えていない。だが、この話を掘り返すことはしなかったし部下も引っ張り出してくることはなかったので、これからも部下が望まない限りは利き手について触れることはなく、誰かに話すこともない。酔っていたから思わず口が軽くなってしまったのだろう。今も変わらず爽やかで明るい部下である。
確かに他と違うからと言って虐げるのは以ての外だが。本人としては普通のことを必要以上に突っ込んで変に特別扱いするのも、辛くなってしまうのだと知った。部下は日本においては少数派の利き手だが、そんなに騒ぎ立てるほど珍しいものではないだろうに。もしかしたらそれは人種差別にも当てはまることなのかもしれない。普通に生活している彼らをこういう人種は特別扱いしなくていけないと騒ぎ立てることも、本人からすると部下のように余計なお世話だと思っているのかもしれない。
部下のように右利き用の鋏が使えないときにはこちらが代わりにやったり、左利き専用は無理でも両方の利き手でも使える鋏や、利き手などあまり関係のないカッターを用意したり、そんな気遣いは大事だと思う。
そう、差別と気遣いは全くの別問題だ。そこは履き違えないように自分も気を付けていかないとな。
自分の苗字の表札の前に着き、簡単な門を開けて後ろ手で閉めて、鞄から鍵を取り出して鍵穴に差し込み、くるりと回した。
特に、学校という狭い空間ではその動きが大きい。想像できないが、自分の子どもたちがいじめをする側にもいじめられる側になる可能性だってある。ニックネーム禁止と苗字でさん付けが義務付けられる動きが生まれた理由のひとつだ。
差別を無くそう。
これも、またよく聞くことだ。人種差別、男尊女卑、とてもよくないことだ。
その動き自体は確かに、いいことだと思う。
(だけど)
最寄り駅から自宅を歩く途中にある少し古めの木造のアパートにふと目をやる。しっかり明かりを灯し続ける並ぶ電灯たちの中にひとつだけ、点滅を繰り返しているのを視界に収めながら通り過ぎる。
差別を無くすのは争いの原因を無くすことにもなる。いいことだ、否定はしない。
だが、その差別される側のことを騒ぎすぎることが否定するべき差別を強調することにもなり得る可能性もある。
俺には一人の部下がいるのだが、圧倒的に右利き率を誇る日本において、彼は左利きである。
俺が生まれる前は左利きは右利きに矯正されるのが当然だったらしいが、俺の子どものときには少々珍しいながらも普通にいた。現に自分の祖父や兄も、小学生の娘だって左利きだ。俺や妻は右利きなのでなかなか箸や鋏の使い方を教えるのに苦戦した。これから包丁を使うこともあるだろうからまた頭を悩ませることになりそうだ。
祖父や兄、娘を見るたびにやりにくそうだな、器用だな、と感心してしまう。
当然部下とのコンタクトにはやはり利き手のことがあったと思う。左利きには生き辛い世の中ですよ、と笑って言っていた記憶もある。特に他意のない世間話の一つだった。自分の家族にも左利きがいることもあって利き手のことを話したのは最初だけで、それ以降は何も突っ込むことはなかった。
その後の飲み会で部下が俺の隣にいて普通に話していたのだが、そのときどんな流れになったのか覚えていないが利き手の話になった。酔っていたこともあってか部下も口を滑らせたようで、赤ら顔で砕けた敬語でつらつらと語り出した。
過去バイトしていたとき、利き手のことで変に絡んでくる人がいたと言う。あの日のことを思い出す。
前にバイト先のおばちゃんに『左利きなの!?すごいねっ』と言われてですね、まあそれはよくあることなんで『まあ不便なことのほうが多いっすけどね』と軽く流していたんすけど。でもそれから毎日毎日まーいにち!左利きのことをさんざん引き合いに出されては何度も『本当にすごい』『器用だね』『私も左利きになりたいんだよー』と言われ続けてきたんすよっ。うざくないっすか?』
『それはそれは……嬉しいとかそういうのはなかったのか?』
『まあ正直ですよ?他と違う自分に酔っていた時期もありましたよ?』
『あったのか』
『でも、左利きなのは生まれ持ってのもので。それが僕にとっての普通で、僕から見ると右利きの人の方が器用だなーと思うんすよね。動かしにくそーって』
『そうなのか?……ああ、そうか、そうだよな。利き手の逆を使ってるのを見ると不思議な感じがするよな』
『あはは、上司があなたでよかったっすよ。しつこく絡んでくることもなくて有難いっす』
『まあ、家族にも左利きもいるからなあ』
『そうなんすねえ。まあ、とにかくですね、僕からしたら普通のことを誉め言葉であっても何度もそんなことを言われると差別されているように感じたんですよね。しつこくてしつこくて、僕も参っちゃって。つい『利き手について言うのはやめてくれ』って、きつく言っちゃったんですよ』
『それで止めてもらえたのか?』
『止めてもらえた代わりにボールペンを無くす頻度が高くなりました』
『……それって』
『その人のせいか今もわからないっすけど、家庭の事情だかなんだかでその人が仕事を辞めてからはペンを無くすペースはめっきり減りましたね。無いと言って差し支えないぐらい』
『……』
『小学生のときも右利きになったほうがいいとか言ってくる人もいたし。ほんとーに……余計なお世話』
ーーーこちとら、普通に生きているだけなんですけどね。
いつも爽やかな部下はそのときは笑っていながらも苦し気で、普段の明るい声は暗く淀んでいたことをずっと覚えている。
この後、どんな会話をしたのか覚えていない。だが、この話を掘り返すことはしなかったし部下も引っ張り出してくることはなかったので、これからも部下が望まない限りは利き手について触れることはなく、誰かに話すこともない。酔っていたから思わず口が軽くなってしまったのだろう。今も変わらず爽やかで明るい部下である。
確かに他と違うからと言って虐げるのは以ての外だが。本人としては普通のことを必要以上に突っ込んで変に特別扱いするのも、辛くなってしまうのだと知った。部下は日本においては少数派の利き手だが、そんなに騒ぎ立てるほど珍しいものではないだろうに。もしかしたらそれは人種差別にも当てはまることなのかもしれない。普通に生活している彼らをこういう人種は特別扱いしなくていけないと騒ぎ立てることも、本人からすると部下のように余計なお世話だと思っているのかもしれない。
部下のように右利き用の鋏が使えないときにはこちらが代わりにやったり、左利き専用は無理でも両方の利き手でも使える鋏や、利き手などあまり関係のないカッターを用意したり、そんな気遣いは大事だと思う。
そう、差別と気遣いは全くの別問題だ。そこは履き違えないように自分も気を付けていかないとな。
自分の苗字の表札の前に着き、簡単な門を開けて後ろ手で閉めて、鞄から鍵を取り出して鍵穴に差し込み、くるりと回した。