愛だの恋だのみんな好きね
愛だの恋だの、みんな好きよね。どうしてかしら?
ううん、私もね?別に嫌いじゃないのよ?小説や漫画やドラマや映画にある、恋愛がメインではないアクションやホラーの途中にある恋愛描写も、恋愛を重きに置いたものも、嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。それが両片思いとかだとじれったくて早くくっつけよ!なんて思うほどに。片思いし続けている登場人物が成就の兆しを見せたらいよっしゃあってガッツポーズをしてしまうぐらいには、創作内の恋愛にはつい涙を零してしまうぐらいには、恋愛描写は大好き。その後後日談とかスピンオフで結ばれていたりしたら最高だと思うわ。
でもね、現実ではちがうの。あ、別にね他人に触れられたもの全てが汚いと思うような潔癖症ではないと思うしそれを他人に押し付けるつもりもないのよ?友だちが誰かを好きになったとか、付き合うことになったとかそういう行為をしたとか、そういう話を聞くのは大好き。私も嬉しくなる。
だけど、自分が恋愛して誰かとそういう行為をすることがどうしても考えられないの。確かにいいなと思う人はいたりするし、近くにいたいと思うこともあるんだけれど、そういう、下心というのかしら?そう言うのを見せられた瞬間一気に嫌になるの。ああ、この人も私を女としか、性欲の対象でしか見ていないのね、て冷めてしまうの。自意識過剰かもしれないと自己嫌悪して、その好意を気持ち悪いと思ってしまう自分に気持ち悪くなる。
だって、誰かに恋をするのは普通のことで、性欲が湧き上がるのは普通のことだって理解してる。理解しているからこそ、普通じゃない私に相手が費やしてしまうことを本当に申し訳なく感じてしまうの。それを返すこともできないのが本当に悲しくて、そして、相手が私を友だちではない女としてしか見てくれていなかったのだと絶望してしまうの。
男と女に友情はあるかないか、何度も議論はくりかえされているわね。
私はあると思いたい派だけれど、そうじゃない人もいっぱいいるわよね。
口ではあると言いながらも結局男の目で私を見る人だっていて結局その人も理想の結婚相手と言われたわ、そのとき口では何とでも言えるのね、と静かに絶望したものだわ。
私ね、自分が一般的に誰かを愛せる人間ではないことに気が付いてから何度も絶望したわ。
好きだと思った人もいたけれど、両想いになって付き合うことになったとき、キス以上の関係をしなくてはならないと考えたとき気持ち悪くなったの。私の身体のなかを好き勝手蹂躙されるなんて嫌だって思ったの。他人に自分の中に入って好き勝手されるなんて、嫌だ。気持ち悪い。て。
恋に恋していたのかな、て思って私は反省したわ。でもね、本当にこの人なら、て思った人とも付き合うことが出来たのに、やっぱりおぞましいと思ってしまったの。女ってだけで男に好き勝手されるなんて気持ち悪い、て。相手も困ったんじゃないかな。付き合う前までは押せ押せだったのに、付き合った後冷たくあしらわれるなんて、酷い話よね。そう思っていても身体も心も拒絶してしまう。そうこうしている間に相手にはもちろん振られたわ。相手には謝られたけれど、私は申し訳なくて仕方なかった。私のせいで無駄に相手の時間を費やさせてしまった。それが本当に申し訳なかった。彼はとっても良い人だったから、私と付き合わなければ……すぐに相手を見つけられただろうに、と。
そこから私は自衛することを決めた。
良いなと思うような人がいても決してアプローチはしない、と。
だってどうせ付き合えても気持ち悪いと思ってしまうような性悪だから。と。
だから、最初から私は言うの。
『恋愛対象として男も女も私は見れません』と。
正確に言うと少しちがうのかもしれない。良いなと思うのは男性で、近くに行きたいと思うのは男女問わず。女性に関係を迫られたことはないけれど、それでも無理だと思う。可愛い、胸が大きいと思う女の子はいるけれどやっぱり恋愛ではない。自分でもよく分からないけれど、とにかくそう言った方が相手も私に恋愛感情を覚えないでくれるかな、とおもってのことだった。
だけどね、みんなどこかで思っているんだろうね。『自分なら私の中に入っても大丈夫』と。
結婚相手に良いと思うのは私。
下心満々の瞳で私を見るその目。
ああ、そうね。後こうも言われたわね。
「本当に好きな人に出会えていないだけ」と。
どうして私が本当に好きな人もダメだったのに、そんな分かった口を利けるのかな。なんて、その人は職場の上司だったから笑って誤魔化したけれど。
私がその好意を受け取れないのは本当に申し訳ない。そう思っているの。
でも、友だちと思っていた人にそんな目で見られていた絶望、分かるかな。
本当に好きな人さえ駄目だった私はできる限りフラットに接していた。最初に恋愛対象を男女問わず作れないと言った。だから友だちとして接したのに、どうして私をそういう目で見るの。
前までは友だちとして見ていた男が、女として見られていると気が付いた瞬間、どれだけ苦しいのか想像したことある?友好的だからってなんで恋愛とすぐに結び付けられるの?私は最初に言ったのに。そして私は友だちを失う。その友だちから出来た人間関係からも距離が生まれ、私はひとりになる。
私は本当に友だちだと思っていた。でも相手は違う。男と女に友情は成立しない、そう思うのには充分だった。
本当に、みんな愛だの恋だの好きね。
羨ましいな。どうして誰かを好きになれるのか、分からない。
いいな、私もそうして誰かを受け入れて喘がされるのが普通だと思いたかったな。
ああ、もう、本当に好きな人と出会っていないんだって言うのは辞めて。本当に好きな人だって駄目だった苦い記憶を呼び起こされるから。
もう嫌なの。誰かを傷つけてしまうのは。誰かの時間を奪ってしまうのは。だから、ひとりで生きていくよ。それを哀れむのは勝手にしていても私に言うのは辞めて頂戴。悲しくなるわ。
他人に迷惑をかけずに生きるのはそれしかないの。私は私のわがままのために私のために生きるから。でも、たまに寂しいと思う私のわがままを、許してね。好きだの愛してるだの気持ち悪いけれど、一生独りの自分を哀れに思うことはいいでしょう?そういう関係は嫌だしそれなら独りでいるのが一番だと分かっているけれど、やっぱりこれから何十年続く人生を独りで生きていくことを悲観するときだってあるの。
結婚は妥協だというけれど、私は私を誰かに好き勝手されることに妥協なんてできないから、独りでいるべきだと理解しているから私だけの人生を謳歌することを決めているけれどね。それでも、たまに寂しくなる。だから、自分の中で寂しいと思うことを許してほしいな。だれにもめいわくなんてかけにないからさ。
たまには、独りの人生を悲観して泣いてもいいですか?
愛だの恋だのみんな好きよね。それを否定なんてしないから。おねがい。
ううん、私もね?別に嫌いじゃないのよ?小説や漫画やドラマや映画にある、恋愛がメインではないアクションやホラーの途中にある恋愛描写も、恋愛を重きに置いたものも、嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。それが両片思いとかだとじれったくて早くくっつけよ!なんて思うほどに。片思いし続けている登場人物が成就の兆しを見せたらいよっしゃあってガッツポーズをしてしまうぐらいには、創作内の恋愛にはつい涙を零してしまうぐらいには、恋愛描写は大好き。その後後日談とかスピンオフで結ばれていたりしたら最高だと思うわ。
でもね、現実ではちがうの。あ、別にね他人に触れられたもの全てが汚いと思うような潔癖症ではないと思うしそれを他人に押し付けるつもりもないのよ?友だちが誰かを好きになったとか、付き合うことになったとかそういう行為をしたとか、そういう話を聞くのは大好き。私も嬉しくなる。
だけど、自分が恋愛して誰かとそういう行為をすることがどうしても考えられないの。確かにいいなと思う人はいたりするし、近くにいたいと思うこともあるんだけれど、そういう、下心というのかしら?そう言うのを見せられた瞬間一気に嫌になるの。ああ、この人も私を女としか、性欲の対象でしか見ていないのね、て冷めてしまうの。自意識過剰かもしれないと自己嫌悪して、その好意を気持ち悪いと思ってしまう自分に気持ち悪くなる。
だって、誰かに恋をするのは普通のことで、性欲が湧き上がるのは普通のことだって理解してる。理解しているからこそ、普通じゃない私に相手が費やしてしまうことを本当に申し訳なく感じてしまうの。それを返すこともできないのが本当に悲しくて、そして、相手が私を友だちではない女としてしか見てくれていなかったのだと絶望してしまうの。
男と女に友情はあるかないか、何度も議論はくりかえされているわね。
私はあると思いたい派だけれど、そうじゃない人もいっぱいいるわよね。
口ではあると言いながらも結局男の目で私を見る人だっていて結局その人も理想の結婚相手と言われたわ、そのとき口では何とでも言えるのね、と静かに絶望したものだわ。
私ね、自分が一般的に誰かを愛せる人間ではないことに気が付いてから何度も絶望したわ。
好きだと思った人もいたけれど、両想いになって付き合うことになったとき、キス以上の関係をしなくてはならないと考えたとき気持ち悪くなったの。私の身体のなかを好き勝手蹂躙されるなんて嫌だって思ったの。他人に自分の中に入って好き勝手されるなんて、嫌だ。気持ち悪い。て。
恋に恋していたのかな、て思って私は反省したわ。でもね、本当にこの人なら、て思った人とも付き合うことが出来たのに、やっぱりおぞましいと思ってしまったの。女ってだけで男に好き勝手されるなんて気持ち悪い、て。相手も困ったんじゃないかな。付き合う前までは押せ押せだったのに、付き合った後冷たくあしらわれるなんて、酷い話よね。そう思っていても身体も心も拒絶してしまう。そうこうしている間に相手にはもちろん振られたわ。相手には謝られたけれど、私は申し訳なくて仕方なかった。私のせいで無駄に相手の時間を費やさせてしまった。それが本当に申し訳なかった。彼はとっても良い人だったから、私と付き合わなければ……すぐに相手を見つけられただろうに、と。
そこから私は自衛することを決めた。
良いなと思うような人がいても決してアプローチはしない、と。
だってどうせ付き合えても気持ち悪いと思ってしまうような性悪だから。と。
だから、最初から私は言うの。
『恋愛対象として男も女も私は見れません』と。
正確に言うと少しちがうのかもしれない。良いなと思うのは男性で、近くに行きたいと思うのは男女問わず。女性に関係を迫られたことはないけれど、それでも無理だと思う。可愛い、胸が大きいと思う女の子はいるけれどやっぱり恋愛ではない。自分でもよく分からないけれど、とにかくそう言った方が相手も私に恋愛感情を覚えないでくれるかな、とおもってのことだった。
だけどね、みんなどこかで思っているんだろうね。『自分なら私の中に入っても大丈夫』と。
結婚相手に良いと思うのは私。
下心満々の瞳で私を見るその目。
ああ、そうね。後こうも言われたわね。
「本当に好きな人に出会えていないだけ」と。
どうして私が本当に好きな人もダメだったのに、そんな分かった口を利けるのかな。なんて、その人は職場の上司だったから笑って誤魔化したけれど。
私がその好意を受け取れないのは本当に申し訳ない。そう思っているの。
でも、友だちと思っていた人にそんな目で見られていた絶望、分かるかな。
本当に好きな人さえ駄目だった私はできる限りフラットに接していた。最初に恋愛対象を男女問わず作れないと言った。だから友だちとして接したのに、どうして私をそういう目で見るの。
前までは友だちとして見ていた男が、女として見られていると気が付いた瞬間、どれだけ苦しいのか想像したことある?友好的だからってなんで恋愛とすぐに結び付けられるの?私は最初に言ったのに。そして私は友だちを失う。その友だちから出来た人間関係からも距離が生まれ、私はひとりになる。
私は本当に友だちだと思っていた。でも相手は違う。男と女に友情は成立しない、そう思うのには充分だった。
本当に、みんな愛だの恋だの好きね。
羨ましいな。どうして誰かを好きになれるのか、分からない。
いいな、私もそうして誰かを受け入れて喘がされるのが普通だと思いたかったな。
ああ、もう、本当に好きな人と出会っていないんだって言うのは辞めて。本当に好きな人だって駄目だった苦い記憶を呼び起こされるから。
もう嫌なの。誰かを傷つけてしまうのは。誰かの時間を奪ってしまうのは。だから、ひとりで生きていくよ。それを哀れむのは勝手にしていても私に言うのは辞めて頂戴。悲しくなるわ。
他人に迷惑をかけずに生きるのはそれしかないの。私は私のわがままのために私のために生きるから。でも、たまに寂しいと思う私のわがままを、許してね。好きだの愛してるだの気持ち悪いけれど、一生独りの自分を哀れに思うことはいいでしょう?そういう関係は嫌だしそれなら独りでいるのが一番だと分かっているけれど、やっぱりこれから何十年続く人生を独りで生きていくことを悲観するときだってあるの。
結婚は妥協だというけれど、私は私を誰かに好き勝手されることに妥協なんてできないから、独りでいるべきだと理解しているから私だけの人生を謳歌することを決めているけれどね。それでも、たまに寂しくなる。だから、自分の中で寂しいと思うことを許してほしいな。だれにもめいわくなんてかけにないからさ。
たまには、独りの人生を悲観して泣いてもいいですか?
愛だの恋だのみんな好きよね。それを否定なんてしないから。おねがい。
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