きみの物語も僕の物語もまだ未完成
息がしにくい。
体も思うように動かない。
心すら自由にならない。
こんな世界。くそったれだ。
「くそったれのように感じるのは誰なの?」
「…………」
目を開けると視界いっぱいに広がるのは白い雲と真っ青な空、そして俺を見下ろす女の子の顔がいっぱいに映った。
「聞こえてるー?」
「……お、おう」
つまらなさそうな顔で返事を待つ女の子。とりあえず上半身を起こして胡座をかいた。女の子は俺の隣に我が物顔で座った。白いワンピースに色白の肌に真っ黒な長い髪が印象的な可愛らしい女の子だった。華奢で出来上がっていない体のラインを見てまだ未成年だろうと判断する。
周囲を見回してみるとそこは果てしない草原。アニメとかでしか見たこともない、壮大な光景だ。どこまでも空と草原しか目に見えなかった。自分はそんなところに移動した記憶はない。
「ここは……?」
「わかんない?」
「ああ」
「そっかー」
「あんたは、ここがどこか分かるのか?」
「さあ?いつの間にかここにいたよ」
「そう、か。俺と同じだな」
「うーん、それはちょっと違うかもね?」
「?」
「わかんない?」
女の子は覗き込んで首を傾げられる。わからない、はずだ。だって見覚えなんてない。ここに来た覚えもない。けれど、何故だろう。懐かしいと思ってしまうのは。隣で輝く瞳で俺を見上げる女の子も、初対面なはずなのに、会った気がして仕方がないんだ。
「なあ、きみと会ったこと、あるかな?」
「どうかな?どう思う?」
「名前は?」
「何かな?」
「教えてくれよ」
「どれだろうなあー」
「?どれって」
「しろくろ、黒葉、ノワール、コードネーム:ブラック、サイボーグクロコ、レイ・ブランディス、ルト……どれ?」
「……?」
女の子に聞いても、噛み合っているような噛み合っていないような、不思議な答えが跳ね返ってくる。何故そんなに複数の名が出てきた上に俺に聞くのだろうか。わからないけれど、わからない俺をそのままに次は女の子が問いかけてくる。
「ねえねえ、私は誰?今度は何になれる?」
「なれる、もの。なりたいもの、はないの?」
「私のなりたいものは色々あったよ。色んなところに男の子と一緒にいく子、日常を生きる子、少し非現実な世界で生き抜く子、普通の子になりたい子、復讐を遂げたい子、お嬢様から抜け出したい子、どんな手を使ってでも金持ちになりたい子とか」
「……なんとも、非現実ものばかり、な」
「何になれるかなあ。何になるのかな?教えてよ」
「それは……きみ次第だろ」
「私の意思は無いよ。あなたが決めるの」
「俺?……俺に、そんな権限はないよ」
なりたいものになれるのは、結局その人の努力次第だ。俺が決めることじゃない。口出しはされても選ぶのは自分自身で、踏ん張り続けるメンタルを持ち続けられる者が夢を叶えられる。夢のつづきの世界を見ることができる。それが出来なかった俺が、名も知らない女の子の将来を決められない。決めることなんて、できるわけが。
「あるよ!」
「!」
「あなたにはあるの!わたしを、どこまでも連れていけるよっ」
女の子は突然大きな声を張り上げる。驚きで何も言えずにいる俺の手を握って、祈るような姿勢で訴えてくる。
「ねえ、忘れないで。未完成の私のこと。あなたがいなければ、私は何もないの。あなたが愛してくれないと、あなたが存在を証明してくれないと、私は生まれてもいなかった!」
女の子の大きな瞳から真珠が出来てしまいそうなほど大粒の真ん丸の涙が落ちていく。白いワンピースに落ちると当然だが、弾けて染み込んで消えて、水玉が出来上がっていく。俺はそれを美しいと思った。
「わたし、なんだってなれるよ。あなたが、私の物語を紡いでくれるなら、物語の終わりがハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、わからないけれど、怖いけれど、きっと幸せ。あなたが愛して。お願い」
「……」
「あなたのなかのわたしを、けさないで」
女の子は泣きながら微笑んだ。胸が締め付けられた。
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