PEACE-03【地球降下作戦:前編】




けたたましいブザーは止み、作業音と話し声が戻る。

引き続き避難民の搭乗は続く中、気持ちを切り替えようと目頭を押さえ、頬を叩く。
深呼吸をひとつして、よしっ! と意気込んだら、涙も引っ込んだ。

鉄壁に備え付けられた、画面付きの通信機器を操作して、ブリッジに繋ぐ。
対応したのはマリュー艦長だったが、ちょうどいいのでハルバートン閣下をお見送りしたことと、改めて挨拶を伝えて通信を終えた。


「それにしても、部屋の荷物はともかく、オルカンシェルとユニットまでこっちに運んでたなんて……聞いてないし」

アークエンジェルのパイロット達が駆る機体が並ぶフロアへと移動してきたシオン。
そして意外と違和感なく鎮座する愛機のオルカンシェルと、追加装備一式。
ストライクを中央にメビウス・ゼロの反対側、ユニットは現在調整中。

「だから頑なにメンテナンスさせなかったのか……まぁ身一つだけより全然マシだけどさ」

義父の采配やら自分の鈍さやらに、大きく溜息を吐く。
生活必需品の確認は急がないとして、折角だしやるつもりだったメンテナンスをしようかなーと思っていた時。

「おっ、あんたが噂のお嬢か?」
「え? あ、えーっと……」

こっちでは言われないはずのあだ名が、耳に届いた。
突然すぎて、持ち前のフレンドリーさは発動しない。

話しかけてきたのは、青がかった黒髪を後ろで結んだ、ガタイのいい男性。

「俺はコジロー・マードック、ここの整備士だ。あんたの事は、もう一人の新人に聞いてるぜ」

よろしくな、と差し出された手袋の手を握り返す。
雰囲気的にこの艦の整備士長だろうかと思いながら、もう一人? と首を傾げた。そんな報告、父からの動画にあっただろうか。

「お嬢ーーっ!!」
「うわっ!?」

物思いにふけっている時に限って、突撃されたり怒鳴られたりするもの。
今回は前者らしく、背後からアタックされて痛いし重たい。
声からして女の子、なんとなく聞き覚えがあるような。

首だけ振り返った時に見えた、愛機と同じ真黒の髪。血液を染み込ませたような赤の瞳。

「あははー! やっと知り合いに会えたー!」
「イスカ!? なんでここに!」
「なんでってー、イスカも転属になったからだよー?」
「……はぁ!?」

第八艦隊所属の整備班、イスカ・キリユキ。
この度シオンと共に、アークエンジェル勤務となった。
年齢は十七、小柄な女の子でニコニコしている。

だが、彼女にも並々ならぬ事情があった。


「……なるほど、確かにイスカだけ残す訳にもいかないもんね。あたしと同じようなもんだし」

コジローへの挨拶を終えたシオンとイスカは、二人でオルカンシェルのメンテナンスに入った。
興味本位の視線をいくつか浴びながらも、ここにいる経緯を聞いていく。

まず最初に言っておくが、イスカ・キリユキはハーフコーディネイターである。
父がナチュラル、母がコーディネイターの間に生まれ、地球にて細々と暮らしていた。
しかし、血のバレンタインによって戦争が激化し、更にはエイプリルフール・クライシスの影響で飢餓に陥る。
居場所と救いを求めて、南米のハーフコーディネイターの集落に辿り着くが、両親は娘を残してこの世を去った。

その後は集落に留まり、大人達が面倒を見てくれたが、ある日食料調達の散策で遠出した際、地球軍に発見される。
見た目はナチュラルと変わらず、民間人のためすぐに解放されるはずだったのに。
逃げた際の身のこなしからコーディネイターだと疑われ、更にブルーコスモス派の将校が報告を受けたらしく、捕縛されてしまった。
射殺や捕虜という扱いではなく、秘密裏に力を入れている実験に参加させるために、月のプトレマイオス基地に送られる。

ここまで悪運続きだが、そんな彼女を見付けて保護したのはデュエイン・ハルバートン。
どうやったかなどは割愛するが、助け出されたことは確かである。

「整備士長が口添えしてくれたんだー。イスカも、お嬢と離れたくなかったし!」
「小っ恥ずかしいからやめて……」

性格はシオンより明るく、活発で前向き。
お互い相性がよく、メネラオスで出会ってすぐに仲良くなった。
専門的な知識は無かったものの、ハーフコーディネイターであるからか、整備の仕事は問題なくこなせている。

満面の笑みでこそばゆいことを言われると、照れてしまうもの。
手は動かしながらも、シオンの頬は赤い。

「それに、みんなの中でオルカンシェルに一番関わってるのってイスカだからさー。難しいことはよくわかんないけど」
「はぁ、イスカらしいわ……」

彼女の担当は、シオンの愛機であるオルカンシェル。
覚えが早いといっても限度があるのと、整備士長の計らいだそうだ。

どちらにしても、気心の知れたイスカと一緒なのは、短い旅ながらだいぶ大きい。
心の中で義父にお礼を言っておいた。

「そういえばイスカ、船酔いは大丈夫なの?」
「今は落ち着いてるよー。でも降下する時の揺れでどうなるか分かんないから、その時はごめんね」
「分かってるよ、無理しなくていいんだから」

因みに何故今までメネラオスのハンガーにも居なかったのかというと、三半規管が弱いらしく、酔いやすいのだ。
アークエンジェルに運ばれたオルカンシェルに乗っていたのも彼女で、誰かに連れてきてもらうよりはそちらの方が手っ取り早いから。

ぽんぽんとあやす様に頭を撫でるシオンに、えへへー、とニコニコしているイスカ。
自分の年齢は覚えてないが、なんとなく彼女は妹のような可愛がり方もしてしまう。
本人も満更でもないようだ。

「お、あんたらが噂の新人かー?」

そんな時、頭上から男性の声が降ってくる。
どこかで聞き覚えがあったのと、同じような話しかけられ方に、さっきも聞いたような……と考えながら見上げた。
父に似た金髪に、パッと見た地球より濃い青の瞳。口元に笑みを浮かべ、人当たりが良さそうな彼には見覚えもあった。

「貴方は確か……フラガ大尉?」
「ムウ・ラ・フラガだ。よろしくな、嬢ちゃん達」

軽く敬礼をしてから、ぼやけつつも覚えていた名前を出す。
かつてエンデュミオンの鷹という、本人は嬉しくない称号が通っているなど、彼女らは知らない。

「アークエンジェル整備班兼MAパイロットとして異動となりました、シオン・ハルバートン少尉です」
「同じく整備班の、イスカ・キリユキです!」
『よろしくお願いします!』

二人してタイミングバッチリに、ぺこりと頭を下げる。
よろしくなー、とひらひら手を振る所から、上司ではあるが砕けてもよさそうに感じた。

だが、その後じーっと品定めするような視線をシオンに向けるムウ。
理由もわからず、首を傾げることしかできない。

「……ははーん、あんたが噂のお嬢か。ま、ハルバートンって言ってたしな」
「え……ど、どうしてそれを……」

まさかこの人も、自分の別称を知っているとは。
さっきのマードック曹長といい、どういうことだろうか。

考えられる情報源はこの場に一人しかおらず。引きつった表情のまま、隣に目をやった。

「イスカがみんなに教えたのー!」
「やっぱり……」

本人は悪気ゼロ、それは充分わかっている。
その証拠に、褒めて褒めてとしっぽを振る犬のようにキラキラ目を光らせる少女。
どうしても怒る気になれないし、元から諦めていた案件である。

「まぁまぁ、俺としてはどっちも嬢ちゃんって呼んでたら紛らわしいし、あんたの事はお嬢って呼ばせてもらうぜ」
「あーもー、好きにしてください……」

もうどうにでもなれと、大きく溜息を吐きながら了承した。
最終的にアークエンジェルの整備班面々とムウからは、お嬢呼びが決定。
訂正するのも疲れるし、まぁいいかと割り切る。

どうせこの時間だけだと、髙を括っていたからなのか。

『総員、第一戦闘配備! 繰り返す――』

独特の警告音と共に、敵襲来という意味の艦内放送が響き渡る。
先程までの和やかな空気は一変し、各々動き始めた。
シオンとイスカも、お互いに頷き合い、オルカンシェルに向き直る。

実はこの時、一人の少年が覚悟を決めたのを、後から知ることになった。



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