PEACE-02【確かに君は、此処にいた】




「失礼します」

外から見た構造から大体の位置は把握していたので、特に迷うこともなく到着する。

戦闘中でもなければ、入ってきた者を一瞥する一同。
しかし見知った顔でもなければ制服でもなく、両目で色が違うという珍しさにぎょっとする人もしばしば。

「あなたは……」
「……ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日付けでアークエンジェルに転属となりました、シオン・ハルバートン少尉であります」

普段とは打って変わる敬語に、仏頂面がプラスされていて。
どう見てもイライラしているのがよく分かるものの、敬礼は忘れずに。
中央の席に座っていた茶髪の女性は立ち上がり、敬礼を返してニコリと微笑む。

「ハルバートン閣下から話は聞いているわ。私は第八艦隊所属、アークエンジェル艦長の、マリュー・ラミアス大尉です。短い間だけど、よろしくね」

短い間? と疑問が浮かぶが、手を差し出されたので握手をする。
地雷となっている父の名前を聞いたことで、眉間のシワが増えたが。

「……そう怖い顔しないでちょうだい。無理もないでしょうけど……」

目の前にいる彼女からすれば、何故そんなに不機嫌なのか分からないだろう。
だが察してくれたらしく、困った笑みを返すマリュー。
ギクリと強ばるが、溜息が先に出てしまい、取り繕うのをやめた。

「……父から色々聞いていらっしゃるみたいですね」
「えぇ、もちろん。あなたが閣下の養子であることや……血のバレンタインで保護された、コーディネイターであることもね」

彼女の誕生日は二月十四日。
コーディネイターの住むプラントのひとつ、ユニウス・セブンが一発の核弾頭によって崩壊した日と同じ。

詳しい話は割愛するが、爆発の余波が落ち着いてすぐ、状況確認の為に独断で向かったメネラオスは、中破した小型戦闘機を発見した。
幸い敵側が捜索している範囲外だったため衝突もなく収容でき、搭乗員であった一人の少女を保護。
頭部に酷い傷を負っていたが、何とか一命を取り留める。

数日後に目を覚ましたが、遺伝子検査の結果は彼女がコーディネイターであると示し、それを含めた全ての記憶を失ってしまっていた。
名前さえもわからず、義理の娘として引き取ることにしたデュエインは、髪色の紫から「シオン」と名付けたそう。

「あの時は私もメネラオスに乗艦していたのよ。ほんの少しだけ顔を合わせたんだけど……流石に覚えていないわよね」
「……すみません」
「いいのよ、大変だったでしょうから。そうだ、あなたにこれを渡しておきたくて」

話が聞こえていた他の士官の様子をチラ見していると、マリューは胸ポケットから一枚のフロッピーを取り出す。

「……これは?」

おもむろに渡されたそれを裏返したりするが、何も書いていない。

「本当は、地球に降りてから渡すようにって言われてたんだけど……今渡した方が、あなたの為にもなるかと思って」

誰からかは言わず、空いてるモニターを使って良いわよ、とだけ許可をくれる。
というより、艦長の彼女に頼む人間なんて限られているだろう。
辺りを見回すと、中央席の下に位置するCICの右側には誰もいなかった。
おりた時に先程見た黒髪の女性と目が合ったが、すぐに外して片方のキーボードを弄る。

挿入口にディスクを差し込み数秒待つと、画面にフォルダが二つ入ったファイルが開かれた。
とりあえず一番目にカーソルを当て、ダブルクリック。
中身は映像データのみで検討もつかないが、もう一度押した。

ラグも無く最初に映し出されたのは、地球連合軍の制服を身に纏う、見慣れた中年の男性。

「やぁシオン、デュエインだ。この映像を見ているということは、無事に地球へ降りたということだろう」

つい先程、自分を突き放した父。でも画面越しの彼は、優しい眼差しで。
あまりに違いすぎて、言葉を失う。

「まずは、すまなかった。おまえに何も説明せず、アークエンジェルに残す形にしてしまって……メネラオスに留まれば、いずれ本部に嗅ぎ付けられて、コーディネイターという理由からまともな扱いを受けない可能性が高かったからだ」

そうか、それで父はあんなことを言ったのか。頭で納得しながらも、画面に釘付けのまま。
キーボードへ触れない程度に置いた掌は、徐々に握りこまれていく。

「おまえには、こんな戦争に関わることなく真っ当に生きてもらいたい。アラスカへ到着次第、オーブへ渡航できるように手続きをとってある。本当は故郷であろうプラントへ帰すのが一番なのだろうが……戦時中故、許してくれ」

既に目頭は熱く、身体も震えてくる。
彼女はこれでも涙脆い。三十分程度の感動ストーリーでもボロ泣きしてしまうほど。
背中しか見えないが、様子が変わったのに気付いたナタル。

「あぁ、あとは整備班から――」
「あっ、おい!」

そして全てが再生し終わる前、弾かれるようにブリッジから飛び出して行った。
副長の声掛けも虚しく、まだ喋っている閣下の映像を一瞥して溜息。

立ち上がって停止させた時、頬に水滴が当たる。
指で触れたそれが涙だとわかると、シオンが通った道筋にふわふわ浮かんでいるのが見えた。

「全く……艦長、彼女をどうなさるんですか」
「どうするもなにも、決めるのはあの子自身よ」

再び息を吐き出し、ボタンを押して出てきたフロッピーを引き抜く。
持ったまま上段のマリューを見やるが、予め答えは決めていたらしく、視線は向けず。

ナタルもそれ以上は何も言わずに、三度目の溜息をついた。

* * *

既に覚えかけの経路を、角を掴んでは壁を蹴ってはと、お行儀悪さ全開で飛ぶ。
避難民をランチに搭乗させている関係で、人っ子ひとり居ない。

彼女が通った軌跡に漂う、指先程度の水滴。何度拭ってもとめどなく溢れる。
急げばまだ間に合うはずだと、無我夢中で踏み込んだ。

やっとハンガーの入口に辿り着き、ドアを通り抜けた瞬間。
見慣れた制服の男が二人、中継艦の階段を上がるところだった。

「父さんっ!!」

出せる最大限の声で叫ぶ。格納庫全体に広がるくらいに。
彼の耳にも届いたようで、ぴたりと足を止めて振り向いた。

「なっ、シオ――「こんのっ、バカ親父ぃぃっ!!」

驚く父と隣のホフマンなど眼中になく、辿り着いたデュエインの襟首を掴む。
そして床に足がつく前、後ろに頭を振りかぶって、勢いよく頭突きをかましたのだ。

ゴツンという鈍い音、呆然とする副官、石頭じゃないので自分も痛い。

「痛ぅ、いきなり何をっ……」

血は出てないものの、ふらつくには充分な威力。
なんとか一歩下がっただけで留まり、額を押えながら眼下の娘を見た。
しかし、それ以上動く様子はなく、俯いていて表情は窺えない。

名前を呼んでみても変わらず、未だ襟首を掴む手は、微かに震えていた。

「バカ、ほんとバカ……なんで、何にも言わないんだよ……」
「シオン……」

絞り出したような声さえも震えていて。彼女が泣いているのだと、やっと気付く。
我に返っていたホフマンは、先に乗ってますよ、とだけ伝えて階段を上がって行った。

置いていった自分をわざわざ追いかけて、別の意味で怒っている娘の様子から、あのフロッピーを受け取ったのだろう。
全く、後で抗議文でも送ってやろうか。かつての部下の計らいに呆れつつも、微笑みが浮かぶ。

ならばもう、我慢する必要も無い。
握り締めた拳を一指ずつ外し、包み込んで抱きしめた。

「シオン、私は……おまえの父親らしく、なれていたか?」

今ある記憶の中で、抱きしめてもらったのは二度目。
一度目は保護されてから目を覚まし、こびりついていた恐怖がフラッシュバックした時。
ほんの一瞬だけだったため、何を思い出したかはまた忘れたが、当時は酷く取り乱した。
そんな彼女を優しく包み込んで、子供をあやす様に背中をさすって落ち着かせてくれたのは、紛れもないデュエイン。

いつも艦隊長として凛々しい父の、こんな弱々しい声は初めて聞いた。

「バカじゃないの……でなきゃ殴ってないし」
「ははっ、それは肯定なのか?」

どうしても素直になれない部分はあれど、救われた思い出があるのは確かだから。
溢れてくる涙を制服に擦り付けるも、怒られない。

「たとえ記憶が戻っても、たとえ私が死んでも、おまえが私の娘であったことは変わらない……死ぬなよ、シオン」
「……うん」

ふわりと頭を撫でられながらも、大きく頷く。
本当は死ぬなんて言うなと言いたかったが、漆黒の戦場で、いつどうなるか分からない。

ただ、今の自分にはできることがある。守れるかもしれない力があるから。

搭乗口の手前で振り返った彼に、今度こそ真面目に敬礼する。
その様子に微笑んでから敬礼を返し、機内へ消えていった。

ハッチのある階層に移動するため、ブザーが鳴り響く。
スラスターが灯った小型艦が浮かび、昇降機によって遮られるまで、見送ったのだった。


――こうして、大天使への移乗は幕を閉じた。

次の幕開けは、大気圏での駆け引き。



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