PEACE-02【確かに君は、此処にいた】
なーんかさっきの女の人……バジル少尉だっけ?
すっごい視線がチクチクしたっていうか……あぁ、もしかして父さんにあたしのこと聞いたのかもね。ま、いいけど
ちょっとしか案内されてないから、ここの構造はよくわかんないけど、大体は来た道戻れば大丈夫よね
それにしても、やっぱり新しいから中も綺麗だなー……もうすぐ帰るんだし、気が済むまで見とかないと!
とかなんとか考えてたら、さっき乗った昇降機を発見
確かこの先のドアを通って、逆の方曲がったら……お、あったあった
重厚そうな扉を抜ければ、アークエンジェルのハンガーに到着〜
えーっと、お目当ての人物は……
「あ、いたいた。キーラ!」
「……え?」
帰ってこないからもしかしてと思ったら、やっぱりストライクのとこだったのね。感が当たって良かった!
こちらに振り返る彼に手を振りながら、床を蹴って浮かぶ
「あなたは……えっと、シオンさん?」
「シオンでいいってー、堅苦しいの嫌いなのー」
「あ、は……うん」
キラを一度通り過ぎ、ストライクの額部分に手を付いて力加減を調節しつつ押し出す
無重力で支えなしに停止するのは難しいから、若干距離はあきながらも声は聞こえる距離
にしても、さん付けなんてしなくていいっつーの
じとーっと睨んでやったら、理解したみたい
「さっきすぐ居なくなっちゃったから、このまま機会なくなると思ってたけど、結果オーライだわ」
ん、と左手を差し出して、右手で足元を指差したら理解してくれたみたいで、そっちに引っ張ってくれる
このまま浮かんでたら何にもできないしねー。隣に着地して、やっと向かいあえた
彼とは個人的に話したかったのよね
あたしの言葉の意味がわかんないのか、首傾げてる……意外と天然?
「この子のパイロットって君? って、ここにいるんだから十中八九そうよね。この前の動き凄かったねー! あたし驚いちゃった」
「え、じゃあキミもしかして、あの時助けに来てくれた……」
「そうそう、あれあたしの機体。オルカンシェルっていうの」
一回ストライクを見てから、キラに戻して笑ってみる
さすがに操縦席に誰が乗ってるとか見えないか
あたしからも見えなかったんだし、お互い様よね
まぁ避けられたから助太刀になってないけど、と苦笑いがでるあたしにつられて、彼も困ったような笑み
喋り方も乱暴じゃないし、気遣いできるし、優しい子なんだろうな
……でも、訓練されてるであろうザフトのパイロットが動かすMSを、返り討ちにした
「それも君が、コーディネイターだから成せた技なのかな」
ふと声に出てたのを自覚したのは、キラの優しい眼差しが歪んだのと、息を呑むのが聞こえたから
そうじゃないのよ、あたしが言いたいのは……
「あー、違う違う! 気に入らないからどっか行けーとかじゃなくて、凄いなー、カッコイイなー、って意味でさ!」
やば、と思って矢継ぎ早に並べると、ふっ、と吹き出したような声が前方から
一人しかいないんだけど、キラは口元に手を当てて笑っていた
さっきの顔は見間違いかとでもいうくらい、めちゃめちゃ楽しそうに
「ちょっとー、笑うなよキラー!」
「ご、ごめんっ……でもありがとう、シオン」
「ふむ、しょーがないなーこの野郎っ」
弁明した意味ないじゃんと思って、コツンと彼のおでこを軽くつつく
まだ笑いながら、いたっ、と零すキラ
そんな笑顔見せられたら、許しちゃうじゃんか全く……
まぁでも、涙でさよならするよりは全然いいか。
「……でも、シオンは僕のこと、なんとも思わないの?」
「ん、なにが?」
最初から気になってた肩に乗ってる鳥型ロボットの名前を聞いてたり、突っついてたりしたら、まーた不安そうな顔になってる
あたし他にも言っちゃってたかと遡ってみるけど、思い当たらない
「だって僕は……コーディネイターだし、その……」
「……あぁ、そういう。無い無い、全然」
「……どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……」
はーはー、なるほど。そりゃそうよね
この人もあたしと同じように、白い目で見られることもあっただろうし
そういえば言ってなかったな……自由にしていいって父さんも言ってたし、いっか。
「あたしも、コーディネイターだからさ」
* * *
キラ・ヤマトにとって、自分と同じコーディネイターで、味方という立場で出会ったのは、彼女が初めてだった。
メネラオスの人間なのだから知らないはずはないのに、同年代の友達に接するみたいに、なんとなく年上っぽい対応で。
きっとそれは、父親の影響もあるのかもしれない。
「降りるとなったら、名残惜しいのかね」
「あ、父さん!」
シオンの重要さを感じない告白に、充分衝撃を受けたキラ。
どう言葉を返そうか決めあぐねていた時に、第三者の声。
キャットウォークを見下ろすと、先程挨拶してくれた金髪の男性が見上げていた。
しかもその人を父さんと呼んで手を振る彼女に、父さん!? とオウム返し。
同胞であることに続いて、二度目の衝撃。
「さっき名乗ったじゃん、シオン・ハルバートン。ま、血は繋がってないんだけどねー」
しかもサラッと義理であると。既に頭が追いつかず、反応が疎かになる。
そんな彼と娘をあまり気にせず、ハルバートン閣下は話を続けた。
ザフトのモビルスーツに対抗するためにG開発に力を注いだ彼だが、結局はナチュラルとコーディネイターの能力差が明らかになる。
民間人といえど、幾多の危機を乗り越えてきたキラに、ご両親はどんな思いを託したのかと。
「何にせよ、早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」
そこへ部下が閣下を呼びに来る、艦隊の長というのは忙しいのである。
父が戻るのを察したシオンは、んじゃーねー、キラ! と手を振ってから、外へ躊躇いもなく足を踏み出す。
低重力設定のため急速落下することはないが、降りるまで時間が掛かる。
ストライクの装甲を利用して下に押し出すことで、キャットウォークに着地できた。
その間に少年からアークエンジェルの今後を聞かれ、地球に降りる旨を伝えるハルバートン。
色々あったとはいえ、少なからず助けて助けられ、世話にもなったのだ。そう簡単に割り切れるものでもない。
複雑な思いを醸し出すキラにこれ以上言うことはなく、踵を返した。
のだが、後ろで待っていた彼女からしても、ドアに進む気配がない父。
首を傾げていると、背中越しに聞こえた声。
「……シオン。おまえは、アークエンジェルに残れ」
「……は?」
一瞬、自分の耳を疑った。この義父はなんと言ったのかと。
残れとは、どういうことだろう。メネラオスに戻れないのか、オルカンシェルはどうなるのか、頭だけは忙しなく思考を続ける。
「な、何言ってんの父さん……そんなの初めて聞いたんだけど?」
「この話をおまえにしたのは、今が初めてだからな」
「そうじゃなくてさ! なんなのよそれ、あたしはっ――」
先程から一度も振り向かず、奥の部下だけが見える。
そういえばあの男は、昨日すれ違った際に侮蔑を零した奴じゃないのか。
ふと、青年と目が合う。名前も知らない新人士官は、嘲笑を浮かべた。
その瞬間、鈍器で頭を殴られたような。伸ばした手は、既の所で止まる。
「まずは艦長のラミアス大尉へ、挨拶しに行きなさい」
結局視線が交わることはなく、父は部下と共にハンガーから退出した。
その様子を無意識の内に見送り、空気の抜ける音で我に返る。
一部始終を見ていたであろう少年をなんとなく一瞥してから、後を追いかけた。
キラもキラで、目の前の状況を何とも言えない表情で見送った後、友人が待っているであろう、ランチへ向かう。
自動ドアを抜けても、元から人員の少ないこの艦では誰もおらず。
戻る前に所用があるようで、どこに行ったか分からない。
「……ふざけんなよクソ親父っ!!」
ふつふつと湧いてくる怒りを拳に込めて、壁にぶつけた。
もちろん硬いので、いった〜……と擦るまでがお約束。
「はぁ……バカみたい。とりあえず、ブリッジへ行くか」
探すのも面倒になってきたので、父の残した言葉から、艦長への挨拶を済ませることにした。
*