PEACE-02【確かに君は、此処にいた】
第八艦隊とアークエンジェルが合流した頃合と同時刻。
ザフト戦艦、ヴェザリウスは一旦戦線を離れ、無事に保護されたラクス・クライン嬢の移送を別艦に任せるため、彼女を送り出す手筈を整えていた。
「残念ですわね……折角お会い出来たのに、もうお別れなんて」
「……プラントでは、皆心配していますよ」
中継艦が待つハンガーにて、ラクスは婚約者であるアスラン・ザラにエスコートされながら零す。
少々素っ気ない態度ではあるが、悲しませまいと返した。
クルーゼを初め、敬礼を示す者達を横目に、会話が続く。
「……戦果も重要なことでしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れなきように」
「……肝に銘じましょう」
平和を望む歌姫は、戦いだけが正義ではないと考えているのだろう。
その思いが通じているかは分からないが、仮面の隊長、ラウ・ル・クルーゼは笑みを絶やすことなく心得る。
「何と戦わねばならないのか、戦争は難しいですわね」
彼女の言葉に、肯定も否定も出来なかった。
答えを自ら見出している者だって、周りに感化されている者だっているから。
自分はどちらなのか、他の選択肢なのか、アスランはまだ見つけていない。
中継艦へ入る寸前、ラクスは振り返って彼を見る。
「あの子への追悼、わたくしがアスランの分もさせていただきますわね」
「……感謝します、ラクス」
戦時中でもなければ、自分も母への追惜と共にする予定であったが。
その意を察し、申し出てくれた婚約者に頭を下げる。
ふわりと微笑み、今度こそ床を蹴って中へ入ると、扉が閉まった。
ヴェザリウスの隣に浮かぶ戦艦に、ラクスの乗った中継艦が飛んでいく。
その様子を窓から見送るアスランとクルーゼ。
「ラクス嬢が仰っていた“あの子”とは確か、君の友人であったかな?」
「あ、はい……血のバレンタインで、彼女は……」
二人には昔、共通して仲の良い友人がいた。
幼馴染みと言えるくらい幼少期からの付き合いだった彼女は、約一年前の悲劇により、家族共々行方不明。
アスランが軍に入ることを決めた理由のひとつにも、彼女達の存在がある。
「……そうか。イザークのこともある……ストライク、討たねば次に討たれるのは君かもしれんぞ」
だからといって、親友である彼を、キラ・ヤマトを。
たとえ本人に告げたとしても、討ち果たそうという覚悟ができずにいる。
「(アイツがもし生きていたら、なんて言ってくれていたんだろうな)」
もう一度窓から宇宙を見る、今度は別の理由で。
今は亡き友人なら、どんな答えを導いてくれていたのだろうと、思いを馳せながら。
* * *
メネラオスとアークエンジェルが並走して浮かぶ、地球の一歩手前の宙域。
一応まだ謹慎中のシオンの為に、朝食のプレートを持ってきてくれた父。
艦長室のソファに向かい合って座り、口に運ぶ。
「え、あたしも同行するの?」
「そうだ。メンテナンスはその後にでもやればいい」
この後は艦長と副官、その他数名でアークエンジェルに移り、乗組員と面会予定であった。
一介の整備士という立場なので、自分には関係ないと思っていた所に、まさかの命令。
「んー……そーね。あのMS、ストライク? のパイロットがどんな奴か見たかったし」
実際気になる人物や機体もいくつかあったので、反論もなく了承した。
残ったおかずをかき込んでいる彼女の反対側、デュエインは一瞬だけ眉を下げ、自らも最後の一口を運ぶ。
昨日の服装(下着類は女性の部下に持ってこさせた父の配慮)でいいと言われたので、いつもの整備ツナギを腰まで履いて結んでいる状態。
道中で副官のホフマンと合流し、二人の後ろを付いていく。
ハンガーに準備されている小型艦に向かう間、敬礼する者の内で少なからず嫌悪の視線を感じながらも、無視して突き進む。
艦の入口近くに整備クルーが集まっており、艦長と副官にそれぞれ敬礼する整備士長が見えた。
乗り込んでいく上官を一瞥して、自分も軽く敬礼すると、短めで返してくれて、次には両肩に手を置かれる。
「……頑張れよ」
「え? あ、はい」
何事かと思っていると、何故か応援される。別に頑張ることはしにいかないのに。
彼も後ろの仲間も、泣きそうな顔になっていたり。
一体どうしたのか分からないままホフマンに呼ばれ、気になりながらもその場を後にした。
「うはぁ〜……綺麗だなぁ、アークエンジェル」
「昨日近くまで飛んだんじゃないのか」
「戦闘中にジロジロ見れるわけないじゃん。帰りも窓際でよろしく」
「……あぁ」
中継艦の一時的な席で、窓に張り付いて大天使を見つめる。
背中の翼や配色、今までに無い造形などから、一際目立つ強襲艦。
機械に強く、機械が好きなのもあるため、瞳が輝く。
「……さっきからなんなの、父さんも士長も。なんか隠してる?」
何気ない彼女の要望に、少し間があいた。
さすがにおかしいと感じ、キラキラを中断させて振り向き、下から睨む。
「おまえがまた勝手な行動をしないか、気がかりなだけだ。それより今は父さんと呼ぶな」
「へーいへい」
気付かれたことに内心冷や汗をかくが、予想はしていた。
予め用意していた言葉を並べ、話を逸らす。
シオンもこれ以上続けることはなく、またアークエンジェルを窓から見つめた。
彼女がこの意味を理解するのは、数時間先になる。
*