PEACE-01【微小の道標】
僕の身に一体何が起こったのか、全く分からなかった。
でもあの時、アークエンジェルが先遣隊の時みたいに、目の前で墜ちてしまうかもしれないと考えて
フレイや女の子の会話がフラッシュバックして、なんとかしなきゃ、何とかするんだって……
そしたら、頭の中で何かが弾ける感覚がして、急に視界がクリアになった
なんていうか、コックピットからは見えない死角も見えるような……
それに、自分以外のスピードが遅くなったようにも感じた
デュエルのライフルも、背後からのサーベルも、当たることなく逆に反撃できた
みるみるうちに撤退していくモビルスーツを見て、一気に肩の荷が降りる
いつも以上に疲労感が酷い……それにフラガ大尉が何か言おうとしたけど、最終的には称賛してくれた。
「おつかれー、お二人さん!」
そこへノイズ音の後、ラミアス艦長でもミリアリアでもない、知らない声が聞こえる
とすると、ちょうど近くを飛んでる、黒い機体からしかない
アークエンジェルを助けてはくれたけど、反応はアンノウンのまま
一応警戒しつつ、まさか女性とは思わなくて、女の人? と零してしまう
声からして明るそうな、僕と年が近そうな。
「あー、そんな構えなくてだいじょぶよ。あたし、あれの乗組員だから」
僕達が警戒しているのを察したのか、多分第八艦隊の方を指して説明してくれている、と思う
何故か音声だけなんだけど、気付いてないのかな……
とにかくこの人は敵じゃないみたいで、大尉も画面越しに頷いている
ストライクの体勢を、通常時に戻した
「……にしても、さっきの動き凄かったね、MSの。君、何者?」
「っ……僕、は……」
かと思ったら、お互い顔は見えていないはずなのに、なんとなく見定められてるような雰囲気を、声から感じる
僕がコーディネイターだなんて、素直に答えられる訳もなく、口ごもってしまった
そこへ割り込むように、坊主、戻るぞ、とフラガ大尉が声をかけてくれる
「お嬢ちゃん、かな? あんまりうちのお坊ちゃんを困らせないでくれよー?」
「おっと、こりゃ失礼。気になったもんでつい……んじゃ、また後で会えたらね〜」
大尉の助け舟で、何とか答えずに済んだ
彼女も空気を読んでくれたのか、追求しない……なんか、大尉と気が合いそうな……
無重力に身を任せたままだった戦闘機は、畳まれていた翼を広げて、背部と底部のスラスターを起動する
窓越しに軽く手を振ってるのだけは確認できて、第八艦隊へ飛んでいくのを見送った
また後でね、って言ってたけど……一体、どんな人なんだろう。
* * *
噴射ノズルを操作し、転回して放出パワーを上げていく。
アークエンジェルの上方から向かってきているメネラオスへ、進路をとった。
その道中、一応まだ遠方カメラに写っている敵MSを拡大する。
「なんかまた来そうだな、あの子達」
シオンはモビルスーツもモビルアーマーも、動物と同じ呼び方をする。
無機物ではあるが、自分が携わるオルカンシェルを相棒のように理解している手前、たとえ相いれなくても、ぞんざいに扱いたくはないから。
ただ、彼女は知らなかった。いや、“覚えて”いなかった。
先の戦場で、自らの内に眠る記憶の鍵を、持っている者がいたことを。
特に被弾も不具合もなく、五体満足で帰ってきたシオン。
しかし、命令無視や無断出撃を犯し、無罪放免で返されるはずもなく。
「えーーーっ!? 明日の朝まで謹慎ーー!?」
現在、一応夜という区分。
ハンガーに着いて早々、デュエインから呼び出しを受けて整備班達に連行される。
言い渡された判決は銃殺刑……ではなく、数時間の謹慎処分となった。
因みに以前、同じような罪を犯したMSパイロットは、トイレ掃除一週間だったとか。
「しかもなんで艦長室!? 自室じゃダメなの!?」
「おまえを一人にしたら絶対に抜け出すだろう! セキュリティロックの解除など、造作もないんだからな!」
こういう場合は自室か懲罰房あたりだろうが、場所は専用の個室がついている艦長室だった。
ただし、父親であるデュエインの監視付きで。
機械に強い彼女にかかれば、ピンクのハロのようにサラッと抜け出せるから。
「そ、そんなの……やらないかも、しれないじゃん?」
「相変わらず嘘が下手だなおまえは……」
顔を引き攣らせて、明らかに目が泳いでいる。
これでも嘘をつくのは苦手な方で、彼にはバレバレ。というか初対面であってもバレるだろう。
結局諦めるしかないようで、オルカンシェルのメンテナンスしたかったのに……と腕を組み、ぷっくり頬を膨らませる。
「むー……分かったわよ、父さんのケチんぼ!」
「だから仕事中は艦長と……」
「謹慎に仕事もクソもあるか! あたしシャワー浴びるから、入ってこないでよね!」
ふんっ、とそっぽを向いて、話の途中にデュエインの座る机から離れる。
まっすぐ備え付けのシャワールームへ歩きながら、上で纏めていたお団子を崩す。
ドアの手前で振り返って、ビシッと指をさした後に、中へ入っていった。
「反抗期か? アイツは……」
嵐の如く過ぎ去っていった彼女を、呆れつつ少々驚く。
今までこんなに騒いでいるのは、見たことがなかったから。
結局、シャワーを浴びてから一言も喋らず、二人掛けのソファに寝転ぶ。
三十分もしない間に、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
その様子をデスクのPC越しに一瞥してから、ある区域に通信を入れる。
「私だ。準備はどうだ?」
「オルカンシェルや部屋の荷物もあわせて、全て完了しております。後は、明日の搬入を待つだけです」
「そうか……ご苦労だった、士長」
場所はMA格納庫。相手はこのメネオラスで整備士長を務める、艦長と近い年代の男。
先程と同じように、彼女が聞いていないからこそな会話。
「いえ……あの、シオンの様子はどうですか?」
謹慎処分というのは勿論通達されているので、一緒にいるのは知っている。
おそらく艦長の次に、じゃじゃ馬っぷりを理解しているからだろう。
未だ騒いでいるのではないかと、少し心配していた。
「……今はぐっすり寝ている。戦闘にならなかったとはいえ、気を張っていたんだろう……すまないな、このような役目をさせて」
「気になさらないでください。あの子は私にとっても、娘のようなもので……他の者達も、同じような気持ちだと」
「……ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「了解しました、失礼致します」
ちらりと様子を見てみるが、起きる気配はない。
パイロットスーツも着ていなかったため、身体への負担も無くはないだろうし。
実はシオンが帰ってくるまで、整備班の皆は気が気じゃなかった。
一番頭が良くて、一番明るくて、一番心配になる。
コーディネイターだとかは関係なく、仲間として。
艦長から労りの返事に敬礼し、通信を切った士長。
大きく息を吐いて、眉間の皺をほぐしつつ立ち上がる。
既に電気は消しており、最低限の非常灯を頼りに、ソファへ近づく。
足音がしても、少し身じろいだだけで、逆にシーツから顔がはみ出た。
片膝を折り、垂れた前髪を整えてやる。
指の隙間から見えたのは、普段から隠そうともしない、こめかみと耳を繋ぐようにある切傷の痕。
彼女を“保護”した時から残っていて、戦時中や医療技術の問題で治せていない。
「シオン、私は……おまえの父親らしく、なれていただろうか」
あやす様に頭を撫でる彼は、泣きそうになるのを耐えているようにも見えた。
誰にも聞かれることのない問いかけを紡いで。
その後、自分もシャワーを浴びて就寝する。
次の日の朝、昨日の文句が嘘のようにいつも通りのシオンと、朝食を共にしたという。
――こうして、大天使との邂逅は幕を閉じた。
次の幕開けは、初めて出会った同胞。
*