PEACE-01【微小の道標】
五分かけて来た道を、壁を蹴ったりなんなりして三分で戻る。
現段階では警報すら鳴ってないので、いつも通りのハンガー。
「おかえりーお嬢、早かったなー……え?」
先程何たら端子の繋ぎ方を聞いてきた男が声を掛けるが、返事するでもなく通り過ぎる。
いつもなら、直接報告に行くのめんどくさい! と愚痴りだす所から始まるのに、どうしたというのだろう。
首を傾げる彼に目もくれず、シオンは愛機の操縦席に滑り込んだ。
「OS問題無し、機器異常無し、感度良好、オールグリーンっと……」
パチポチとボタンを押したり、ブレーカーを上げたり。
電力が上がっていくウィーンという音、機体の微振、画面の起動。
どう見てもメンテナンスで終わる感じではなく。
「お、おい、お嬢?」
心配になったというか、嫌な予感が頭を過ぎり、汗と共に黒機体へ近付く。
彼女に物申そうと窓へ触れようとした時、後ろに下がっていたもうひとつの窓がゆっくり前へスライドされる。
慌てて指を引っ込めた男を、わざとらしく上目遣いで。
「悪いけど、今から発進するんで……邪・魔・し・な・い・で・ね?」
あとガラス汚れるから触らないで、と付け足してから、きっちりと窓が閉まった。
これで外からの声は完全にシャットアウトされる。
唖然と浮かんでいる彼を気にすることもなく、操縦桿を握り、スラスターを吹かした。
「ハッチ開けてー! 轢かれても知らないよー!」
問答無用で進んでいき、自分の声が届くようにスピーカーをオンにする。
止めようとする者もいるが、減速すらせず突破。
もちろん怪我人が出ないように避けたりはしている。
あと数メートルで辿り着く前に、通信を知らせる電子音と共に、サブモニターが切り替わった。
「シオン! おまえ何をしている!?」
「父さん! 何って、アークエンジェル助けに行くの!」
お相手は言わずもがな、父で艦長のデュエイン。
焦りと怒りを含んだ表情に、だよねー……と心中で苦笑い。
仕事中は父さんと呼ぶな! とお叱りを受けても、徐行するだけ。
結局到着してしまい、滑走路の先には星々が輝く漆黒が見えた。
「今すぐやめなさい! 命令違反だぞ!」
「残念だけど、あたし中身は民間人だから関係ないもんねー」
最初からやめるつもりはなく、ただ発進OKのブザーを待つだけとなる。
左手でひらひらと手を降ってから、脇のレバーを握った。
そして、ブレイク、スロットル、カタパルトの全てがクリアに変わり、準備が整う。
「シオン・ハルバートン。オルカンシェル、行ってきまーっす!」
レバーを思いっきり前へ押し込み、スラスターを全開。
パイロットスーツを着ずに乗り込んだ身体に直接Gを浴びながらも、宇宙へと飛び出した。
底面とカモメのようなマーク以外は真っ黒な小型戦闘機、オルカンシェル。
搭乗可能人数は一名のみ。修復、追加装備の開発を除いて、調整などの専任はシオン本人。
設計の根本部分は、彼女のPCに刻まれたイニシャルの人間“であろう”。
折り畳まれた主翼を広げ、何度か回転してから予め軌道を敷いていく。
「真っ直ぐ飛んでったらバレバレよね……旋回して行くか!」
レーダーを開くと、メネオラスで見たのと同じように左上に反応がある。
ここからではまだ状況が分からないし、艦隊の存在が露見している可能性もあるだろうが、用心に越したことはない。
円を描くように曲がりながらのルートで飛び、やがて見えなくなった。
ブリッジの遠隔カメラでその様子を見送った艦長は、大きくため息を吐く。
「全くあの子は……整備士長に繋げてくれ」
「あ、はい……」
額に手を当て、首を振りつつも部下に指示を出す。
同じく唖然としていた男は、慌てて格納庫への通信を開いた。
「閣下、シオンが……」
「あぁ、把握している。ユニットも追手も出さんでいい」
メインモニターに写った壮年の男性が、申し訳なさそうに応対する。
といってもこれは彼女の独断なので、士長に責任はない。
追加装備と人員の割り当ては不要と伝え、話を変えた。
「それより、例の準備を進めておいてくれ……アイツが戻ってきた時に、気付かれない程度にな」
「……了解しました」
シオンが居ないからこそ、進められる密談。
周りで聞いている部下達は何も言わない、つまり周知の事実。
彼女を除く、全ての者には。
* * *
地点は変わり、アークエンジェルとガモフが会敵してからもうすぐ十分経つ頃。
ザフトのクルーゼ隊が奪取したXナンバーのMS、デュエル、バスター、ブリッツ。
対抗するは、同じく兄弟機であるストライクと、扱いが難しいとされるMA、メビウス・ゼロ。
もう何度目かになる邂逅に、お互い嫌になる部分もあるだろう。
エアーストライカーを装備したストライクとほぼ同じ性能となるのが、イザーク・ジュールが操縦するデュエル。
ビームサーベルとシールドで、お互いを攻撃し、お互いの攻撃を受け止める。
次に砲撃装備に特化した、ディアッカ・エルスマンが操縦するバスター。
ガンバレルの多方向射撃で、メビウス零式が相手している。
最後にミラージュコロイドという特殊機能を持つブリッツ。
残る相手はアークエンジェルのみとなり、戦艦に取り付いて集中砲火を浴びせる。
このままでは耐久度がもたず、危険な状況に陥った時。
レーダーが、新たな機影を確認した。
「九七、ブルーブラボーより、アンノウン接近! 数一、これは……モビルアーマーです!」
「モビルアーマー!? でも、アンノウンって……」
所属不明の機体が、かなりのスピードで近付いてくる。
MAということは地球軍の可能性はあるが、ひとえにそうとは言いきれないし、通信も入っていない。
「なんだあれは……新手!?」
一方、ブリッツのコクピット内にもアラートが鳴り響く。
右側に首を動かし、カメラを遠方へ操作する彼、ニコル・アマルフィ。
今まで見たこともない、自分の乗る機体と同じ黒。
モビルスーツと比べれば脅威が低い大きさだが、慎重派な少年はグリップを握り直す。
「みーつけたっ」
こちらはこちらで、獲物を見つけてニヤリとあくどい笑顔。
再度レバーを押し込み、最高速度を叩き出して一直線に同系色の巨躯へ飛ぶ。
「とにかくそこどいてー!」
アークエンジェルの後方、ブリッツの右側から一切減速するつもりもなく突っ込む。
敵側も察したのか、攻撃しようと上げた腕のまま後ろへ跳ぶ。
正直ぶつかったとしたら大破するのはオルカンシェルの方なのだが、彼女は避ける方へ賭けたのだ。
更に背後から、狙っていたとでもいうようにブリッツの目前にストライクが迫る。
無防備状態だったところを、膝蹴りで吹っ飛ばした。
「ひゅ〜、やる――っ!」
事の次第を旋回しながら見ていたシオンは、口笛で称賛。
しかし、そのまた後ろにさっきまで戦っていた青橙配色の機体が、ビームサーベルを携えて突撃してくる。
背部と実は底部にも付いている噴射ノズルを操作し、通常より短い時間で方向転換させようとした。
いわずもがな助太刀のため、正直攻撃手段はアンカーだけだが。
だが、判断は杞憂に終わる。
カメラ越しにではあるが、彼女が見たのは、デュエルの懐を切り裂いているアーマーシュナイダー。
つまりは目で追えない速度でコンバットナイフを抜き、対抗したというわけだ。
ビリビリと火花が散っているのは、肉眼でも確認できる。
おそらくあの位置はコックピット、パイロットは負傷したのだろうと、以前目を通したことがあるMSの簡易資料から予想した。
当たっていたのか、全く動かなくなり浮遊するだけの青橙を、真黒の兄弟が受け止める。
そして別行動だった深緑と赤の配色機体、バスターを伴って戦線を離脱していく。
「(あの速さ、尋常じゃない。あの子に乗ってる奴、もしかして……)」
戦闘が終わったと判断したシオンは、徐々に速度を下げていく。
撤退していく三機を一瞥したあと、アークエンジェルに向けた。
エレカでいうと大体十キロくらいの速度で飛び、甲板に降り立ったトリコロールの機体に目を細める。
オレンジのモビルアーマーも近くを通り、どうやら話をしている様子。
純粋に好奇心が勝り、口角をこれでもかというくらいに上げた彼女は、通信パネルを操作した。
*